Yahoo!ニュース

軽減税率は「新聞の死」を早めるのか

木村正人在英国際ジャーナリスト
軽減税率で一息つける新聞(写真:Masato Ishibashi/アフロ)

与党の税制改正大綱で、定期購読契約を結ぶ日刊紙と週2回以上発行する新聞が軽減税率の対象に盛り込まれた。2017年4月に消費税率が10%に引き上げられたあとも宅配される新聞の消費税率は8%のまま据え置かれるが、駅・コンビニストア売りや電子新聞は10%に引き上げられる。

大綱には「定期購読契約が締結された日々または週2回以上発行される『新聞』を対象とする」と明記された。書籍・雑誌については「日常生活における意義、有害図書排除の仕組みの構築状況などを総合的に勘案しつつ、引き続き検討する」と記し、協議を継続する方向だ。

政権と新聞の出来レースを見せつけられた印象を拭いきれず、各方面から厳しい批判が寄せられている。安倍晋三首相が首相の返り咲いてから、新聞業界のドン、渡辺恒雄読売新聞グループ本社会長が会った回数は10回にのぼっている。ヤフーのリアルタイム検索に「新聞」「軽減税率」と入力すると好感情のツィートはわずか1%。43%は悪感情を抱いている。

橋下市長のツィート
橋下市長のツィート

国政政党「おおさか維新の会」前代表の橋下徹大阪市長は15日、自身のツィートで、「そんなバカな!と多くの国民は感じていると思うが、これが政治の現実。読売新聞の完勝だね。読売新聞は徹底して政権を支えてきた」と指摘。「政権批判をしてきた朝日や毎日くらい新聞への適用を批判・返上しないのかね」と皮肉った。

ジャーナリスト、佐々木さんのツィート
ジャーナリスト、佐々木さんのツィート

鋭いメディア批評で知られる新聞記者出身のジャーナリスト、佐々木俊尚さんは「新聞がまったく報じないことのお手盛りが、最終的に新聞の死を示すことになるだろうな。わずか2%のために」とツィート。「新聞の死」という言葉が現実的な響きを持っているのが怖い。

細野豪志・民主党政調会長は15日の記者会見でこう語っている。「ひとえに選挙対策でこうなったと言われているに等しい。新聞への適用も判断されるようだが、水道水、電気、ガスなど生きて行く上で不可欠なものについての軽減税率が議論されずに、新聞だけが議論されることに非常に強い違和感を覚える」

中野区議のツィート
中野区議のツィート

東京都中野区議会の森たかゆき議員(民主党)も「新聞よりパンツの方が必需品でしょ」もツィートしている。

これに対して、朝日新聞は16日付の社説で、「発行の回数など一定の条件を満たす新聞が対象に加わった。(略)私たち報道機関も、新聞が『日常生活に欠かせない』と位置づけられたことを重く受け止めねばならない」と書くが、どうも歯切れが悪い。

朝日新聞はこれまでの社説で「軽減税率について、消費税率が10%を超えた時の検討課題にするよう」提案してきた。高齢化で膨らみ続ける社会保障財源の柱として、消費税の税収を有効に活用するべきだと主張してきたからだ。

しかし、10%の段階で宅配の新聞も適用対象になり、「社会が報道機関に求める使命を強く自覚したい」とバツの悪さを隠し切れない。

日本新聞協会は今年9月、「消費税の軽減税率制度に関する声明」を出し、「わが国の民主主義と文化の基盤となっている新聞(電子媒体を含む)については、知識への課税は最小限度にとどめるという社会政策上の観点から書籍、雑誌等とともに軽減税率を適用すべきである」と訴えていた。

英国では紙媒体の新聞に付加価値税(日本の消費税に相当、VAT)はゼロ。ベルギー、ノルウェー、デンマークもゼロだ。日本新聞協会のデータをもとに新聞の税率が8%以下の欧州の国をグラフにしてみた。新聞への軽減税率をまったく適用していないのはブルガリアとスロバキアぐらいだ。

出典:日本新聞協会データより筆者作成
出典:日本新聞協会データより筆者作成

日本の宅配の新聞に適用される消費税率8%が、ずば抜けて優遇されているわけではない。

ロンドン在住の筆者は日経新聞、英紙フィナンシャル・タイムズ、タイムズ、デーリー・テレグラフ、英誌エコノミスト、米紙ニューヨーク・タイムズの電子版を購読している。英国では電子版には標準税率20%のVATが課税され、軽減税率の対象外だ。

筆者は民主党の細野、森両議員のように「水道水、電気、ガス」「パンツ」の方が「新聞」より重要とは思わない。購読率が落ちたとは言え、インターネット上にあふれるニュースの大半は新聞がもとになっている。それが揺らげば民主主義の根底が揺らぐ。その意味で政治と新聞は「癒着」していると言うより「表裏一体」の関係にある。

健全な報道は健全な経営が前提になる。しかしネットメディアの台頭で販売部数や広告収入が落ち、その前提が大きく揺らいでいる。新聞報道の質は全盛期に比べて間違いなく低下している。時代は、既存メディアから新興メディアの過渡期にある。

宅配の新聞に対する消費税率が8%に据え置かれれば、確かに販売部数910万の読売新聞や678万の朝日新聞(いずれも8月のABC部数)は一息つけるだろう。この1年で読売は13万部、朝日は47万部も部数を落とした。消費税増税の2%が上積みされていれば、新聞離れはさらに加速していたのは間違いない。

しかし宅配の新聞を守れば、報道の質が回復するわけではない。問題は別のところにある。インターネットの登場で新聞社が握っていた情報の伝達ルートは一気に多様化した。このため収入が落ちて経営が苦しくなり、社員の給料が下がるのは避けようがない。軽減税率の適用で時間を稼ぐことはできても、問題は何も解決されていない。

逆に安倍政権と大手紙の出来レースを印象づけたことで、「新聞の死」を早めたというのはジャーナリストの佐々木さんの指摘する通りかもしれない。情報は「与えられる」ものから「取りに行く」ものになった。スマートフォンの普及でそのスピードは飛躍的にアップした。

にもかかわらず日本の新聞が販売部数の維持にカネと精力を費やし、インターネットなどの先端技術を活用した新しい報道のかたちに十分チャレンジしてこなかったことの方が大きな問題のように思えるのだが…。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事