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安倍首相の決意むなしく、アジアは核軍拡競争の時代に突入するのか

木村正人在英国際ジャーナリスト

パキスタンに年20個の核兵器製造能力

先日、北朝鮮が新たなウラン濃縮施設を稼働させ、ウラン型核兵器を年間3.2個製造できる能力を獲得した可能性があるというニュースをお伝えしたばかりだが、今度はパキスタンが年間20個の核弾頭を製造できる能力を持っていると分析する報告書が発表された。

発表したのは、国際相互理解と世界平和の推進を目的にする米国の事業財団「国際平和カーネギー基金」のToby Daltonと Michael Kreponの両氏

今後10年の間にパキスタンが保有する核弾頭数は350個近くに達する可能性があるという。このシナリオ通りに進めば、パキスタンは米露両国に次いで世界3番目の核大国になる。第二次大戦後、3次にわたってパキスタンと戦火を交え、カシミール紛争を抱えるインドも核軍拡の道を選ぶシナリオは否定できない。

(SIPRI資料より筆者作成)
(SIPRI資料より筆者作成)

ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によると、米露両国が核軍縮を進める中、中国だけが2014年から核弾頭数を10個増やしている。パキスタンが核軍拡に突き進めば、インド、中国へと連鎖反応を引き起こしかねない。

中印パのトライアングル

国際平和カーネギ基金の報告書「核のパキスタン」によると、インドがプルトニウムを製造する原子炉を1基しか持っていないのに、パキスタンは4基も保有している。インドの核弾頭製造能力は年間5個程度。これに対してパキスタンは年間20個製造できる能力がある。

さらにパキスタンは巨大な核兵器製造施設に支出しており、核弾頭の大量生産に移行する準備はすでに整っている。パキスタンは通常兵力でインドに圧倒されているものの、パキスタンの核兵器製造能力はインドに対する抑止力構築のレベルを超える規模だという。

パキスタン政府の高官は英紙フィナンシャル・タイムズの取材に対し、「報告書の予測は過大に誇張されている。パキスタンは責任ある核保有国だ。決して向こう見ずではない」と核兵器大量生産の懸念を否定している。

中国はインドに対抗するため、パキスタンに接近。中印パのトライアングルの中で起きる核軍拡競争が国際安全保障を一気に不安定化させるのは必至だ。

イスラム国家のパキスタンではイスラム原理主義が勢力を増し、大規模な爆弾テロが相次いでいる。核兵器の管理に関し、パキスタンは米国の指導を受けているとされるが、関連施設が襲撃され、核兵器がテロリストの手に渡るという悪夢のシナリオは完全に払拭することはできない。

2004年には、パキスタンの「核開発の父」と称えられていたアブドゥル・カディール・カーン博士がリビアやイラン、北朝鮮に核技術を流していたことが発覚。「カーン・ネットワーク」と呼ばれる「核の闇市場」には20カ国以上の企業が関与しているといわれた。

プーチン大統領「核兵器使用を準備」

現在、核保有国は9カ国。内訳は、国連安全保障理事会の常任理事国である米国、ロシア、フランス、中国、英国の5カ国。核拡散防止条約(NPT)に未加盟または脱退したパキスタン、インド、イスラエル、北朝鮮の4カ国。

前出のSIPRIの統計によると、ロシアが2014年から500個減らして7500個。米国も40個減らして7260個。10年前に比べ米露両国の核削減ペースは遅くなっている。英国も10個減の215個。核軍縮の一方で、米露両国は核兵器の近代化にも取り組んでいる。

ロシアのプーチン大統領は、ウクライナからクリミア半島を併合した際、核兵器の使用を準備していことを明らかにした。これがプーチン大統領の脅しに過ぎないとしても、ロシア国内の不安定さが増し、テロリストグループが核爆発装置を支配下に置くシナリオも検討して置かなければならない。

北朝鮮は年3.2個の核兵器を製造可能

瀬戸際戦術を繰り返す北朝鮮も核能力を増強させている。

国際軍事情報会社IHSジェーンは衛星写真の分析から北朝鮮が寧辺(ニョンビョン)に2つ目のウラン濃縮施設を完成させ、稼働させた可能性を指摘。濃縮レベル90%の高濃縮ウランを年最大80キログラム製造でき、ウラン型核兵器を年3.2 個を製造できる能力だ。

英シンクタンク、国際戦略研究所(IISS)のマーク・フィッツパトリック不拡散・軍縮プログラム部長は「ウラン型は、爆縮という極めて高度な技術を要するプルトニウム型と違って、砲身状の構造を用いる粗雑な核兵器を簡単に製造できる」という。このためテロリストグループはウラン型の核兵器に強い関心を示している。

「北朝鮮の外交官は少なくとも過去に2度、テロリストグループへの核兵器移転に関与する可能性について警告を発しています」とフィッツパトリック氏は言う。

IHS資料より
IHS資料より

IHSジェーンの報告書によれば、北朝鮮の低濃縮ウラン(LEU)と核兵器を製造できるレベルの高濃縮ウラン(WGU)の製造能力は上のグラフのように増えていく。2つ目のウラン濃縮施設が稼働を始めた2015年から製造能力がアップしている。

濃縮3.5%レベルの低濃縮ウランの保有量は2021年には累計で27.5トン以上。核兵器を製造できるレベルの高濃縮ウラン(WGU)の保有量は累計で650キログラム前後に達している。

高濃縮ウラン40キログラムで1.6個の核兵器が製造可能なので、北朝鮮は21年には26個のウラン型核兵器を製造できる高濃縮ウランを保有していることになる。寧辺で製造された濃縮ウランがまったくわからない別の場所に移されて高濃縮化が行われる恐れもある。

善意は通用しない

北朝鮮はプルトニウム型の核弾頭 6~7 個の製造が可能なプルトニウム40キログラムを保有しているとされ、寧辺の原子炉を再稼働させた場合、年間プルトニウム約6キロを製造できるとみられている。プルトニウム6キロは核爆弾1個分の原料に相当する。

イランと欧米など6カ国はイランの核開発をめぐり最終合意した。しかし、その一方で、イランが認められた範囲で核開発を進めようと、サウジアラビアやトルコ、エジプト、アラブ首長国連邦(UAE)といった国々が後を追う中東ドミノ・シナリオも指摘されている。

安倍晋三首相は戦後70年談話で「唯一の戦争被爆国として、核兵器の不拡散と究極の廃絶を目指し、国際社会でその責任を果たしてまいります」との決意を語ったが、冷徹な国際政治に善意は通用しない。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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