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ベルギー同時多発テロは過激派組織IS最後の咆哮か 再び浮き彫りになったEUの綻び

木村正人在英国際ジャーナリスト
自爆テロで少なくとも13人が死亡したブリュッセル国際空港(写真:ロイター/アフロ)

繰り返された同時多発テロ

ベルギー・ブリュッセル国際空港で22日午前8時すぎ(現地時間)、2回の爆発が起き、地元メディアによると、13人が死亡、35人が重軽傷を負いました。ベルガ通信などによると、爆発直前に発砲があり、アラビア語での叫び声が聞かれたそうです。ベルギー当局は過激派による自爆テロと断定しました。

ソーシャルメディアのツィッターやインスタグラムに投稿されたコメントや画像を見ると、国際線出発ロビーのパネルはすべて吹っ飛び、床に負傷した乗客が倒れています。爆発直後、乗客は一斉に走り出し、空港の外に脱出しました。空港ターミナルの建物からは煙が立ち上っています。

国際線出発ロビーのアメリカン航空カウンター付近に置かれていた荷物が爆発し、その後、ターミナルビルの玄関付近で2発目の爆発が起きました。玄関に乗客が殺到するのを狙った2次テロとみられています。

出典:グーグルマイマップで筆者作成
出典:グーグルマイマップで筆者作成

約1時間後、ブリュッセルの欧州連合(EU)駅から歩いて5分の地下鉄マルベーク駅で爆発が起き、15人が死亡、55人が重軽傷を負ったと報じられています。地下鉄構内には煙が充満しています。

ブリュッセル国際空港と市内の地下鉄、鉄道はテロリストによる2次攻撃を警戒して全面的に封鎖され、空港に向かっていた旅客機はすべて別の空港へと向かいました。ベルギー政府はテロ警戒レベルを4段階のトップに引き上げました。

消防当局の発表では、死者は全部で最低でも21人としていますが、今後さらに膨らむ可能性があります。

パリ同時多発テロ最後の生き残り

ベルギー捜査当局は今月18日、首都ブリュッセル郊外のモレンベーク地区で急襲作戦を展開し、死者130人を出した昨年11月のパリ同時多発テロの唯一の生き残り、サラ・アブデスラム容疑者(26)ほか4人を逮捕しました。アブデスラム容疑者は捜査に協力しているとのことです。

同国のレインデルス外相は5人の逮捕に関連して大量の武器や重火器が発見されたことやアブデスラム容疑者がブリュッセルで再び何かを始める計画を練っていたことを明らかにしています。これまでに判明しただけでもパリ同時多発テロには30人以上が関与していたことが分かり、同外相は「新しいネットワークが構築されていた」と指摘しています。

ヤンボン内相は「1つのテロ分子を止めると次のテロの引き金になりかねない」と警戒していました。しかし、なぜ、テロの再発を防げなかったのでしょうか。長年にわたって欧州の組織犯罪を追いかけてきたジャーナリスト、ミーシャ・グレニー氏は以前、筆者の取材に次のように指摘しました。

「欧州の闇市場に流れ出した銃の80%は犯罪組織に、15%はテロ組織に流れているという警察情報を私はつかんでいます。テロリストは何回失敗しても最後に成功させれば成功です。これに対して情報機関や治安組織は99回をアウトにしても、最後の1回を見逃せば失敗です」

グレニ―氏はパリ同時多発テロを教訓にEU加盟国間で情報機関の協力が進むのかという質問に対しては、「インテリジェンスというセンシティブな分野では、どの国も自分の手の内を明かしたがらず、これからも協力は非常に難しいでしょう」との見通しを示していました。

暗号化アプリ使うテロリスト

旅券なしで国境を自由に行き来できるシェンゲン圏(26カ国)内をテロリストは思いのまま動き回れるのに対し、EU加盟国には3本柱の一つとして「警察・刑事司法協力」がありますが、それも十分機能しているとは言えず、シェンゲン協定国に広げたインテリジェンス協力となるとさらに大きな疑問符が残ります。

パリ同時多発テロの実行犯グループは暗号化アプリを各自のスマートフォンにダウンロードし、犯行計画を共有したり、情報をやり取りしたりしていました。しかも、この暗号化アプリを使うと、データはしばらくすると自動的に消去されるため、犯行後に捜査当局がスマホを押収してもデータの再現は不可能だそうです。

スノーデン事件で明らかになった米国家安全保障局(NSA)や英政府通信本部(GCHQ)による監視プログラムでは以前ほどテロリストの動向を捕捉できなくなっているのが現実です。英国やドイツの情報機関の場合、世界最強の米情報機関とのつながりがEUという「横」のつながりより強く、米国のインテリジェンスをEU加盟国とは共有していません。

インテリジェンス共有は欧州統合のスピードほどには進んでおらず、パリ同時多発テロに続いて今回もその綻びを突かれた格好です。

地下の犯罪組織とつながる

昨年の仏風刺週刊紙シャルリエブド襲撃やパリ同時多発テロでは旧ソ連製の自動小銃AK-47(カラシニコフ)が使われました。アブデスラム容疑者が逮捕されたのはブリュッセル首都圏モレンベークの実家の近くで、改めてモレンベークが「ジハーディストの巣窟」「テロリストの温床」として注目を集めました。

モレンベークは面積5.89平方キロメートル、人口9万5576人。モロッコやトルコ系の移民が多く暮らし、22のモスク(イスラム教の礼拝所)があります。

パリ同時多発テロの首謀者アブデルハミド・アバウド容疑者(DABIQより)
パリ同時多発テロの首謀者アブデルハミド・アバウド容疑者(DABIQより)

パリ同時多発テロでアブデルハミド・アバウド首謀者やアブデスラム容疑者ら3人がモレンベーク出身で、マドリッド列車爆破(2004年)、ブリュッセルでのユダヤ教博物館銃撃(2014年)、アムステルダム発パリ行き国際列車での銃乱射事件(2015年)の容疑者も一時、モレンベークに住んでいました。

6つある警察の統率が取れず、19の自治体に分かれるブリュッセル都市圏では有効な過激化対策や移民政策が打てず、武器の闇市場の取り締まりも十分にはできません。

ベルギー・フランドル平和研究所のニルス・デュケット氏は以前、筆者に「モレンベークを含むブリュッセル都市圏、アントワープ、リエージュといった深刻な犯罪が多発する地域に銃はつきものです」と解説しました。

最近の過激派には非行化し、前科前歴を持ち、薬物や暴力犯罪で服役したことがある若者が多く参加し、地下の犯罪組織と接点を持っています。このコネクションを通じて銃やロケットランチャー、重火器を手に入れることができます。

しかも、スロバキアなど欧州の多くの国では発射できなく(不可動化)した銃を合法的に買うことができ、容易に改造できます。ベルギーでは2006年まで銃を購入する手続きが簡単で、多くの市民が銃を保有していました。また銃器メーカー「FNハースタル」の退職者も多く、不可動化した銃を撃てるようにできる技術者がたくさんいます。

出典:ICSRデータより筆者作成
出典:ICSRデータより筆者作成

英キングス・カレッジ・ロンドン大学過激化・政治暴力研究国際センター(ICSR)は昨年1月、欧州からシリアやイラクのISに参加した外国人戦士の数をまとめています。外国人戦士の数(推定)ではフランスが1200人で断トツに多く、人口100万人に対する割合ではベルギーが40人と突出しています。統計から見ても、「過激化の温床」と化したベルギーの実態が浮かび上がります。

アイデンティティークライシス

イスラム系移民の若者が過激化する背景については、失業や貧困、社会的は疎外感を指摘する声もありますが、比較的恵まれた家庭の出身者や進学校で学んだ若者も少なくありません。過激化の入り口はいろいろあります。両親の離婚や失恋、思春期の挫折などが重なり、イスラムと西洋の狭間に落ち込んでしまったことがきっかけになることもあります。

こうしてアイデンティティークライシス(自己喪失)に陥った際、インターネットで過激思想に触れ、過激モスク(イスラム教の礼拝所)や過激イマーム(指導者)の影響を受けて、イスラム過激派に近づいてしまうことが多いようです。しかし実際にテロを起こすとなると、相当な飛躍が必要です。

いったん過激化し始めたイスラム教徒の若者は、ベルギーの中でもイスラム過激派の人口密度が異様に高いモレンベークのような地域に出入りするようになると、過激化は一気に加速して、最終段階に到達します。

ベルギーのジハーディズムを研究しているPieter Van Ostaeyen氏はブログで「ベルギーのムスリム人口は(モロッコ系やトルコ系が中心で)約64万人。シリアやイラクの過激派組織にベルギーから参加した人数は516人に達している。実に1260人に1人のムスリムが外国人戦士になっている計算だ」と指摘しています。

刑務所も過激化の温床です。教育や就業の機会を均等にするのはもちろんですが、イスラム系移民の人口密度が突出して高くなる地域を作らないことや、モスクやイマームと連絡を取り、密室化を防ぐことが重要です。

最後の咆哮

まだ今回のテロと過激派組織ISの関係ははっきりしません。ISはこの15カ月の間にシリアとイラクの支配地域を22%も失ったことが国際軍事情報会社IHS紛争モニターの分析で分かりました。下のマップでISの支配地域は黒色で、失った地域は赤色で表示されています。

IHS紛争モニター提供
IHS紛争モニター提供

ISの兵士2万2千人の登録カードが「SS」と呼ばれるIS治安警察から持ちだされ、英24時間ニュース局スカイニュースに持ち込まれました。スカイニュースにスティックを持ち込んだ男性「アブ・ハメド」は覆面姿のままインタビューに応じ、次のように証言しています。

「ISは彼らの『首都』であるシリア北部ラッカをあきらめ、シリアの砂漠に移動し、イラクに戻っている」「ISはもうイスラム主義者の組織ではなくなった。ISはアサド政権とシリアで活動するクルド人の政党・クルド民主統一党の軍事部門『人民防衛隊(YPG)』と隊列を組んで、シリアの反政府勢力と戦っている」

前出のICSRの調査によると、昨年夏以降、ISのソーシャルメディアへの投稿数が減っています。米財務省のダニエル・グレーザー次官補によると、イラクやシリアで活動するISの資金源が細り、「首都」ラッカで兵士に支払われる報酬が半分に減額されたそうです。

ISの資金源は(1)原油や天然ガスの販売収入(2)イラクやシリアの支配地域の住民から取り立てる「税金」(3)銀行の金庫から奪取した現金――です。同次官補によると、原油や天然ガスの販売収入は年5億ドル、支配地域の「税金」が年数億ドル、イラク北部や西部の国営銀行の金庫室から強奪した5億ドル。海外からの寄付は2014年も15年も200万~300万ドルでした。

米国は原油と天然ガスのサプライチェーンを集中的に爆撃、油井、精製所、タンカートラックを破壊しました。イラク第2の都市モスルの空爆ではISが国営銀行の金庫室から強奪した現金のうち数百万ドルが灰になったとみられています。15年8月にイラク政府の協力を得て、IS支配地域への給与支給を禁止しました。

ISへの資金供給ルートは大幅に絶たれています。2万2千人の登録カード・リークでISの官僚主義が浮き彫りになり、アサド政権に弾圧されているイスラム教スンニ派を救うためにISは立ち上がったという大義名分とは裏腹に、組織の存命を図るためアサド政権側についている疑いも浮上しました。

シリアやイラクのISは崩壊する寸前なのかもしれません。しかし、それだけに海外の関連組織との連携やパリ同時多発テロのような欧米でのテロ活動を活発化させる危険性が大きくなっていました。ISは自らの存在感を示す必要性に迫られています。また「一匹狼テロリスト」と呼ばれる予測不能な突発分子へのテロの呼びかけを強化していく恐れもあります。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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