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英国がEUを離脱して「リトル・イングランド」になる確率は35~40% 米情報会社IHSが予測

木村正人在英国際ジャーナリスト
EU残留を望みながら、国民投票の博打に打って出た英首相キャメロン(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

英国が6月23日の国民投票で欧州連合(EU)から離脱する可能性は35~40%。最もあり得るシナリオはEU残留派が過半数を占めるとしながらも、こんな分析を米国の国際情報会社IHSが6日に発表しました。英国の最近の世論調査でも残留派と離脱派が50%対50%(下の折れ線グラフ)で大接戦を演じています。

出典:whatukthinks.orgのデータをもとに筆者作成
出典:whatukthinks.orgのデータをもとに筆者作成

英国在住者としては本当に頭の痛い展開になってきました。IHSの報告書に目を通してみました。以下の7つのポイントが書かれています。

(1)EU離脱派が過半数を占めた場合、2年間の移行期間が設けられています。その間に英国がEUと友好的で建設的な交渉を行い、成功裏にEU非加盟国のスイスやトルコのようにEUと2国間の貿易協定を結べるか、ノルウェーやアイスランド、リヒテンシュタインのように欧州経済領域(EEA)に加盟できるかがポイントです。

(2)いずれにせよ、EUから離脱することになった場合、今年下半期、来年、おそらく2018年も英国の国内総生産(GDP)成長率は大きな打撃を受けます。経済の先行きが見通せないことから投資や雇用が減り、英通貨ポンドは急落、悪性インフレが起きる恐れがあります。家計の可処分所得が減って、消費が冷え込みます。雇用が控えられ、消費者心理にマイナスのインパクトを与えるでしょう。

(3)英国がEUから離脱して、長期的にどのように経済をやりくりしていくのかを予想するのは極めて難しいのが現状です。EUの単一市場との関係をどのように再構築するのか。英国内の規制緩和をどのように効率的に行うのか。移民政策をどうするのか。国際金融都市シティーはどうなるのか。短期、中・長期的な影響を調査した研究はいくつかありますが、予想は大きく分かれています。

(4)EUとの交渉が円滑に進んで英国が上手くやって行ける場合を「円満離脱」、上手く行かずに英国が短期的、長期的に困難に陥る場合を「対立離脱」とします。実際問題として英国がEUを離脱する場合、この2つのシナリオの間の事態が間違いなく起きるでしょう。

(5)英国のEU離脱は経済だけでなく、政治的にも重大な結果をもたらします。パンドラの箱をいったん開けると、EUと英国間の合意がスムーズに形成されることはあり得ないでしょう。不確実な状況が長期化し、少なくとも2年か、それ以上は欧州での貿易や投資は明らかな打撃を受けるでしょう。

(6)英国とEUの貿易協定の交渉はEU側の不快感に妨げられるでしょう。そればかりか、負担なしに単一市場の利益だけを享受できるとなったらEUの存在意義を損ない、英国と同じようにやれば得だとマネをする加盟国が出てきかねないという懸念も交渉の障害になる恐れがあります。

(7)皮肉なことにEUにとっては英国の離脱で文句を言う加盟国がいなくなることで、長期的には穏やかにポジティブな影響が出るかもしれません。EUの結束が高まり、自分たちで決めたルールを順守する傾向が強まるからです。

出典:Eurostatのデータをもとに筆者作成
出典:Eurostatのデータをもとに筆者作成

英国がEUから離脱したら、「ルーズ、ルーズの関係」になると筆者は考えています。名目GDPでEU域内の17.6%を占める英国が抜けると、単一市場としてのEUの魅力はガタ落ちです。国際政治のプレーヤーとしての地位も著しく低下します。しかしEU離脱派の中には、EUの規制から逃れると、もっと起業がしやすくなり、英国経済はもっと伸びると主張する人もいます。

EUはバナナやキュウリの曲がり方まで規則で定めていると揶揄されるぐらい規制で雁字搦めという印象が確かに強くあります。しかも低成長、高齢化など先進国に共通する根深い問題を抱えています。EUから飛び出して、中国やインドと協定を結び直した方が将来の成長を期待できると、次期首相の座をうかがう保守党のボリス・ジョンソン・ロンドン市長らは主張しています。

しかし英国経済はポンドが強ければ強いほど、人と金が集まり、強い推進力を持ちます。EU離脱でポンドが急落すれば英国のGDPの12%を占める不動産市場から資本が引き揚げ、キャッシュフローが一気に減ってしまう恐れがあります。EUへの玄関口としてロンドンに拠点を置いている企業はEU域内に拠点を移す可能性も大です。EUから離脱すれば次はスコットランドが英国から独立し、英国は「リトル・イングランド」になってしまいます。

それでもEUから離脱した方が良いと考える人が増えているのは(1)2004年のEU拡大で移民が急激に増えた(2)人が自由に移動できるようになったことでテロの危険性が高まっている(3)移民に加えて大量の難民まで受け入れるとなると大変――だからだと思います。英国は「リトル・イングランド」になって出直すことになるのでしょうか。

自分の政権基盤を維持するためにハイリスク・ノーリターンの大ギャンブルに打って出たキャメロン首相は保守党内に巣食う欧州懐疑派の反乱にあい、背筋の寒い思いをしていることでしょう。欧州経済の停滞、テロや難民危機、武力の行使をためらわないロシアの大統領プーチンへの対応など、未曾有の難題が山積する中、独仏とともに欧州統合の道を歩んできた英国は「自分のことしか見えない自惚れ屋」に落ちぶれてしまいました。

しかも今回の国民投票はフランスの国民戦線など欧州に広がる極右政党・勢力を勢いづける恐れがあります。さらに英国内ではEUダメダメ論が繰り返され、もしEU残留が決まっても、英国内と他のEU加盟国の双方に払拭しがたい相互不信が残るのは必至です。愚かな政治家は愚かなことを行うものだとつくづく思います。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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