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シリアの「イスラム国(IS)」空爆に向け議会の承認求める英国 安倍首相はどう出る【パリ同時多発テロ】

木村正人在英国際ジャーナリスト
シリアのIS空爆に向け、議会承認を目指すキャメロン英首相(写真:ロイター/アフロ)

国連安保理は全会一致でIS阻止を決議

シリアでの過激派組織「イスラム国(IS)」空爆に参加してこなかった英国のキャメロン首相は、ISによるロシア旅客機爆破テロやパリ同時多発テロを受け、シリアでのIS空爆に向け、英議会の承認を得る方向で調整している。

パリ同時多発テロから1週間となる20日、国連安全保障理事会は、ISのテロを非難し、あらゆる手段を尽くしてISのテロを阻止するよう国際社会に求める決議を全会一致で採択した。決議は、フランスが提出していた。

2013年8月、シリアのアサド政権が化学兵器を使用した疑いが濃厚となった際、キャメロン首相は懲罰的攻撃の承認を求める動議を下院に提出。7時間にわたる審議の末、動議は反対285票、賛成272票で否決された。

キャメロン首相は当時、「議会は軍事介入を望んでいない」と断念。単独でもシリア介入に踏み切る構えを見せていたオバマ米大統領も土壇場でUターンし、アサド政権への空爆を諦めた。しかし、ISがイラクの首都バグダッド近くまで侵攻してくるに至って、昨年9月、米軍はイラクやシリアのIS空爆に踏み切った。

同月、イラク政府の要請を受け、英下院はイラクのIS空爆を承認したものの、アサド政権の要請がないためシリアのIS空爆は見送った。シリアのIS空爆には、欧米から米軍、フランス軍、カナダ軍が参加し、英空軍はパイロットが米軍やカナダ軍の情報収集や偵察、監視、空爆の作戦に関与するにとどめていた。

1904年の英仏協商以来の同盟国であるフランスがISの同時多発テロで130人の死者を出したのに、英国が知らん顔をしているわけにはいかない。キャメロン首相は「シリアのラッカはISというヘビの頭だ」「わが国にとって正しい行いを(議会に)求めたい」との考えを表明している。

イラク戦争の悪夢引きずる英国

しかし、米国との二人三脚で強行したイラク戦争で多大な犠牲を強いられた英国では慎重論が根強い。最大野党・労働党のコービン党首は新たな軍事介入に反対する立場を鮮明にしている。保守党内から造反が出れば、2年前と同じように下院で否決される恐れが十分にある。

英日曜紙サンデー・タイムズによると、キャメロン首相は、ナチスに対して宥和政策をとり、結果的に第二次大戦を招いたチェンバレンを引き合いに出し、「チェンバレンではなく、(ナチスと戦った)チャーチルに」と保守党議員を説得しているという。

キャメロン首相が政治的なリスクを冒してまで議会の承認を目指す理由は他にもある。これまで戦闘機6機を派遣してきたカナダのトルドー新首相がISへの空爆参加をいずれ中止すると表明しているからだ。カナダは代わりに訓練要員として派遣している特殊部隊を増強し、2万5千人のシリア難民を受け入れる考えだ。

カナダが空爆から離脱すれば、シリアでのIS空爆を主導するオバマ大統領の政治的な正当性は弱まる。米国との「特別な関係」を損ないたくない英国としてはISによるロシア旅客機爆破テロ、パリ同時多発テロが起きた機会を逃すことなく、議会の承認を取り付けたいところだ。

テロを完全に防げるという保証は何一つない

しかしシリアのIS空爆に参加すれば、英国内のテロの脅威は格段に増す。英情報局保安部(MI5)のアンドリュー・パーカー長官は今年10月、「32年に及ぶ私のキャリアの中で、テロの脅威のレベルは最も高くなっている。この1年間に英国で6件、海外で数件のテロを防いだ」と発言している。

MI5のパーカー長官(C)Crown Copyright
MI5のパーカー長官(C)Crown Copyright

4千人の人員のうち3200人はテロ防止のために振り向けられ、対IS要員の割合は増えている。パーカー長官は「英国から750人以上がISに参加するためシリアに渡航した。シリアから英国内でのテロを行うよう指示が下されている」「すべてのテロを防ぐという自信を持つことはできない」と警告を発している。

MI5はメイ内相の令状を得て、ISなどに参加するジハーディストの、インターネットを通した連絡をハッキングしている。2005年7月にロンドン地下鉄・バス同時多発テロを経験している英国は、情報機関と警察の連携が緊密で、シギント(電子情報)の市民監視プログラムを強化してきた。

その意味ではフランスより一日の長があるとは言うものの、シリアのIS空爆で英国内でテロの脅威が高まれば、100%未然に防げるという保証は何一つないのが現状だ。

それほど期待できない空爆の効果

国際軍事情報分析会社IHS紛争モニターによると、9月末にロシアがシリアの反政府勢力への空爆に踏み切ってから、アサド政権は支配地域を120平方キロメートル(0.4%)しか増やしていない。イスラム教スンニ派の反政府勢力から240平方キロメートルの陣地を奪ったものの、ISに対しては120平方キロメートルの陣地を失った。

ロシア空爆で増えたアサド政権の支配地域(IHS提供)
ロシア空爆で増えたアサド政権の支配地域(IHS提供)

上のマップで、緑がアサド政権の陣地、黄色がアサド政権がロシア空爆後に奪った地域、赤色が失った地域だ。濃いグレーゾーンは反政府勢力やISが支配する地域だ。

昨年10月から今年9月の間にアサド政権は急激に陣地を失っており、これがプーチン露大統領によるシリア空爆の引き金になった。ロシア国防省がホムスの南東50キロメートルに砲兵隊を派遣したとする地図を掲げているのがテレビで放映された。

ISはソーシャルメディアの使用禁止を通達。拠点に「国旗」を掲げるのを止め、移動も車ではなく、目立たないバイクや自転車で行うようになっている。正規軍というより、ゲリラ、テロ組織の性格を強めており、空爆の効果をあげるのが難しくなっている。

英国がシリアのIS空爆に参加しても「空爆全体の1%弱の意味しか持たない」と元米政府関係者はある会合で吐き捨てるように言った。

キャメロン首相はイラク戦争の反省から介入後のシリアの青写真も掲げるが、空爆だけで事態を急転させるのは不可能だ。かと言ってロシアのように地上部隊派遣に踏み込めば、イラクやアフガニスタンで嫌というほど経験した泥沼が待っている。

米国と隊列を組む日本の安倍晋三首相の所にも何らかの要請が来ているのは間違いない。さて、安倍首相はどう出る。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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