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「戦争」下にあるフランスの選択 私たちは心の「内戦」をどう戦うか

木村正人在英国際ジャーナリスト
ルペン党首の姪、マレシャルルペン氏は仏南部の地域圏で45%の支持を得た(写真:ロイター/アフロ)

ルペン党首「グローバル主義者と愛国者の対決」

パリ同時多発テロを受け、オランド大統領が「過激派組織ISと戦争状態にある」と宣言したフランスで地域圏議会選第2回投票が13日行われた。第1回投票で本土13地域圏のうち6地域圏で首位に立った極右政党・国民戦線はいずれの地域圏でも第1党に届かなかった。

投票率は第1回の50%から58%に上昇し、「反国民戦線」票が上積みされた。国民戦線のマリーヌ・ルペン党首(47)や姪のマリオン・マレシャルルペン氏(26)が出馬した地域圏で「左派」が「右派」への戦術的投票を呼びかけ、国民戦線が第1党になるのを防いだ。

出典:仏内務省データより筆者作成
出典:仏内務省データより筆者作成

得票率でみるとサルコジ前大統領の右派連合が40%(第1回投票27%)、オランド大統領の左派連合が29%(同23%)、ルペン党首の国民戦線は27%(同28%)だった。「国民」と「イスラム」を対立させる国民戦線に対する危機バネが働き、勝つ見込みのある右派連合に票が集まった。

コルシカ島を除く12地域圏のうち7地域圏で右派連合が、残り5地域圏で左派連合がそれぞれ第1党になった。地域圏議会選は2017年の大統領選を占うため、オランド大統領はIS空爆を強化するなど「強い指導者」を演出したが、支持を取り戻すことはできなかった。

出典:Wikipediaのデータを筆者加工
出典:Wikipediaのデータを筆者加工

国民戦線は右派連合と左派連合の包囲網に屈した格好だ。だが、得票を第1回投票の601万8914票から682万147票に上積みしており、国民戦線が唱える「移民」「難民」「イスラム」を対象にした排外主義への支持はじわりと広がり続けている。

ルペン党首の得票率は北部の地域圏で42%、姪のマレシャルルペン氏は南部の地域圏で45%に達した。ルペン党首は選挙結果を受け、「右派と左派が対決する時代は終わった。これはグローバル主義者と愛国者の対決なのだ」と演説した。

サルコジ前大統領は国民戦線を意識した強硬政策を打ち出し、「国民」と「それ以外」の間に明確な一線を引こうとしている。しかし、それでも国民戦線が放つ強烈な磁力を跳ね返せないでいる。

15年後、フランスのムスリム人口は10%を突破する

欧州はロシアや中東と接しており、北アフリカと地中海を挟んで向かい合っている。海に囲まれている米国、日本、英国と違って、大きな地政学上のリスクを抱えている。望むと望まざるにかかわらず、シリア内戦、ウクライナ危機のようなリスクと無縁ではいられない。

この夏、シリアやアフガニスタンから大量の難民が欧州に流れ込んだ。米ピュー・リサーチ・センターの調査によると、2030年時点でイスラム系移民が全人口に占める割合は、米国は1.7%に過ぎないのに、フランス、ベルギー、スウェーデンは10%前後に達するという。難民を加えるとムスリム人口の割合がもっと増えるのは確実だ。

フランスでは1989年、パリ郊外の中学校でモロッコとチュニジア系のムスリムの女子生徒が教室でスカーフを外すことを拒否したとして退学処分になった。学校でムスリムの女子生徒がスカーフを着用するのは学校のライシテ(非宗教性)の原理に反すると大論争になった。

2001年の米中枢同時テロを経て、04年にフランスは「ライシテ法」で公立学校でのスカーフ着用を禁止している。05年にパリ郊外で暴動が起き、黒人やイスラム系移民への嫌悪があからさまに示されるようになる。さらに09年にはブルカ禁止の動きが高まった。

ロンドンではイスラム嫌悪犯罪が3倍以上に

国民戦線の台頭はこうした動きと明確にリンクしている。多文化主義の英国でもパリ同時多発テロの後、伝統衣装を着用するムスリム女性にツバを吐きつける事件が起きている。ロンドン警視庁のまとめでは、パリ同時多発テロでイスラム嫌悪犯罪は3倍以上も増えた。

出典:ロンドン警視庁の発表より筆者作成
出典:ロンドン警視庁の発表より筆者作成

欧州は危機の中にある。単一通貨ユーロは経済力のあるドイツのような国には良いが、ギリシャなど「弱い欧州」をデフレの際に追いやりつつある。フランスの失業率は10.5%と過去10年で最悪に達している。これがルペン党首の言う「グローバル化の代償」である。

しかし、グローバル化の針を逆戻りさせるのは不可能だ。欧州のムスリム人口を減らすこともできないだろう。それより欧州はイスラムとともに生きていく寛容さを持ち合わせているかが問われているのだ。

だからこそ「共同体」が必要だとフランスの政治哲学者エチエンヌ・バリバール氏は訴えている。「国民」と「移民」「難民」「イスラム」を対立させる偏狭なナショナリズムではなく、国境を越えた「共同体」が必要だという。

中東・北アフリカの少なくない国が混乱に陥っているが、欧州でも、いつテロに見舞われるか分からない恐怖と不安が広がり始めている。その意味で欧州はオランド大統領の言うように「戦争状態」にある。

しかし、ISや国際テロ組織アルカイダが唱える「ジハード」が本当にイスラムの教えに基づくものなのか、単にプロパガンダに過ぎないのか、欧米とイスラム諸国は共通した認識を持つ必要がある。テロリストや極右は欧米とイスラムの対立や隙間につけ込んでくる。

欧米とイスラムは「衝突」ではなく、国境を越えた「共同体」の構築を目指すべきだ。IS空爆より重要なのはシリア和平を1日でも早く達成し、「恐怖」や「屈辱」といった負の感情を「希望」に転換させることだと痛感する。私たちは嫌悪と排外主義の誘惑に屈してはならない。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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