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「軍事力ひけらかす中国パレード」(WSJ紙)を「覇権唱えず」(朝日)と報道するのはひどすぎないか

木村正人在英国際ジャーナリスト
北京で行われた抗日戦争勝利70周年の軍事パレード(写真:ロイター/アフロ)

「グアム・キラー」と「空母キラー」に注目

軍事専門誌IHSジェーンズ・ディフェンス・ウイークリーのアジア太平洋担当、ジェームズ・ハーディ編集長に中国人民抗日戦争・世界反ファシズム戦争勝利70周年の軍事パレードで注目した兵器について聞いてみた。

「インターネットや衛星写真の分析を通じて中国の軍事情報はすでに漏れてきています。中国も北朝鮮に比べるとオープンになってきています。われわれのようなアナリストにとって今回の軍事パレードは昔ほど重要ではありません」

ハーディ氏はこう前置きした上で、筆者の質問に答えてくれた。

「グアム・キラー」と呼ばれる中国のDF-26(CCTVより)
「グアム・キラー」と呼ばれる中国のDF-26(CCTVより)

同誌が一番注目したのは移動式の対艦中距離弾道ミサイルDF-26(東風26)。射程は3000~4000キロに達し、グアムなどの米軍基地から作戦に参加する米海軍の艦艇に脅威を与える。東南アジアで米海軍が作戦を展開する際、かなり状況を難しくする。

「中国はここ数年、ミサイル・システムの開発に莫大な資金を投じてきました。台湾侵攻シナリオや沖縄県尖閣諸島をめぐる危機の際に米軍の対応を非常に難しくするさまざまな弾道ミサイルや巡航ミサイルを中国は獲得しています」

今年度版防衛白書より
今年度版防衛白書より

もう一つは「空母キラー」と呼ばれる短距離弾道ミサイルDF-21D(東風21D)。すでに多くのメディアに取り上げられているとは言え、世界が注目する軍事パレードで公開されたのは興味深いという。

同誌の核・ミサイル専門家は、DF-26もDF-21Dも核弾頭が搭載可能で、弾道ミサイルにいったん着火されると、攻撃対象とされる国は核攻撃を仕掛けられたという前提で対応すると指摘する。核弾頭搭載可能な弾道ミサイルは使用段階に入ると一気に危機をエスカレートさせるため、実戦では使いづらく、それ自体の価値を減じてしまう性格があるという。

無人航空機もお披露目

航空自衛隊が撮影した無人航空機(防衛省HPより)
航空自衛隊が撮影した無人航空機(防衛省HPより)

2013年秋に東シナ海を飛行しているのが確認された無人航空機 BZK-005(翼竜)も軍事パレードでお披露目された。しかし、第5世代のステルス戦闘機J-20、同J-31、大型輸送機 Y-20の姿はなく、まだ実戦配備に至っていないことをうかがわせた。

軍事パレードで公開された無人航空機(CCTVより)
軍事パレードで公開された無人航空機(CCTVより)

米中経済安全保障再検討委員会の年次報告書(2010年11月)によると、中国は東アジアにある6カ所の米空軍主要基地のうち5カ所を通常ミサイで攻撃することが可能だという。

超音速の空対艦ミサイルYJ-12もお披露目された。射程は250~400キロ。最高速度はマッハ2.5。海軍の爆撃機H-6Gに搭載できるという。

軍事パレード4つのポイント

ハーディ氏は軍事パレードの意義について以下の4点を指摘する。

(1)軍事パレードで公開された兵器の数々は近年、オープンソースの分析の根拠になってきた中国のインターネット情報の確かさを裏付けた。

(2)独裁体制下の中国メディアは一貫して軍事パレードはいかに平和を愛好する人民がこうした兵器の公開を歓迎しているかを伝えている。パレードは中国の強さと難攻不落の堅牢さを国内外のオーディエンスに見せるためのシグナルだ。

(3)前回2009年に行われた軍事パレードと比べると意味合いが異なる。米国と中国はアジア太平洋地域でかなり公然と戦略的な競争を展開している。中国の前方展開能力と装備の向上と増強は近隣諸国を不安に陥れている。

(4)今回の軍事パレードは北京で行われたため、アジアのパワー・バランスを変えつつある中国海軍の装備がどれだけ向上し、増強されたのかまったく分からなかった。

北京に張り巡らされた旧日本軍の残虐行為ポスター

米紙ウォール・ストリート・ジャーナルは「軍事力と国家主義をひけらかす中国パレード」と題する社説を掲げ、「このイベントを誇示する中国のやり方は、アジア地域における中国の意図をめぐって疑問符が付くようなナショナリズムの台頭を示している」と批判。

「北京に張り巡らされたポスターでは、日本が戦時に行った残虐行為に関するグラフィックイメージが描かれている。(略)中国の政治的目的は今の日本に対する怒りをあおることだ。一方、先頭に立って平和を促し、中国に援助や投資を行ってきた戦後の日本の立派な実績は無視している」とWSJ紙は指摘する。

一方、朝日新聞電子版は「中国、兵力30万人削減表明 戦勝70年『覇権唱えず』」と伝えている。「30万人削減の表明は、国際社会で高まる中国脅威論を抑え、今回の式典が『平和を守る決意』(習主席)を示すイベントであることを内外に示す象徴的な意味合いも強い」という。

中国の目的は南シナ海や東シナ海から米国と日本の影響力を排除することだ。南シナ海では中国による人工島の埋め立てや滑走路の建設が進み、中国は弾道ミサイルの開発を急ピッチで進め、南シナ海や東シナ海だけでなく、グアムの海域まで接近阻止・領海拒否の能力を身につけつつある。30万人の兵員削減は平和のためではなく、軍の近代化で不要になったものを切り捨てるだけだ。

命令一下で全人民解放軍を動かせる習主席の威光と日米同盟ではなく中国の最先端兵器がアジア太平洋の平和を守るという中国のプロパガンダ。その舞台となった抗日戦争勝利70周年の記念式典を中国の言い分に沿って伝える意義がどこにあるのか。中国の国防費は下のグラフのように激増している。すべては日本の侵略を防ぐためというのが中国共産党の言い分だ。

中国国防費の推移(今年度防衛白書より)
中国国防費の推移(今年度防衛白書より)

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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