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スーパーチューズデーで圧勝したトランプ氏が米大統領になったら日本は悪夢にさいなまれる

木村正人在英国際ジャーナリスト
スーパーチューズデーで圧勝したトランプ氏(写真:ロイター/アフロ)

11州のうち7州制したトランプ氏

米大統領選挙に向けた候補者選びはヤマ場となるスーパーチューズデーで、共和党は11州のうち7州で不動産王ロナルド・トランプ氏(69)が勝利を収めました。テッド・クルーズ上院議員(45)が制したのは3州、マルコ・ルビオ上院議員(44)は1州で、トランプ氏の勢いは止められなくなってきました。

民主党のヒラリー・クリントン前国務長官(68)とトランプ氏の対決になったらヒラリーが勝つとの見方が優勢ですが、「トランプ現象」を軽視するわけにはいきません。トランプ氏がここまで勝ち続けるとは誰にも予想できなかったからです。

ロンドンで開かれている講演会や討論会でも、もしトランプ氏が大統領になった場合、米国の中東政策、対ロシア外交、北朝鮮の核・ミサイル開発対策にどのような影響を及ぼすのかが議論されるようになってきました。「トランプ現象」の原動力になっているのは有権者の怒りです。

昔のようには豊かにならない暮らし、グローバル化による過当競争、エリートの積極的な介入主義が招いた停滞と大きなツケ、テロの恐怖を拡散するイスラム過激派、違法に国境を越えて押し寄せる移民。こうした問題について言いたい放題のトランプ氏は、有権者が胸の奥に抱く潜在的な怒りをかき立てます。

「トランプ現象」はもはやジョークではありません。恐ろしいことにこれが今日の米国の現実なのです。米国の元外交官や政権アドバイザーは民主党や共和党の誰が大統領になっても国務省の外交方針は基本的には変わらないと言いますが、果たしてそうでしょうか。日本にとって不安材料はいくらでもあります。

日本の悪夢

トランプ氏のこれまでの発言を米紙ポリティコなどから拾ってみましょう。1990年にプレイボーイ誌のインタビューで「あなたがもし米大統領になったら、どんな外交政策をとりますか」と聞かれて、こう答えています。

「トランプ大統領は圧倒的な軍事力の非常に強力な信奉者だろう。彼は誰も信用しない。ロシアも信用しない。同盟国も信用しない。彼は巨大な軍事力を持ち、それを完成させて、理解する。問題の一部は無償で、世界で最も豊かな国々を防衛していることだ。日本を防衛して、米国は世界中の笑いものになっている」

トランプ氏が一番やり玉に挙げているのは実は日本なのです。1987年の公開書簡ではこう述べています。

「米国は支払い能力のある日本や他の国に負担させることで膨大な赤字を終わらせる時が来た。こうした国々に対する米国の世界防衛は数千億ドルに値し、米国自身の防衛よりもはるかに大きくなっている」

今回の候補者選びでは「我々は中国と問題を抱えている。日本とも、メキシコとも」と中国など他の国への批判も強めていますが、日本への敵意は消えたわけではありません。しかも日米同盟の根幹をなす日米安全保障条約の再交渉まで公約に掲げているのです。

「もし誰かが日本を攻撃したら、米国がすぐに駆けつけて第三次世界大戦をおっぱじめなければならないの? もし米国が攻撃されても日本には米国を守る義務はない。ともかく、これは公平には聞こえない。米国にとって良い話のように聞こえるかい?」

日系人強制収容の是非については回答拒否

米政府が正式に謝罪している第二次大戦中の日系人強制収容の是非について米誌タイムに次のように語り、直接の回答を避けました。

「私はこうした考えを嫌っている。しかし正確な答えをするためにはあの時代のあの場所にいる必要があるだろう」「非常に難しい問題だ。難しい。戦争はタフだ。戦争に勝つことはタフだ。米国はもう戦争に勝てない。米国はもはや強い国ではなくなった」

同盟国の韓国についてもこう話しています。

「支払いなしにいつまで韓国を北朝鮮から守ってやらなければならないんだい?韓国はいつ支払いを始めるんだ?」「米国は韓国に2万8千人の兵士を展開している。頭のイカれた奴(北朝鮮)と韓国の間にだ。このコストに比較できるものなどない」

TPPに反対

安倍政権は近く環太平洋経済連携協定(TPP)承認案と関連11法案を国会に提出しますが、トランプ氏はこんな的外れな批判を展開しています。

「TPPはとんでもない取引だ。いずれ中国が参加して、中国に利用されるだろう。中国やインドは米国を利用している。中国は特に顕著だ。中国は米国を利用することにかけてはナンバー1だ。彼らが米国を利用する方法は通貨安操作だ。約6千ページにも及ぶ合意でこうしたことはまったく議論されていない」

トランプ氏は孤立主義と保護主義を強め、軍事力を強化して米国だけの安全保障を確実にしようと考えています。同盟国には怒りをぶちまけるトランプ氏ですが、外交・安全保障政策で強硬策をとるロシアのプーチン大統領には親近感を感じるようです。

「私が大統領になったら、プーチン大統領とは米国の国益のために上手く付き合っていく。米国が今頭を痛めているような問題を抱えるとは思わない」

カオスに陥る世界

トランプ氏が米大統領になったら世界は間違いなく不安定化するでしょう。中東・北アフリカでは過激派組織ISと国際テロ組織アルカイダの主導権争いが激化し、シリアやイラクだけでなく、リビアやアフガニスタンの治安情勢も悪化しています。米国が孤立主義に走ったら、国際社会は軸を失い、カオス(混沌)に陥ります。中国の海洋進出やプーチン大統領の野心にも歯止めがかからなくなります。

これまでのトランプ発言をおさらいしておきましょう。

「私たちの国の代表が、何が起きているのか把握できるまでイスラム教徒が米国に入国するのを全面的かつ完全に禁止することを要求する」

「メキシコが人々(移民)を送り出すとき、最良の人ではなく、多くの問題を抱えた人を送ってくる。こうした人々が米国にドラッグや犯罪など問題を持ち込んでくる。彼らはレイプ犯人たちだ。一定の人たちは確かに良い人たちだ」

トランプ氏のイスラム教徒入国禁止発言などについて、人気魔法使いシリーズ「ハリー・ポッター」の作者J.K.ローリング氏は「邪悪なヴォルデモートもトランプ氏の足元にも及ばない」と批判しています。

「トランプ現象」は利益団体の顔色をうかがう職業政治家、エリート主義、グローバリゼーションへの反発でもありますが、その核心は無知からくる排外主義とポピュリズムです。他国の選挙とは言え、同盟国の日本は米国に「ヴォルデモート大統領」が誕生しないよう、もっと声を上げるべきでしょう。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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