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国連がウィキリークス・アサンジ容疑者の「解放」と「賠償」求めるも、籠城は続く

木村正人在英国際ジャーナリスト
在英エクアドル大使館のバルコニーに姿を現したアサンジ容疑者(2月5日)(写真:ロイター/アフロ)

内部告発サイト「ウィキリークス」創設者ジュリアン・アサンジ容疑者(44)がロンドンの在英エクアドル大使館で2012年6月以降、約3年半にわたって籠城を強いられていることについて、国連人権委員会・恣意的拘禁に関する作業部会は5日、「世界人権宣言など国際規約に違反しており、英国、スウェーデン両政府による恣意的な拘束(不当拘束)に当たる」としてアサンジ容疑者の解放と不当拘束に対して賠償するよう求めました。

アサンジ容疑者が籠城を続ける在英エクアドル大使館(2月5日、筆者撮影)
アサンジ容疑者が籠城を続ける在英エクアドル大使館(2月5日、筆者撮影)

アサンジ容疑者は大使館内からビデオリンクで「国連の判断は心強い援護だ。私の顔に笑顔が戻った。大勝利だ。英国とスウェーデンの両政府は国連の判断に従うべきだ」と話しました。一方、英国のハモンド外相は「アサンジ容疑者は司法から手配されている。国連作業部会の判断は馬鹿げている」と一蹴しました。

スウェーデン外務省の報道官は4日、「国連作業部会は、国際的なコミットメントに違反してアサンジ容疑者は恣意的に拘束されているという判断を下した」と明かしていました。アサンジ容疑者は4日、「私が勝利して国家の不法が認定されれば、すぐにでもパスポートの返還と私を逮捕する試みが中止されることを期待する」との声明を発表していました。

国連作業部会の報告には法的拘束力はありませんが、今後、アサンジ容疑者はこの報告をタテに、パスポートの返還と政治亡命が認められているエクアドルなどへの移動を求めるとみられます。これに対し、英国政府は、アサンジ容疑者が一歩でもエクアドル大使館の外に出れば逮捕して、性的暴行とレイプ容疑で国際逮捕状を出しているスウェーデンに送還する方針を崩していません。にらみ合いはさらに続きそうです。

アサンジ容疑者は避妊具を着けずにスウェーデン人女性2人と性行為をしたとして婦女暴行容疑でスウェーデン当局から逮捕状が出ており、英国の最高裁でスウェーデンへの身柄移送を認める判決が確定しています。同容疑者は「スウェーデンに送還されれば最終的に米国送りとなり、スパイ罪で死刑にされる」と庇護を求めて12年6月、エクアドル大使館に逃げ込み、2カ月後に同国から政治亡命が認められました。

在英エクアドル大使館は、ロンドン・ナイツブリッジの高級百貨店ハロッズ近くにあるビルの2階に入居しています。大使館の敷地内を通り抜けて外交官車両に乗り込み、エクアドルの旅客機に搭乗するのは不可能です。外交特権の及ばない場所に足を踏み出したとたん、アサンジ容疑者は、1日1万1千ポンド(約190万円)の費用をかけて24時間見張りを続けるロンドン警視庁に逮捕されるでしょう。

アサンジ容疑者が直射日光を浴びることができたのは大使館のバルコニーから声明を発表した20分だけと言われています。英大衆紙によると、アサンジ容疑者は支援者の1人である英映画監督ケン・ローチ氏から贈られたランニングマシンで運動不足を解消するため、1年目は約120キロ走ったそうです。しかし、日照不足が健康を蝕み、心肺機能が著しく低下し、血圧にも異常を来しているとも報じられています。

これでは「刑務所暮らしの方がまだマシ。恣意的な拘束に当たる」というアサンジ容疑者の訴えを受け、国連の作業部会はアサンジ容疑者がエクアドル大使館で籠城を強いられている状態が「恣意的な拘束」に当たるかどうか検討してきました。14年8月にはアサンジ容疑者は「間もなく大使館を離れる」と発言しましたが、「逮捕されるなら、外には出ない」と前言をあっさり翻して籠城を続けています。

米大統領選に向けた共和党の候補指名争いで保守派のテッド・クルーズ上院議員(テキサス州選出)と不動産王ドナルド・トランプ氏がデッドヒートを繰り広げる様子を見ていると、アサンジ容疑者にとって「大使館の外に出て逮捕され、スウェーデンに送られる」という選択肢はないように思われます。一方、米国との「特別な関係」を重視する英国政府にとっては、アサンジ容疑者の逮捕とスウェーデンへの送還を見送るということはできない相談です。

アサンジ容疑者は自ら創設した「ウィキリークス」で2010年にイラク・アフガニスタン駐留米軍文書、米外交公電を大量に暴露しました。情報を漏洩した米軍兵士チェルシー・マニング受刑者はスパイ活動取締法違反で35年の実刑を言い渡されています。アサンジ容疑者も米国に送還されれば死刑はないにせよ、相当長期の服役を覚悟しなければなりません。

在外公館には1961年の「外交関係に関するウィーン条約」で外交特権が認められており、「不可侵」とされています。政治犯が庇護を求めて大使館に逃げ込む例は冷戦時代にはよくありました。56年から約14年間、ハンガリー・首都ブダペストの米国大使館にハンガリー人のカトリック枢機卿が逃げ込んだことがあります。しかしアサンジ容疑者の場合、心身ともにかなり参っており、14年超えは難しいようにも思います。

アサンジ容疑者を見張る英警察当局も、かくまうエクアドル大使館も巨額の出費を強いられており、米国をにらんだ根比べがまだまだ続けられそうです。

ジュリアン・アサンジ

10代から天才ハッカーとして仲間たちと米航空宇宙局(NASA)など欧米のコンピューター・ネットワークをハッキングする。31の罪状で起訴されたが、判決は少額の弁償。情報を盗み見るだけで、実害を残さなかったからだ。その後、ハッカーを卒業し、内部告発者の安全を100%保証するシステムを完成させ、「ウィキリークス」と名付ける。ウィキリークスは「完璧な匿名性を保証するシステムが内部告発の連鎖を引き起こし、やがて国家や企業、独裁者が独占する情報を解き放って既存の権力構造を一気に瓦解させる」との理念を掲げて、世界中から注目される。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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