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「ヌードでは売れない」米誌プレイボーイが全裸廃止 日本では春画掲載の編集長「休養」の理由を考えてみた

木村正人在英国際ジャーナリスト
ヌード写真を止める米誌プレイボーイ(グーグル画像検索で筆者作成)

創刊号はマリリン・モンロー

人気女優マリリン・モンローのグラビア写真とともに1953年に創刊され、世界中の男性から圧倒的な支持を受けてきた米誌プレイボーイが全裸女性の写真の掲載を取りやめる。インターネット上で全裸女性の画像や動画が氾濫し、ヌードは新鮮ではなくなり、雑誌が売れなくなったためだ。

メディアの帝王ルパート・マードックも今年1月、英大衆紙サンの3ページ目に掲載されてきた女性のトップレス写真を廃止した。一方、日本では春画のグラビア記事に「編集上の配慮を欠いた点があった」として週刊文春の編集長が3カ月間休養の「処分」を受けた。時代は「秘すれば花」を求めているのか、それとも…。

先月、プレイボーイ誌のコリー・ジョーンズ編集長が創刊者ヒュー・ヘフナー氏をプレイボーイ・マンションに訪ねて、こう進言した。「セックスはこっそり見て楽しむものから、いつでもどこでも見られるものになりました。もう全裸女性の写真を出版するのは止めるべきです」

89歳のヘフナー氏はうなづいた。プレイボーイ誌のスコット・フランダーズ最高経営責任者(CEO)が米紙ニューヨーク・タイムズのインタビューで明らかにしている。

プレイボーイ誌は来年3月に誌面を改革する予定だ。全裸ではない挑発的なポーズの女性の写真が掲載される。プレイボーイ誌の発行部数は560万部の人気を誇った1975年から40年で7分の1の80万部に激減した。

編集長だったヘフナー氏は創刊時、読者への手紙で「もし、あなたが18歳から80歳までの男だったら、プレイボーイは意味がある読み物です」「ポルノにちょっぴりムード・ミュージックをきかして」と綴っている。

モンローのグラビア写真はセンセーションを巻き起こし、1部50セントで約5万4千部は売り切れ。女性がまだ男性にとってエンターテイメント(愉しみ)だった時代だ。

今やインターネット上に全裸女性の画像や動画があふれ返り、無料で、かつ無制限に閲覧できる。もはや女性の裸に希少価値はなくなった。

プレイボーイ誌はフェイスブックやインスタグラム、ツイッターで拡散しても良いようにインターネット版のコンテンツを穏便なものにしたところ、アクセスが急増した。

昨年8月、ウェブサイトのヌードを廃止。すると閲覧者の平均年齢が47歳から30歳に下がり、月間ユニークユーザーも400万人から1600万人と4倍に増えた。

ヌードが部数を減らし、脱ヌードで逆に若い男性のアクセスが増える時代になった。今どき全裸女性の写真が掲載されたプレイボーイ誌なんかを見ていたら、ガールフレンドに顔をしかめられるのが落ちなのかもしれない。

プレイボーイ誌は米国で年間300万ドル(約3億6千万円)の損失を出している。赤字を埋めているのはプレイボーイのブランドやロゴ収益だ。その40%は皮肉なことにプレイボーイ誌が発行されていない中国からもたらされている。

幕を閉じた英国のページ3ガール

今年1月、英国では大衆紙サンのトップレス写真「ページ3(スリー)ガール」が静かに幕を閉じた。70年11月に企画が始まってから約44年2カ月。ページ3ガールはさまざまな物議を醸してきた。

英紙サンからも女性のトップレス写真が消えた(筆者撮影)
英紙サンからも女性のトップレス写真が消えた(筆者撮影)

サン紙の姉妹紙である大衆日曜紙ニューズ・オブ・ザ・ワールド(廃刊)の盗聴事件を機に新聞の慣行や倫理を検証した独立調査委員会(レヴソン委員会)で、サン紙の編集長は「ページ3ガールは無害な英国の制度で、もはや英国社会の一部だ」とまで言い放った。

もともとページ3ガールは、堅苦しくて保守的な英国の文化でも伝統でもなかった。オーストラリア出身のマードック氏が69年11月に買収したサン紙の発売部数を増やすため、ちょうど1年後に掲載したのが始まりだ。

最初は空いた紙面の埋め草企画で、片方の乳房がのぞく控えめな構図だった。サン紙はそれまで硬派の新聞として知られていた。しかし、マードック氏がセックスとスキャンダルを中心に紙面展開し、ページ3ガールも両方の胸を丸出しするなど大胆になってきた。

サン紙の販売部数はわずか1年で倍増し、250万部を超えた。しかし、ドル箱企画になったページ3ガールにも曲がり角が訪れる。いまやTVのリアリティー番組ではカップルが箱の中に入って性行為を行っている。

14年9月、ページ3ガールは4日連続で紙面から姿を隠し、マードック氏が「ページ3ガールは時代遅れだ。流行の服を着た方がもっと魅力的になるのでは? あなたの意見を聞かせてほしい」とツイートしていた。ページ3ガール目当てでサン紙を買う人は激減した。しかし、ページ3ガールはオンライン・ページで生き残っている。

プレイボーイ誌もサン紙も、全裸女性の写真廃止を求めてきた女性運動に屈したわけではない。珍しくなくなった全裸女性の写真では雑誌や新聞が売れず、採算に合わなくなっただけの話なのだ。

日本で初開催された春画展

一方、日本では週刊文春10月8日号(1日発売)で、東京都文京区の永青文庫で開催されている「春画展」が紹介され、喜多川歌麿や葛飾北斎らの計3作品がカラーで掲載された。「編集上の配慮を欠いた」「読者の信頼を裏切ることになったと判断した」として突然、編集長に休養が言い渡された。

週刊文春に掲載された春画のグラビア(同)
週刊文春に掲載された春画のグラビア(同)

永青文庫の「春画展」は18歳未満入館禁止で、男女の陰部や結合部を表現した春画を、子供が目にするかもしれない発行部数68万部強の週刊誌に掲載したことについて、確かに「配慮を欠いた」という見方はできるかもしれない。

しかし、永青文庫の理事長を務める細川護熙元首相は「大英博物館で開催された春画展を、日本でも行おうとこれまで尽力されてこられましたが、多くの博物館、美術館では残念ながら実現に至らなかった」と規模が小さい同文庫で開催することになった経緯を記している。

春画展日本開催実行委員会の淺井正勝、浦上満両氏も「春画については、20年以上も前から書籍、雑誌などでは無修正で市場に流通しており、何ら問題は発生していない。複製版の出版が可能なのにオリジナル作品は鑑賞できない、という奇妙な状況にあった」と開催に至るまでのもどかしさを吐露している。

英国では入場者8万7893人

筆者は、男性のためのライフスタイルマガジン雑誌GQ JAPANの依頼で、ロンドンの大英博物館で13年10月から14年1月にかけて開かれた『春画 日本美術における性とたのしみ』を取材したことがある。

「16歳未満は保護者同伴推奨」という大英博物館が異例の年齢制限を行った春画だけの特別展は「人類史上、最もきわどくて素敵」(英紙インディペンデント)、「啓示的」(英紙タイムズ)と称賛され、世界中のメディアからも高い評価を受けた。入場者数も予想を大幅に上回る8万7893人を記録した。

当時、日本での受け入れ館はまだ見つかっていなかった。「永青文庫」で開かれている「春画展」は日本では初の開催となる。しかし、「18歳未満入館禁止」という厳格な条件付きでだ。

ポルノか、芸術か

満ち足りた愛と性の悦びを大胆に表現した「Shunga(春画)」はポルノか、芸術か――と英国でも大きな話題を呼んだ。

「大英博物館がナショナル・ギャラリーやロイヤル・アカデミー・オブ・アーツのような美術館なら、やはり春画展は開けなかったと思います。春画は高い芸術性を備えている作品もありますが、セクシュアルすぎるからです」

筆者の取材にこう話したのは著書『春画 片手で読む江戸の絵』を持ち、江戸文化に詳しいロンドン大学東洋アフリカ学院(SOAS)のタイモン・スクリーチ教授だ。誇張された男性器と女性器の結合があまりにも露骨に描かれた春画はグロテスクにも見えるが、日本以上にジェンダーや性の商品化に厳しい英国人女性に好意的に受け止められた。

好きな人と結ばれるファンタジー

現代の日本に氾濫するアダルトビデオが世界で最も暴力的なら、春画は愛し合う男女の心と体の交歓を描いた世界で最もファンタジーなポルノグラフィーなのだ。女性向けに歌舞伎役者の肖像と陰茎を描いた春画では、陰毛は役者と同じ髪型に整えられ、舞台化粧の隈取りのような血管が魅力的に脈打つ。

「春画にはレイプなど強制的な性はまったく出てきません。好きな人と結ばれる姿が描かれているのです。だから女性にも受け入れられたのでしょう」とスクリーチ教授は解説する。確かに展示されている春画を見渡すとすべての男女が何とも言えない恍惚の表情を浮かべている。見学するカップルの表情も生き生きしている。

江戸時代の三代改革で贅沢な色刷りや放蕩な描写が制限され、葛飾北斎(1760~1849年)や喜多川歌麿(1753~1806年)のような浮世絵の大家も地下文化の春画で表現の自由を満喫した。道徳や現実に縛られず性の交歓を自由に描いた春画に魅了されたフランス印象派のマネは裸婦を描き、社会の批判を浴びた。

西洋化によるタブー

近代西洋美術のエロティシズムや非対称性は春画の影響を受けている。こうした傾向をジャポニズムと呼ぶが、「当時、西洋は堅苦しい空気に縛られていたので、日本は何て開かれたところなんだと誤解してしまったようです」とスクリーチ教授は笑顔を浮かべた。

江戸時代、お見合い結婚が当たり前。男は自由恋愛を求めて遊郭に出かけた。武士の娘に夜伽の作法を伝授する春画もある。「憂き世」を笑い飛ばすため、イザナギとイザナミの国産み神話や女大学まで春画化された。

どうして春画なのか、大英博物館日本セクション長のティム・クラーク氏にも当時、尋ねている。

「春画が江戸文化の中でどう位置づけられるか探求したかったのです。春画は西洋化が進んだ明治以降タブーとされましたが、それを解き放つ時が来たことを実感しました」

週刊文春編集長の「休養」をみると、日本では春画は依然として「卑猥」か「性的」で、西洋化の戒律によって縛られたタブーから、いまだに解き放たれていないようだ。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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