Yahoo!ニュース

借金漬けのギリシャが中国の海洋拠点に 「一帯一路」軍事利用も

木村正人在英国際ジャーナリスト
「一帯一路」に突き進む習近平国家主席(写真:ロイター/アフロ)

中国国有の海運大手、中国遠洋運輸集団(コスコ・グループ)が地中海の要衝、ギリシャ・ピレウス港を買収する見通しとなりました。12日に入札が行われましたが、デンマークの海運複合企業とフィリピンに拠点を置く国際コンテナ運営会社ライバルは入札しませんでした。

中国のココス・グループが買収する見通しのピレウス港(昨年1月、筆者撮影)
中国のココス・グループが買収する見通しのピレウス港(昨年1月、筆者撮影)

国際通貨基金(IMF)や単一通貨ユーロ圏から借りたオカネを返すため、ギリシャはピレウス港など国有財産の売却を進めています。欧州債務危機の最中にギリシャの国債を購入するなど、借金まみれのギリシャに援助の手を差し伸べてきた中国にとって、ピレウス港は欧州だけでなく中東・北アフリカへの重要な足がかりになります。

昨年2月には中国海軍最大の大型揚陸艦「長白山」がピレウス港に寄港しました。5月には中国人民解放軍がロシアとともに地中海で初めて海上合同軍事演習を実施しました。2011年に米英仏がリビアに軍事介入した際、3万6千人の中国人労働者がリビアで働いており、大掛かりな救出作戦が地中海で展開されたことがあります。

ギリシャは、中国の習近平国家主席の広域経済圏構想「一帯一路」の要になります。港湾施設のほか東欧・中欧、バルカン半島諸国につながる鉄道網などのインフラを整備すれば、実需が生まれ、インフラ輸出を通じて中国国内で顕著になっている供給過剰を解消できます。景気回復の足取りが遅い欧州にとって中国マネーでインフラが整備できれば、これほどありがたい話はありません。

国有財産の処分を進めるギリシャ資産開発基金は、ピレウス港を運営する国営会社の発行済み株式の67.7%を売却する計画です。日経新聞は、コスコ・グループは3億~4億ユーロ(約380億~510億円)を投じて株式の51%を取得すると報じています。一方、米紙ウォール・ストリート・ジャーナルは関係者の話として向こう5年間のインフラ投資3億5千万ユーロを含む計7億ユーロで株式の67%を取得すると伝えています。

最初は株式の51%を取得して、5年間で67%まで増やすという買収提案なのかもしれません。

筆者は昨年1月のギリシャ総選挙に合わせて、ピレウス港を飛び込みで取材したことがあります。コスコ・グループの子会社ピレウス・コンテナ・ターミナル(PCT)は意外とすんなり取材に応じてくれました。コンテナ船だけでなくフェリーやクルーズ船も発着するピレウス港周辺は、車が激しく行き交うなど、アテネ中心部以上の活況を呈していました。

コスコ・グループは2008年に49億ユーロを投資してピレウス港のコンテナ埠頭の運営権を35年にわたって獲得しています。PCTでは約1100人が働いていますが、中国人は最高経営責任者(CEO)ら7人だけだそうです。中国人幹部とギリシャ人社員の会話もなごやかに見えました。

PCTで働くギリシャ人によると日給は58ユーロ、ギリシャではかなりの厚遇です。コンテナ埠頭ではコスコ・グループのコンテナもありましたが、いろいろなコンテナを扱っていました。

物流の流れを説明するPCTの広報責任者(昨年1月、筆者撮影)
物流の流れを説明するPCTの広報責任者(昨年1月、筆者撮影)

当時、PCTは2つの埠頭を運営していました。拡張工事でコンテナの取扱量は最初、685個(TEU=20フィートコンテナ換算)だったそうですが、480万個へと飛躍的に増えたとのことでした。広報責任者は「将来は620万個まで増やします」と言います。少し水増し気味の数字なのかもしれませんが、「一帯一路」が軌道に乗れば、コンテナ輸送はもっと増えるのは確実です。

ピレウス港とチェコなど中欧を結ぶコンテナ列車は週に3~4本しか運行しておらず、「毎日走らせるようにしたい」と意気込んでいました。ピレウス港でコンテナを荷揚げすれば、オランダ・ロッテルダム港、ドイツ・ハンブルク港などを経由するより輸送期間が10日間短縮できるそうです。ココス・グループがピレウス港を買収すれば、欧州の物流が一変する可能性があります。

出典・グーグルマイマップで筆者作成
出典・グーグルマイマップで筆者作成

急進左派連合(SYRIZA)のチプラス首相は政権につく前は国有資産の売却には否定的でしたが、ユーロ圏との交渉で支援を引き続き受ける代償として国有財産の売却をのまされました。チプラス首相も背に腹は変えられません。

中国国有大手・中国鉄路総公司は昨年12月、15億7千万ドルでセルビア・ベオグラードとハンガリー・ブタペストを結ぶ鉄道整備(全長350キロメートル)に乗り出しました。コスコ・グループも参加するコンソーシアムはトルコでもイスタンブール港のコンテナターミナルを買収しています。

物流の拠点としてピレウス港を開発するのはギリシャも欧州連合(EU)も大歓迎ですが、中国には別の狙いもあるようです。

昨年5月、中国とロシアは北大西洋条約機構(NATO)が勢力圏とする地中海で初めて海上合同軍事演習を実施しました。軍事演習には中国のフリゲート艦2隻など中露両国から計10隻の艦船が参加しました。米国一極支配の現・世界秩序を再構築するのが狙いです。

中国にはロシアとの緊密な関係を見せつけることで、日本の安倍政権を牽制する思惑もあったようです。「一帯一路」は地中海を経由しており、中国には貿易だけでなくエネルギー、安全保障といった国益が生じます。中東・北アフリカで中国人の救出や海賊対策などの作戦を展開する必要が生じた場合、ピレウス港は燃料の補給など重要な軍事拠点になります。

中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)には欧州の英独仏伊など多くの国が出資しています。欧州復興開発銀行(EBRD)もAIIBと協力する方針で、欧州は中国マネーがインフラ整備に投資されることに大きな期待を寄せています。

中国が貿易、エネルギーに加えて軍事面でも国際協調に徹するなら欧州との相思相愛は続くでしょう。しかし欧州にとって安全保障上の脅威であるロシアと組んで地中海で軍事的なプレゼンスを増す腹積もりなら話は別です。中国への警戒心は一気に膨らむ可能性があります。ピレウス港の運用はその試金石になるでしょう。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事