壊れていくシリア

銀行員のサビーンさんはシリア第2の都市アレッポで医者の夫と平穏に暮らしていた。中東の民主化運動「アラブの春」を発端に内戦が始まり、2人の幼子とともに地下室に身を隠した。食料と水を運んでくれた夫が殺害された。

サビーンさんは子供を連れてトルコに逃れた。しかし難民キャンプの状況は凄まじく、子供たちは怯え、寒さと空腹に苦しんだ。英国に連れて行ってやるという仲介者にすがった。家族3人はすし詰めのボートで地中海を渡り、トラックの荷台に隠れた。

悲しみと恐怖、極度の疲労の末にたどり着いたのはマンチェスターの病院の近くだった。サビーンさんは泣き崩れた。子供たちは泣くこともできなかった。（難民支援団体「レフュジー・アクション」のホームページより）

日本は972億円支援表明もシリア人の難民認定は3人

NHKの報道によると、安倍晋三首相は国連総会の一般討論演説で、中東・北アフリカから欧州に難民が押し寄せている問題を受け、昨年実績の３倍の約８億１千万ドル（日本円で972億円）の支援を行うなどシリア、イラクの難民支援を一層拡充する方針を示すという。

安倍首相は100万人以上の難民を受け入れているレバノンに対し、200万ドル（日本円で２億４千万円）、ギリシャからドイツへの通り道になっているセルビアやマケドニアなどに約250万ドル（日本円で３億円）の人道支援を新たに行うという。

安倍首相は「私たちの目の前で、命を賭してでも恐怖から逃れようとする人々が現れてやまない事実がある」と結束を呼びかける方針だそうだが、ロイター通信は「日本の難民認定者数は昨年、５千人の申請者に対しわずか11人」と皮肉って報じている。この11人は国連難民高等弁務官事務所（UNHCR）の統計では12人となっている。

朝日新聞の報道では、政府は、シリア難民の若者を留学生として日本で受け入れる検討を始めた。受け入れ人数は数十人程度とみられる。これまで日本で難民申請をしたシリア人約60人のうち難民認定されたのはたった３人だ。

世界最大の人道支援の拠出国・米国のオバマ政権は最近、４億1900万ドル(504億円)の追加支援を発表した。難民危機に対する人道支援額は合計で45億ドル（約5400億円）。今後2年間で難民の受け入れ枠を年１万５千人増やすという。野党・共和党はテロリストが流入することへの懸念を表明している。

英国のキャメロン首相はクルド人シリア難民のアラン・クルディ君（３歳）の遺体がトルコの海岸に打ち上げられたあと、シリアやトルコ、ヨルダン、レバノンの難民キャンプに1億ポンド(約183億円)を追加支援し、シリア難民の受け入れ枠は今後5年間で2万人と正式発表した。

難民・避難民は約６千万人

UNHCRのグローバル・トレンズ・レポート（年間統計報告書）によると、昨年末時点で紛争や迫害を逃れ、家を追われた人の数は5950万人。急増し始めたのはシリア内戦が始まった2011年からだ。

国の人口と比較するとイタリアの6100万人に次いで世界24番目となる。内訳は難民1950万人（前年比280万人増）、国内避難民3820万人（同490万人増）、庇護申請者は180万人（同60万人増）だ。

UNHCRの報告書から数字を拾ってみた。

新たな難民・避難民1390万人

新たな難民290万人、国内避難民1100万人。

UNHCR支援対象者、統計上史上最高の5440万人

無国籍者約1千万人

14年にUNHCRに報告された無国籍者数は約350万人だが、実際は1千万人以上が無国籍者とみられている。

途上国による庇護提供 86％

難民の約86%が途上国にいる。

受け入れ国トップ5

（１）トルコ159万人

（２）パキスタン151万人

（３）レバノン115万人

（４）イラン98万2千人

難民発生国トップ3

（１）シリア388万人

（２）アフガニスタン259万人

（３）ソマリア111万人

第三国定住先は26カ国

14年に第三国定住した難民数は10万5197人。米国が最も多くの難民７万3011人を受け入れている。日本は23人だ。

難民認定申請数163万5190件

ロシア27万4744件

ドイツ20万2834件

フランス10万1895件

米国９万6152件

日本7533件

14年の難民認定数では日本は12件、人道的な配慮による在留許可が110件。3976件の申請は却下された。下のグラフでは日本の件数が他に比べて少なすぎて見えなくなっている。

保護者のいない子供3万4300人

保護者のいない子供の庇護申請が82カ国で3万4300人。その多くはアフガニスタン、エリトリア、シリアやソマリア出身者。統計の収集を開始した2006年以来、最悪となった。

恐ろしく低い日本の貢献度

人口1人当たり国内総生産（GDP）で比較した日本の難民受け入れ貢献度は世界107位（１位エチオピア）。人口１千人当たりでは141位（１位レバノン）。国土の面積１千平方キロメートル当たりでは111位（１位レバノン）。

欧州連合（EU）主要国のドイツはそれぞれ49位、50位、22位。日本の貢献度の低さが浮き彫りになっている。

UNHCRのグテレス高等弁務官は任期中に実に12回も日本を訪れ、厳格過ぎる日本の難民認定の見直しを求めている。いくら人道的な配慮から特別に在留を許可していると言っても、難民としての地位が認められなければ家族を日本に呼び寄せることは難しい。

UNHCRによると、今年8月末時点で、シリアから408万9000人が国外に逃れるとともに、760万人が国内で避難生活を送っている。日本でも400人以上のシリア人が暮らしている。

今年ドイツにやって来る難民の数は昨年の５倍の100万人。これに対しEUが全体で受け入れる枠はシリア、イラクなどの難民計16万人。シリア難民の9割以上はトルコ、レバノン、ヨルダン、イラク、エジプトといった周辺国にとどまっている。しかも難民キャンプに入れるのはごくわずかなのだ。

世界には1300万人の難民がいる。英国で暮らす難民は12万6000人と推定され、英国の人口に対する割合は0.19%（英国赤十字より）。日本は昨年12月時点で2560人、全人口に対する割合は0.002％ （UNHCRより）。「難民の希望も、地理的要因もある。欧州と日本は違う」（菅義偉官房長官）とは言うものの、積極的平和主義を掲げる日本として、これではいくら何でも少な過ぎはしないか。

（おわり）

参考：英国ニュースダイジェスト「0.002% の善意―シリア難民アラン君の死をあなたはどう受け止めますか」