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無差別テロ、日本も標的 プーチンとオバマが共闘できなければISの進撃は止められない

木村正人在英国際ジャーナリスト
駐日フランス大使公邸で追悼を捧げるフランス人ら(写真:ロイター/アフロ)

3班編成の犯行

[パリ発]死者129人、負傷者352人を出したパリ同時多発無差別テロで、フランス検察当局のモランス検事は14日、3班編成の7人グループが国立競技場やコンサート会場など6現場で自動小銃の乱射や自爆テロによる殺戮を行ったことを明らかにした。

テロの実行犯が飲食店に撃ち込んだ銃弾の跡(筆者撮影)
テロの実行犯が飲食店に撃ち込んだ銃弾の跡(筆者撮影)

死亡した実行犯は当初、8人と報じられたが、7人と正式に発表した。オランド仏大統領は過激派組織「イスラム国(IS)」の犯行と断定している。今回のテロが用意周到に計画され、大規模に及んでいることから共犯者がいる可能性もある。

パリ同時多発テロの発生場所(グーグルマイマップで筆者作成)
パリ同時多発テロの発生場所(グーグルマイマップで筆者作成)

現時点で身元が特定されたのは2人。うち1人はコンサート会場にたてこもったフランス人の男(29)で、パリ市内に住み、イスラム過激派とつながりがあるとして仏情報機関にマークされていた。

もう1人はパリ郊外の国立競技場周辺で自爆テロを起こしたシリア旅券を持つ男(25)。10月初めに難民に紛れ込んでギリシャ・レロス島経由で欧州に入っていた。

犯行車を提供したのがベルギー在住のフランス人だったため、ベルギー検察当局は14日、ブリュッセル首都圏の数カ所を家宅捜索、3人を拘束した。このうち1人はテロ当日の13日夜にパリにいた疑いがあるという。

転換点迎えたIS

シリア、フランス、ベルギーなどをまたぐ今回のテロで、ISは転換点を迎えた。ISはこれまでシリアとイラクに「イスラム国」の建国を宣言、中東・北アフリカで影響力を拡大させてきたが、アルカイダのような国際テロ組織とは位置づけられてこなかった。

国際テロの実績が少なく、ISは過激派組織と表記されてきた。

1月に風刺週刊誌「シャルリエブド」などが襲撃され、編集長や警官ら計17人が殺害されたテロでも、12人が死亡したシャルリエブド襲撃の実行犯はアルカイダ系「アラビア半島のアルカイダ」に所属。一方、ユダヤ食品スーパー襲撃の実行犯はISへの忠誠を誓っていただけだ。

ISの原点は米英が主導したイラク戦争にさかのぼる。イラクに活動拠点を移したジハード(聖戦)組織「アル・タウヒード・ワル・ジハード」の最高指導者ザルカウィが2004年、アルカイダ最高指導者オサマ・ビンラディン(いずれも死亡)から地域のアルカイダ指導者と認められ、「イラクのアルカイダ」を名乗るようになる。

06年、「首長」を頂点とする「イラク・イスラム国」の建国を宣言、「首相」「戦争相」「情報相」を設けるなど国家を模した形態をとる。13年4月、「イスラム国」に改名、昨年6月、最高指導者アブ・バクル・アル・バグダディのカリフ(イスラム社会の最高指導者)就任を宣言した。

しかし、ISの評判は芳しくなかった。ISはイスラム教スンニ派とシーア派の宗派対立をあおり、スンニ派過激派組織同士の抗争を引き起こす。アルカイダから苦言を呈され、たもとを分かっている。アルカイダのように上意下達ではなく、ISと各地の関連組織との間にも明確な指揮・命令系統は確立されていない。

それでもISが命脈を保つことができたのは11年のイラク駐留米軍の撤退と、シリア内戦で資金と人手が集まり始めたおかげだ。さらにバグダディのカリフ就任と、昨年8月から始まった米国を中心としたIS空爆をきっかけに、「スンニ派を守るためイスラム国の建国に参加しよう」と中東・北アフリカ、欧米諸国のイスラム教徒から志願兵が相次いだ。

欧米の情報機関や研究機関の情報によると、今年2月時点でシリアとイラクのIS戦士は2万~3万2千。ISに参加した外国人戦士の数は2万8千人にのぼり、うち5千人が欧米出身とみられている。6月時点で米国など有志連合の空爆で1万人が殺害されたとされるが、ISの勢力はいっこうに弱まっていない。

3つの輪

米ワシントンのシンクタンク、戦争研究所(ISW)はISには3つの輪があると分析している。第1の輪であるシリアとイラクの拠点を失えば、ISの本家が消滅してしまう。ISの最重要課題はシリアとイラクの拠点を積極的に防衛することだ。

2番目の輪は、中東・北アフリカのイスラム過激派との連携だ。ISはアルジェリア、リビア、サウジアラビア、イエメン、アフガニスタン・パキスタンの国境地帯、コーカサス地方に「イスラム国の州」を設置したと宣言している。

ロシア旅客機墜落で犯行声明を出したIS関連組織「シナイ州(旧アンサール・バイト・アル・マクディス)」、200人を超える女子学生を誘拐したナイジェリアのスンニ派過激派組織「ボコ・ハラム」のほか、つながりが明らかになったイスラム過激派組織は次の通りだ。

「コーカサス首長国」「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ」「アルジェリアのカリフ国家の戦士」「パキスタン・タリバン運動(TTP)」。インドネシアの「ジェマー・イスラミア」「ジャマー・アンシャルット・タウヒッド」、フィリピンの「バンサモロ・イスラム自由戦士」「アブ・サヤフ・グループ」だ。

ISの脅威は東南アジアにも及んでいる。

第3の輪は欧米諸国などの「ホーム・グロウン(自国育ちの)・テロリスト」や「一匹狼」と連携し、欧米諸国に国際テロを輸出することだ。パリ同時多発無差別テロは、ISの活動がついに第3の輪に広がったことを意味している。そして日本も主要ターゲットの一つに挙げられている。

10月に入って活動を活発化させていたIS

ISは今年6月にチュニジアのリゾートビーチで起きた英国人観光客ら38人射殺テロへの関与を表明している。先月に入ってさらに活動を活発化させていた。

10月6日

イエメンのIS関連組織が同国でサウジやアラブ首長国連邦(UAE)などが使用する軍事・政治施設に対する4件の自爆攻撃を仕掛けたと表明。

9日

アフガン・パキスタンのIS関連組織がカブールで初めて4件の攻撃を仕掛ける。カブールの宗教施設でイスラム教シーア派の参拝者を狙って即席爆発装置(IED)を爆発させる。

10日

トルコの首都アンカラで2件の自爆テロが起き、100人以上が死亡。トルコ当局はシリアのIS指導者が攻撃を指示したと指摘。

12日

ロシア当局がモスクワの公共交通システムの攻撃を計画した容疑で10人を拘束した。このうち何人かがシリアでISの訓練を受けたと発表。

16日

バーレーンのIS関連組織がサウジ東部のシーア派のモスク(礼拝所)で銃撃事件を起こす。

24日

ISがバングラデシュのダッカでシーア派の休日の集まりを狙って即席爆発装置の攻撃を3件仕掛けたと表明した。

31日

シナイ半島のIS関連組織「シナイ州」がロシア機を墜落させたと表明。旅客機の爆破テロには複雑なオペレーションが必要だ。アルカイダでさえ、01年9月の米中枢同時テロ以降、一度も成功していない。

もし「シナイ州」の犯行なら、関連組織が本家のISでさえまだ成功していない旅客機爆破テロという荒業に成功するという力関係の逆転現象が起きたことになる。このため、ISがパリ同時多発無差別テロで本家の実力を改めて誇示しようとしたとみることもできる。

国際軍事情報会社IHSジェーンのテロリズム&反乱センター(JTIC)によると、今年第3四半期(7~9月)にISが世界で起こした攻撃回数は1086件に達した。1日平均の攻撃回数は第2四半期(4~6月)の8.3件から42%増の11.8件に急増していた。

12のプロパガンダ

オランダ・ハーグで過激化対策に取り組む「テロ対策国際センター」のアレックス・シュミット氏は、ISがジハーディスト(聖戦に関与しているイスラム教徒)を募集するために使っているプロパガンダを12種類に分けている。

(1)ISは純粋

ISは純粋で混じり気のないイスラムを体現している。

(2)イスラム教徒は迫害されている

イスラム教徒は迫害されている。世界中でイスラム教徒の権利は侵害されている。こうした状況を止める唯一の解決策は戦うことだ。

(3)真のイスラムは剣によって築かれる

真のイスラムは剣によってのみ築かれる。ユダヤ教やキリスト教などの一神教を含め、他の宗教や宗派を支配し、改宗を強制し、さもなくば殺すことを許されている。

(4)国内闘争は建設的

国内闘争は建設的だ。真の信仰者であるISは異教徒、偽善から自らを明確に区別しながら、国内闘争を通じて浮上してくるからだ。

(5)天国に行くにはジハードを戦え

天国に行くためにはイスラム教徒は暴力を伴うジハードを経なければならない。聖戦はイスラム教のコミュニティー(ウムマ)を構築するための前提にさえなる。そうしないと信仰者と偽善者、不信仰者の分離は起こらないからだ。無慈悲な分離は信仰と不信仰を完全に分け隔てるまで継続されなければならない。

(6)「名誉ある抵抗」を

「イラクのアルカイダ」の設立者ザルカウィによると、「名誉ある抵抗」は高貴で偉大なシャリア(コーランに基づくイスラム法)の目的にかなっている。抵抗によって実行されるすべての聖戦はイスラム教徒のためになる。抵抗という聖戦は第一次大戦中の1916年に英国、フランス、ロシアの間でオスマン帝国領の分割を約した秘密協定、サイクス・ピコ協定による国境を書き換えることに限定されず、世界中に及ぶものだ。

(7)イスラム教徒の統一を

現在の状況下では、イスラム教徒の統一は必須だ。それゆえ、唯1人の指導者の下での統一は宗教的な義務になっている。

(8)ISには「カリフ制国家」を設立する正統性がある

ISは、イスラム社会の最高指導者に率いられる「カリフ制国家」を設立する権利を与えられた、すべてのイスラム教徒の上に立つ正統な宗教的権威の旗手である。

(9)イスラムの地に移り住め

ISのカリフ制国家はイスラムの真の地だ。イスラムの地への移住は義務である。ISに加わる者は誰であってもこの世でも、あの世でも大いに報われる。

(10)素晴らしき同胞愛

ISの支持者には素晴らしい同胞愛がある。すべての有能な人間はこの同胞愛に急いで加わり、聖戦が行われている地に移住すべきだ。少なくとも、多くのイスラム教徒が暮らす不信仰者の社会的価値から距離を置き、精神の移住を行うべきだ。

(11)カリフ制国家はイスラムの中心

ISのカリフ制国家はイスラムの真の新しい中心だ。イスラムの地に移住することは前もって定められており、義務である。イスラム法、行政、医療、軍事に長けたすべてのイスラム教徒は実行可能な国家建設を助けるため、ISに加わることは個人に課せられた義務である。

(12)ISは西洋の利益に打撃を与える

ISは、拡大するISの加入者、高い志を持った献身的な支持者の手によって、世界中の西洋の利益に打撃を与える能力がある。

これを見ても、これまで欧米諸国への国際テロの輸出はそれほど優先順位が高くなかったことが分かる。

オバマとプーチンは共闘できるか

トルコで15日から2日間の日程で開催される主要20カ国・地域(G20)首脳会議で、オバマ米大統領がIS対策のグラウンドデザインを示し、プーチン露大統領と協調できるかが注目されている。

前出のシンクタンク、戦争研究所(ISW)がIS対策のシミュレーションを行った結果、「中期的に見ると、ISは地域的に拡大し、世界的に組織を広げる可能性が高い」と分析している。死者が25万人を超えたシリア内戦を見ても分かるように、米国とサウジ、トルコ、これに対してロシアとイランが自己利益を言い合い、和平交渉は膠着状態に陥っている。

一番、得をしているのはISだ。世界的な現象としてのISに対抗する意思と能力を持ったプレイヤーはほとんどいない。対策が遅れれば遅れるほど、打てる手は限られてくる。しかしイラク戦争で懲りた米国も英国もシリア問題を解決するため積極的に動く意思を失っている。

オバマ大統領とプーチン露大統領が共闘して、サウジ、トルコ、イランなどのプレイヤーを説得してシリア和平を達成し、IS対策に乗り出すことができなければ、ISの国際テロ輸出はさらに拡大し、加速していく恐れがある。そうなれば日本に対するテロのリスクも必然的に増すことになる。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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