「EU離脱すれば英国への投資妙味薄れる」安倍首相の警告は通じるか
「英国はEUの玄関口」
今月26日からの先進7カ国(G7)首脳会議(伊勢志摩サミット)を前に、訪英している安倍晋三首相は5日、ロンドンの首相官邸でキャメロン英首相と会談し、英国の欧州連合(EU)残留への支持を表明しました。
各社の報道によると、会談後の共同記者会見で、安倍首相は6月23日に行われるEU残留・離脱を問う英国の国民投票についてこう述べています。
「英国民が決めることだ。しかし、英国と緊密なパートナーシップの存在から日本の国益にもかかわる。日本は非常に明確に英国がEUに残留することが望ましいと考えている」「世界にとって、強いEUに英国がある方が良い」
「多くの日本企業は英国がEUの玄関口だから英国に事業拠点を設立しており、日本としては英国がEUに残留する方が好ましいことは非常に明白」「国民投票でEU離脱が決まれば、日本の投資家にとって英国への投資妙味は薄れる」
「世界にとって強いEUに英国がいる方がよい。英国と欧州が引き続き国際的な舞台と影響力を有する存在として、アジアを含む国際社会におけるルールに基づく平和と安定に貢献することを期待している」「日本を含め世界中の友人たちは皆さんの決定を注視している」
英国に事業拠点を置く日本企業の数は約1千社、雇用者数は14万人。キャメロン首相によると、日本からの投資額はこれまで総額380億ポンド(約5兆9千億円)です。日本貿易振興機構(ジェトロ)によると、日本の対外直接投資は下のグラフの通りです。
日本国内の労働人口や消費市場が縮小しているため、日本企業による英国への対外直接投資は2011年以降、増えています。世界全体への対外直接投資を100%とした場合、EUへは25.8%、英国へは11・6%です。
在英日本企業「投資減」「雇用減」「コスト増」「欧州拠点見直し」懸念
在英日本商工会議所は今年2月末から4月末にかけ、会員法人330社に英国のEU国民投票についてアンケートを実施しています。
それによると127社から回答があり、残留を希望する企業は119社(93.7%)にのぼりました。「いずれでも良い」と答えたのは8社でした。
もし英国がEUから離脱した場合、何が予想されますかという質問(複数回答可)に対しては、30社が「英国への投資が減る」と答え、26社が「英国での雇用が減る」と回答、35社が「コスト増」の不安を訴えました。また69社が状況を見てから対応するとしています。
これとは別に17社が「欧州の他の国への移転も含め欧州拠点を見直す」「欧州諸国からの雇用が難しくなる」「英国や市場の地位の低下」に懸念を示しました。
どうなる三井の不動産開発
日本の不動産デベロッパー最大手の三井不動産が参画している「テレビジョンセンター再開発計画」(旧英BBC放送テレビジョンセンター)のモデルルームが報道陣に公開されました。
アリスター・ショー・テレビジョンセンター社長は「英国がEUから離脱しても、住宅販売は影響を受けないが、オフィス開発は影響を受けるだろう」と不安をのぞかせました。
ちなみに住宅の分譲価格はワンベットルーム(56平方メートル)70万ポンド(約1億円)、ツーベットルーム(85平方メートル)100万~110万ポンド(1億5千万~1億7千万円)と目が飛び出るほど高かったです。分譲予定は432戸ですが、すでに130戸が売却済み。タイルやキッチンテーブルは特注というバブルぶりです。
英国がEUから離脱したら三井不動産はかなり強いショックを受けるでしょう。英国のEU離脱についてはすでに多くの研究機関が警告を発しています。
各世帯で最大77万円の損失
2月12日、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスは、EU離脱後はノルウェーと同じように欧州経済領域 (EEA)に加盟して単一市場に参加できるのが最善シナリオですが、現在、英国がEUに支払っている金額の83%を負担する必要が出てくると試算。しかもEUが決めた規制に従わなければならないと指摘しています。
3月21日、英国産業連盟(CBI)が「英国のEU離脱は2020年までにGDPの最大5%に当たる1千億ポンド(15兆5千億円)と95万人の雇用を失う」と警告しています。
4月12日、国際通貨基金(IMF)が今年の英国の成長率を1月時点の2.2%から1.9%に下方修正。「英国がEUを離脱すれば地域経済と世界経済に深刻な影響を与える」と警告しました。
4月18日、英国の財務相オズボーンも「英国がEUを離脱すれば英国の家庭は年4300ポンド(約66万円)の減収になる」と指摘しました。
4月27日、経済協力開発機構(OECD)が「2020年までに国内総生産(GDP)は3%少なくなる。1世帯当たり年2200ポンド(約34万円)の減収になる」「2030年までには年3200ポンド(約50万円)、最悪シナリオでは5千ポンド(約77万円)を失う」という新しい調査結果を発表しました。
4月22日に行われたキャメロンとの共同記者会見で米大統領オバマは「私たちの特別な関係や友情の証として、正直に、私が何を考えているかと知ってもらおうと率直に語っている。もし英国がEUから離脱したら英国との貿易交渉は一番後回しになるだろう」と強調しました。
24日には英BBC放送のインタビューにこう答えています。
「英国はEUより早く米国と交渉することはできないだろう。米国は最大の貿易相手である欧州市場と交渉する努力を止めることはない」「英国がEUを出て一から米国との貿易交渉をやり直すとなると、実際に成果を得るまでに5年、いや10年かかる可能性がある」
こうした警告を受け、世論調査では残留派が離脱派を一時8ポイントも引き離しましたが、再び50%対50%(上の折れ線グラフ)の大接戦を演じています。英国のEU離脱派は今や筋金入りの勢いを見せています。折角の安倍首相の警告ですが、焼け石に水かもしれません。
(おわり)
参考:英国がEUを離脱して「リトル・イングランド」になる確率は35~40% 米情報会社IHSが予測