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過激派組織ISの終わりが始まった 兵士2万2千人の個人情報が漏れだす

木村正人在英国際ジャーナリスト
シリアとイラクのISの勢力範囲(黒色の部分、2月8日、IHS提供)

「ISはイラクの旧バース党兵士に乗っ取られた」

シリアやイラクの過激派組織ISの兵士2万2千人の登録カードが「SS」と呼ばれるIS治安警察から持ちだされ、英24時間ニュース局スカイニュースに持ち込まれました。英国からISに参加した兵士の名前もリストに含まれており、本物の可能性が強いそうです。ISに致命的な打撃を与えることができる核心情報です。

メモリースティックに入力された2万2千人分の登録カードを盗みだしたのは、シリア反政府勢力「自由シリア軍」から寝返ってISに加わった「アブ・ハメド」という男性です。ISが故サダム・フセイン元イラク大統領のバース党兵士に乗っ取られたことに幻滅し、トルコに脱走、スティックをスカイニュースの記者に渡しました。

登録カードには名前、生年月日、結婚の有無、前職、IS加入のための推薦人、戦闘経験の有無、特殊技能、家族や親族、電話番号など23の質問に答える形で、個人情報が書き込まれています。2万2千人は過激派の「ホットスポット」と言われるイエメン、スーダン、チュニジア、リビア、パキスタン、アフガニスタンなどでリクルートされ、出身国は51カ国にのぼっています。

英国ハッカーや元ラップ歌手の名前も

英国からは700人の若者がシリアやイラクのISに参加して、そのうち半数は斬首や磔(はりつけ)、虐殺などの残虐行為に幻滅して英国に帰国したと言われています。

登録カードの中には、昨年8月に米ドローン(無人飛行機)の爆撃で殺害されたバーミンガム出身のジュナイド・フセイン容疑者の名前もありました。フセイン容疑者はブレア元首相のアシスタントの個人メールアカウントに侵入した罪で6カ月間服役したこともあるハッカーです。フセイン容疑者とともにシリア入りした妻の元パンクロッカー、サリー・ジョーンズさんはまだ現地で生存しているとみられています。

米国人ジャーナリスト、ジェームズ・フォーリー氏を斬首した覆面の「ジハーディ・ジョン」と最初は疑われたロンドン出身の元ラップ歌手、アブデルマジド・アブデルバリー容疑者の名前も含まれています。同容疑者は難民を装ってシリアからトルコに脱出した後、行方が分からなくなっています。父親は国際テロ組織アルカイダのウサマ・ビンラディン(故人)に近かったとみられており、昨年2月に米国で実刑25年が言い渡されています。

「アサド政権側についたIS」

2万2千人の登録カードの中には欧米の情報機関が把握していない兵士の名前が多く含まれており、IS壊滅作戦を展開する重要な手掛かりになりそうです。スカイニュースにスティックを持ち込んだ男性「アブ・ハメド」は覆面姿のままインタビューに応じ、次のように証言しています。

「ISは彼らの『首都』であるシリア北部ラッカをあきらめ、シリアの砂漠に移動し、イラクに戻っている」「ISはもうイスラム主義者の組織ではなくなった。ISはアサド政権とシリアで活動するクルド人の政党・クルド民主統一党の軍事部門『人民防衛隊(YPG)』と隊列を組んで、シリアの反政府勢力と戦っている」

イラクとシリアのISの兵士数は「3万人で変わりはない」(リンダ・ロビンソン米ランド研究所上級国際政策アナリスト)という分析もあり、ISは常に外国人兵士を補給しているという見方がこれまでは有力でした。恐怖で組織の結束を図ってきたISですが、足元から崩れ始めています。

ツィッターも資金源も細る

英キングズ・カレッジ・ロンドン大学の過激化・政治暴力研究国際センター(ICSR)の調査によると、昨年夏以降、ISのソーシャルメディアへの投稿数が減っています。米財務省のダニエル・グレーザー次官補によると、イラクやシリアで活動するISの資金源が細り、「首都」ラッカで兵士に支払われる報酬が半分に減額されたそうです。

ISの資金源は(1)原油や天然ガスの販売収入(2)イラクやシリアの支配地域の住民から取り立てる「税金」(3)銀行の金庫から奪取した現金――です。同次官補によると、原油や天然ガスの販売収入は年5億ドル、支配地域の「税金」が年数億ドル、イラク北部や西部の国営銀行の金庫室から強奪した5億ドル。海外からの寄付は2014年も15年も200万~300万ドルでした。

米国は原油と天然ガスのサプライチェーンを集中的に爆撃、油井、精製所、タンカートラックを破壊しました。イラク第2の都市モスルの空爆ではISが国営銀行の金庫室から強奪した現金のうち数百万ドルが灰になったとみられています。15年8月にイラク政府の協力を得て、IS支配地域への給与支給を禁止しました。

ISへの資金供給ルートは大幅に絶たれています。2万2千人の登録カード・リークでISの官僚主義が浮き彫りになり、アサド政権に弾圧されているイスラム教スンニ派を救うためにISは立ち上がったという大義名分とは裏腹に、組織の存命を図るためアサド政権側についている疑いも浮上しました。

シリアやイラクのISは崩壊する寸前なのかもしれません。しかし、それだけに海外の関連組織との連携やパリ同時多発テロのような欧米でのテロ活動を活発化させる危険性が大きくなっています。また「一匹狼テロリスト」と呼ばれる予測不能な突発分子へのテロの呼びかけを強化していく恐れもあります。

海外旅行を計画されている日本人の皆さんも注意する必要があるでしょう。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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