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「政治的公平」違反繰り返せば「電波停止」も NHK・民放VS高市バトルの行方

木村正人在英国際ジャーナリスト
高市早苗総務相(写真:ロイター/アフロ)

「電波停止を適用しないとは担保できない」

高市早苗総務相は8日と9日の衆院予算委員会で、「政治的に公平であること」を求めた放送法の違反を繰り返し、行政指導でも改善されないと判断した場合、電波法76条に基づき電波停止を命じる可能性に言及したことが衝撃を広げています。

英国では政府から独立した通信庁オフコム(OFCOM、公社)が自ら設けた番組基準が守られているかを監視しているため、高市総務相の発言には強い違和感を覚えました。安倍政権に批判的だったテレビ朝日「報道ステーション」、NHK「クローズアップ現代」、TBS「NEWS23」のキャスター降板が相次いでいるだけに、表現の自由と放送の「政治的公平」について改めて考えさせられました。

各社報道からまず高市発言を拾ってみます。「行政指導してもまったく改善されず、繰り返される場合に、何の対応もしないと約束するわけにはいかない。将来にわたり可能性が全くないとは言えない」「(放送法は)単なる倫理規定ではなく法規範性を持つ」

「1回の番組で電波停止はありえない」「私が総務相の時に電波停止はないと思うが、法律に規定されている罰則規定を一切適用しないことについてまで担保できない」「極めて限定的な状況のみに行うとするなど、極めて慎重な配慮のもと運用すべき」「放送法を所管する立場から必要な対応は行うべきだ」

これに対して、菅義偉官房長官は9日の記者会見で、「従来通りの総務省の見解で、当たり前のことを法律に基づいて答弁したに過ぎない。放送法に基づいて放送事業者が自律的に放送するのが原則だ」と述べました。

「あるある大事典II」捏造の衝撃

菅官房長官は総務相時代、「総務大臣は、放送事業者が、虚偽の説明により事実でない事項を事実であると誤解させるような放送により、国民生活に悪影響を及ぼすおそれ等があるものを行ったと認めるときは、放送事業者に対し、再発防止計画の提出を求めることができる」という内容を盛り込んだ放送法の改正案を提出したことがあります。

2007年の関西テレビ『発掘! あるある大事典II』の「納豆ダイエット」捏造問題で高まった世論の批判を背景に、現行の行政指導と電波法 76 条に基づく無線局の運用停止命令などの措置の間を埋めるため「再発防止計画の提出」が改正案に盛り込まれましたが、国会修正で削除された経緯があります。

菅官房長官が発言したように、この問題は「放送法に基づいて放送事業者が自律的に放送するのが原則だ」に尽きます。

「番組準則」と呼ばれる放送法4条1項には、放送事業者に放送番組の編集にあたって(1)公安及び善良な風俗を害しない(2)政治的に公平である(3)報道は事実をまげないでする(4)意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにする――という4つの規定が設けられています。

放送法はGHQ(連合国総司令部)の占領下につくられ、「政治的公平」など(2)(4)はGHQ側が要求したそうです。もともと「政治的公平」の規定はNHK(日本放送協会)にだけ適用される予定でしたが、民間放送にも「準用」されました。軍の統制を永久に排除し、放送を完全に民主化するのが狙いでした。国家統制をなくして情報の多様性を確保し、国民の知る権利を満たすというのが「政治的公平」の趣旨です。

「偏向報道」指示した椿事件

放送法1条は「放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによって、放送による表現の自由を確保する」と放送番組編集の自由をうたっています。NHKや民放に自律の機会を保障することで表現の自由を確保するのが放送法の精神で、国の干渉は極力避けるべきだと考えられてきました。「番組準則」違反を理由に電波法 76 条を適用することは「事実上、不可能」とされてきたのです。

「番組準則」は倫理規範でした。しかし、番組の低俗化に伴って1959年に「番組準則」に「善良な風俗」という規律が加えられ、放送法に番組基準制定や放送番組審議機関設置の義務が新設されます。80年代には深夜番組の性表現がエスカレートし、郵政省(当時)が民放128社に「番組基準の順守と放送番組の充実向上」を求める文書を送ります。88年には民放にも「番組準則」が準用ではなく適用されるようになりました。

そして93年に、テレビ朝日の椿貞良報道局長が日本民間放送連盟(民放連)会合で「非自民政権が生まれるよう報道せよ、と指示した」と発言した問題が起きます。この事件をきっかけに、政府は「番組準則」違反に対して電波法76条に基づく行政処分は「法的には可能」という見解を示すようになります。「情報の多様性」を隠れ蓑に、日本の進路を決める総選挙に際し「偏向報道」が行われていたからです。

電波停止というペナルティーをちらつかせ、NHKや民放に「番組準則」の順守を迫るという高市発言は、この流れを汲んでいます。しかし、NHKと民放は97年に「放送と人権等権利に関する委員会機構」(BRO)を設置し、2003年に放送倫理・番組向上機構(BPO)をつくりました。

『発掘! あるある大事典II』の捏造問題をきっかけに、BPOの機能を強化し、再発防止に取り組んだため、番組内容を問題とする総務省の文書での厳重注意は09年以来、行われていませんでした。10年に民主党の原口一博総務相は国会でこう答弁しています。

大平総理の言葉

「故大平総理からこういう言葉を残されているというふうに理解をしています。(略)権力は腐敗すると昔から言われているが、自己規制を怠ると腐敗していくのは確かだ。それを外側からチェックする機能を持つのがマスコミと司法である。だから、私は政治家としてこれに容喙することは厳に慎んできた。腹が立って頭にくることは毎日のようにあるけどね

「元はやはり自主規制だと思います。放送事業者の自主的な規制、これを期待する。そのためにBPOというものをおつくりいただく。そして、そのおつくりいただいたものについて不断の、そこで御審議をされていることについて私たちは見守る立場にあるんだと、このように考えております」

“出家詐欺”報道

しかしNHK「クローズアップ現代」で「出家詐欺のブローカー」と紹介された男性が「やらせだった」と訴えた問題で、高市総務相が15年4月、「報道は事実をまげないでする」という「番組準則」に抵触するとして、NHKを厳重注意(行政指導)しました。自民党もNHK幹部を聴取しました。

これに対してBPO放送倫理検証委員会は「NHK『クローズアップ現代』“出家詐欺”報道に関する意見」で次のような批判を展開しています。

「自民党に所属する国会議員らの会合で、マスコミを懲らしめるには広告料収入がなくなるのが一番、自分の経験からマスコミにはスポンサーにならないことが一番こたえることが分かった、などという趣旨の発言が相次いだ。メディアをコントロールしようという意図を公然と述べる議員が多数いることも、放送が経済的圧力に容易に屈すると思われていることも衝撃であった」

「今回の『クロ現』を対象に行われた総務大臣の厳重注意や、自民党情報通信戦略調査会による事情聴取もまた、このような時代の雰囲気のなかで放送の自律性を考えるきっかけとするべき出来事だったと言えよう」

「放送事業者自らが、放送内容の誤りを発見して、自主的にその原因を調査し、再発防止策を検討して、問題を是正しようとしているにもかかわらず、その自律的な行動の過程に行政指導という手段により政府が介入することは、放送法が保障する『自律』を侵害する行為そのものとも言えよう」

「番組準則」は倫理規範か法規範か

BPOは「番組準則」は倫理規範だと主張し、放送法の所管官庁である総務省は罰則を伴う法規範との立場です。

新聞や雑誌、インターネットと違って、放送にだけ「政治的公平」や「多角的な論点」が求められているのは、放送のために周波数を使用できる放送事業者の数が限定され、テレビやラジオが大きな社会的影響力を持っているからだというのが定説になっています。

総務省の情報通信白書によると、主なメディアの平日1日の平均利用時間(14年)は、テレビ(リアルタイム)視聴が170.6分、テレビ(録画)が16.2分、ネット利用が83.6分、新聞閲読が12.1分、ラジオ聴取が16.7分です。

新聞通信調査会の「メディアに関する全国世論調査」(15年)では、情報の信頼度は(1)NHKテレビ70.2点(2)新聞69.4点(3)民放テレビ61点(4)ラジオ59.7点(5)インターネット53.7点(6)雑誌45.5点となっています。

テレビの社会的影響力の大きさはインターネット時代になっても日本では変わらないようです。この問題で一番大切なのは放送に携わるNHKや民放の姿勢であることは言うまでもありませんが、放送免許付与の権限を持つ総務相が権力の監視機関であるNHKや民放の「政治的公平」を監督する仕組みはどうみても利益相反です。

海外では国家統制や政治と放送事業者の癒着を防ぐため英国のオフコムのような政府から独立した機関が放送倫理をチェックしています。放送内容に関して総務相の監督を受ける放送と規制のないインターネットの融合はすぐそこに迫っています。所管官庁の総務省の権限を強化するのではなく、BPOに一定の公的な権限を与えて政治と放送事業者の間に適度な距離を設けるのが正しい対応ではないでしょうか。

(おわり)

参考:国会図書館ISSUE BRIEF「放送番組の規制の在り方」

NHK放送文化研究所メディア研究部、村上聖一「放送法『番組準則』の形成過程」

大阪大学大学院教授、鈴木秀美「番組編集準則の現代的意味」

BPO放送倫理検証委員会「NHK総合テレビ『クローズアップ現代』“出家詐欺”報道に関する意見」

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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