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前日本代表HC、エディー・ジョーンズに学ぶグローバル・マネージャーの作法

木村正人在英国際ジャーナリスト
スコットランドに快勝したイングランド代表のエディー・ジョーンズHC(写真:ロイター/アフロ)

スコットランドに快勝

ラグビーの欧州6カ国対抗(シックス・ネイションズ)が6日、英国で開幕し、前日本代表ヘッドコーチ(HC)のエディー・ジョーンズ氏率いるイングランドがスコットランドに15-9で快勝し、オーストラリア出身のエディーはイングランド代表の指揮官として初陣を飾りました。テレビで観戦していて、とても力の入る一戦でした。

ラグビーはサッカーと並んで英国では非常にナショナルなスポーツです。欧州6カ国対抗にも英国からイングランド、スコットランドのほかウェールズの代表が参加しています。イングランド代表を外国人HCが率いるのはエディーが初めてです。昨年、ワールドカップ(W杯)の開催地を引き受けながらプールステージ敗退という歴史的な屈辱を味わったイングランド代表を立て直せるか、注目が集まりました。

サッカーの代表チーム監督にはエリクソン(スウェーデン)やカペッロ(イタリア)といった外国人監督が就任しましたが、上手く行きませんでした。カペッロが辞任する際には「イングランド代表はやはりイングランド人の監督に指揮されるべきだ」という声が元代表選手から上がりました。サッカーのかたちや選手の気質にはそれぞれお国柄があり、イタリアの流儀をそのままイングランドに持ち込もうとしても選手やサポーターの反発を買うだけというのが外国人監督の残した教訓でした。

ラグビー後進国の日本はエディーをHCに招き、先のW杯初戦で強豪・南アフリカを34-32で破る大金星をあげました。プールステージ突破こそなりませんでしたが、タックルと展開、スピードを重視して3勝1敗の好成績を残し、世界中にセンセーションを巻き起こしました。昨日のイングランド代表はディズニーのアニメ映画『Mr.インクレディブル』の主人公がハードトレーニングで昔のガッツと強さを取り戻した筋肉隆々のスーパーヒーローといった感じでした。

度肝を抜く主将指名、凶暴過ぎる「ブルドッグ魂」

エディーはHCでマネージャーではありませんが、今、日本企業に求められているグローバル・マネージャーとはエディーのような人材なんだなと改めて思いました。ラグビーは先程も申しましたように、とてもナショナルなスポーツです。しかもイングランドとオーストラリアとでは気質はまったく異なります。ハンドリングや言葉遣いを少しでも間違えば、イングランド・ラグビー協会やサポーター、メディアを敵に回しかねない恐れがあります。とりわけ意地悪な英国のタブロイド紙は要注意です。

エディーが欧州6カ国対抗に集めた33人のメンバーを見ると、キャップ数が2以下の選手が10人も含まれており、年齢では30歳が最高で2人、20~24歳は18人にものぼっています。欧州6カ国対抗より、2019年に日本で開催されるW杯を目標に据えていることは明らかです。グローバル・マネージャーとしてまず大切なのは、その国のスピリッツ(魂)を大切にすることです。

イングランドの魂と言えば、「ブルドッグ魂」です。第二次大戦の緒戦でヒトラーのドイツ軍にこてんぱんにやられながら、不屈の闘志で逆転勝ちを収めた当時の英首相チャーチルが顔つきもド根性も「ブルドッグ魂」を体現しています。サッカー・プレミアリーグで首位を独走する穴馬レスターで岡崎慎司がフィットしているのも、疲れを知らない走りっぷりが小型のブルドッグを思わせるからでしょう。

エディーはイングランドで開催された先のW杯でイングランド代表が振るわなかったのは、この「ブルドッグ魂」が欠けていたからだと分析します。そこで代表チームの主将に「その男、凶暴につき」を地で行くフッカーのディラン・ハートリーを指名します。これにはイングランド中が驚きます。ディランはキャップ数こそ67と一番多く、プレーのパフォーマンスは申し分ないのですが、問題を起こした回数もずば抜けています。

07年4月には、対戦チームのFW2選手の目を突いたとして26週間の出場停止。12年3月、シックス・ネイションズのアイルランド戦で相手選手に噛みつき、8週間の出場停止。同年12月、試合中に相手フッカーを殴って2週間の出場停止。13年5月、レフェリーに「クソ野郎!」と暴言を吐いて退場し、11週間の出場停止。14年12月、相手選手の鼻に肘打ちを見舞って3週間の出場停止。昨年5月には相手選手に頭突きをくらわせ、4週間の出場停止。

スポーツ精神医学の権威の診療を受けましたが、カッとなると見境がなくなる癖は治っていません。それが災いして昨年のW杯には出場できませんでした。しかし高額のオファーを蹴って所属クラブに骨を埋める覚悟を表明するなど、パトリオティズム(クラブ愛)には強烈なものがあります。顔つきもふてぶてしく、イングランド中を探しても、ディランに優る「ブルドッグ魂」を見つけるのは難しいでしょう。

エディーは新しいイングランド代表の船出を荒馬ディランに託すことにしました。これはなかなかできることではない決断だと思います。昨日のスコットランド戦で76分に交代したディランがタッチラインの外で仁王立ちして食い入るように試合を見つめる姿がとても感動的でした。こんなに恐いブルドッグに睨まれたら、イングランド代表は最後の最後まで死力を尽くして闘わないわけにはいきません。

「軽さ」を「速さ」に変えた日本代表

エディーは日本代表HCのとき、日本人労働者が平均で18日間の有給休暇の半分しか消化しないことに注目し、W杯に向けた最初の5週間のトレーニングキャンプでは1日も休みを与えませんでした。朝5時半にスタートし、メディカル・スタッフは午後11時まで働いたそうです。オーストラリア出身の日本代表クレイグ・ウィングは英BBC放送に「5週間に105のセッションがあった感じだ」と振り返っています。

日本人は体格や体重では他の国の選手に勝てません。しかし、軽い分だけ、速く動くことができます。大番狂わせを演じた南アフリカ戦では、スクラムの不利が予想されていましたが、入れられたボールを早く、速くバックス陣に回しました。南ア代表の主将ジャン・デヴィリアスはBBCに対して「2秒もかからないうちに内側のセンターまでボールが渡るのを見たのは初めてだ」と驚きを語っています。

日本流のタックルしかりです。日本の高校ラグビーでは、タックルは「膝から下」を狙えと指導されていますが、世界的には「腰から下」が常識です。「膝から下」にタックルに入ると、頭や顔を蹴られてしまう危険性を伴うからです。しかし、エディーは膝下タックルの長所を活かして、ボディ・コンタクトに強い南アのバックス陣をことごとく仕留めます。

日本代表のタックルは低すぎて、南アの選手はぶちかまそうと思ってもぶちかますことができなかったのです。日本文化の勤勉さに合わせたトレーニングを組む。弱点である「軽さ」を「速さ」に変える。グローバル・スタンダードからかけ離れた日本の「膝下タックル」を世界に通じる強さに育てる――。

オーストラリアと日本の血を引き、オーストラリア、日本、南ア、イングランドを渡り歩いたエディーは多様性と多文化を理解し、それぞれの国の伝統と文化を重んじ、違いを比較・分類することで「弱み」を「強み」に変えることができるのだと思います。もちろん徹底的に研究し尽くしたラグビー理論が根底にあるのは間違いありません。欧州6カ国対抗でエディーの手腕がどこまで通じるのか、楽しみです。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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