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オバマの広島訪問と「核なき世界」の虚と実

木村正人在英国際ジャーナリスト
第4回核安保サミットで核テロ阻止を確認する安倍首相(右)とオバマ大統領(写真:ロイター/アフロ)

棚上げされた原爆使用の是非

5月27日は、日米両国の歴史に刻まれる日になるでしょう。26、27日に開催されるG7首脳会議(伊勢志摩サミット)に出席する米大統領オバマは安倍晋三首相とともに、先の大戦で原子爆弾が投下された広島を訪問します。米国の現職大統領が広島を訪れるのは初めてのことです。

オバマは原爆使用について謝罪は行いませんが、米大統領が被爆地・広島を訪問するとなると、70年余前のこととはいえ、否が応でも原爆使用の是非と米国の責任に注目が集まります。

その背景をベン・ローズ大統領副補佐官(国家安全保障担当)が自らのブログで「米国務長官ケリーや駐日米国大使ケネディがG7外相会合に合わせて広島の原爆資料館や平和記念公園を訪問し、大統領訪問の機は熟した」と詳しく説明しています。

広島を訪問した米国務長官ケリー(中央、米国務省HP)
広島を訪問した米国務長官ケリー(中央、米国務省HP)

「オバマ大統領は5月27日に広島平和記念公園を訪れ、その重要性と広島で起きた出来事への熟慮を共有するでしょう。第二次大戦末期の原爆使用の決断を再考するのではなく、私たちが共有する未来に焦点を当てた前向きなビジョンを示すつもりです」

核不拡散を目指す米国の責任

「オバマ大統領が発言したように、米国には核兵器を使用した唯一の国家として核不拡散と核の安全保障という目的を追い求めるため、主導的な役割を継続していく特別な責任を有しています」

「オバマ大統領の広島訪問は、核兵器のない平和で安全な世界を目指すため、核不拡散と核の安全保障への米国の長期的な約束、大統領の個人的なコミットメントを改めて確認するものです」

「広島訪問は日米両国がどれほど強く、お互いの利益、共有された価値、両国民の間の弛まぬ友情の精神に基づく、深遠なる永遠の同盟を構築してきたかも象徴するでしょう」

「米国が今日、日本とともに享受している関係は第二次大戦が終わった時には想像もできなかったことです。しかし今日、米国と日本はすべての主要な国際問題について協力しています」

「私たちが分かち合う仕事はまだ達成されていません。日米両国は私たちが共有する安全保障を確実にする一方で、核兵器なき、より平和な世界を実現するために一緒に闘い続けなければなりません」

「大統領とそのチームは広島訪問を、私たちの共有された過去と、私たちが今日暮らす世界を形作る力、そして、私たちが子供や孫のために追い求める未来を理解するために、開かれた歴史認識は不可欠なことを知る機会にするでしょう」

「謝罪」は念頭にない米国

現職の米大統領であるオバマの広島訪問は、日米間に横たわる戦争と原爆使用の責任という古傷を開かせる大きなリスクがありました。そのため、2009年11月の日本初訪問時に「いつか広島と長崎を訪問したい」と伝えていたオバマ政権と日本側は慎重に時期を見計らってきました。

米国は対日戦争を1日でも早く終結させるため原爆使用は間違っていなかったという歴史的な立場を崩していません。広島訪問にあたっても「謝罪」は最初から考えていません。「核兵器なき世界」という理想を目指すオバマは、広島訪問を過去ではなく未来に向けてメッセージを送る最高の舞台にする考えです。

日本国民にとっては米大統領が被爆地で犠牲者に弔慰を示すというのは長きにわたる悲願でした。「旧日本軍慰安婦」より再び「広島や長崎への原爆投下」に脚光が当たる方が必要以上に貶められた日本のイメージ回復にもつながります。キーワードは「開かれた歴史認識」です。

激しく戦った日米両国の首脳が恩讐を越えて被爆地を訪問することは「戦後和解」は可能という前向きなシグナルと、日米同盟の強固な結束を中国や韓国、北朝鮮に示すことになります。

開かれた歴史認識とは

自分にとって都合の良い「一方的な歴史認識」は戦後和解の妨げになり、双方が納得できる「開かれた歴史認識」を共有することが必要だというのが広島訪問のもう一つの大きなメッセージです。

北朝鮮の核・ミサイルに対する抑止力は(1)北朝鮮を完全に破壊できる米国の報復能力(核の傘)(2)ミサイル防衛(3)米国の政治的なコミットメントから構成されています。オバマの広島訪問は日本、そしてアジアへの米国の政治的なコミットメントを改めて示すことになります。

しかし、唯一の被爆国である日本の安全保障は皮肉なことに、「核兵器なき世界」を唱える米国の圧倒的な核の優位の下に確立されていることを忘れてはならないでしょう。それではオバマの唱える「核兵器なき世界」の足跡を振り返ってみましょう。

2009年4月のプラハ演説

「核保有国として、唯一、核兵器を使用した国として、米国は行動を起こす道義的な責任を有しています。米国独りではこの努力は成功しませんが、私たちはそれを率いることができます。始めることができます」「私は核兵器なき平和で安全な世界を目指す米国のコミットメントを、明確に確信を持って宣言します」

2009年12月のノーベル平和賞受賞演説

「戦争という手段が平和を維持する役割を果たします。にもかかわらず、この真実は他の真実を伴います。どれだけ戦争を正当化しても、戦争は必ず人間に悲劇をもたらします」

2013年6月のベルリン演説

「米国が持つ戦略核兵器を最大3分の1削減しても、米国と同盟国の安全保障を確保し、強力で信頼できる戦略核の抑止力を維持できると確信しています。冷戦時代以上にロシアと核軍縮交渉を模索する覚悟です」

2016年3月の米紙ワシントン・ポストへの寄稿

「核テロ防止のほか、私たちは重要な進展を遂げました。第一に、米国とロシアは2018年までに、配備されている核弾頭を1950年代以来最低水準まで下げる新START(戦略兵器削減条約)の義務を達成するプロセスに留まっています」

「第二に、核拡散防止条約(NPT)を含め、核兵器の拡散を防ぐグローバルな枠組みを強化しています。イランの核開発を止めるため国際社会を結束させるのに成功しました。この合意によって世界は新たな国が核兵器を獲得するのを防ぎました」

またオバマは、日本やウクライナ、チリから核兵器の原材料に使えるレベルの核燃料を取り除くことにも成功しています。

オバマ、核兵器近代化に1兆ドル

しかし、シリア内戦やウクライナ危機で米露関係が悪化し、ロシア大統領プーチンはクリミア半島を併合した際、核兵器の使用を準備していたことを明らかにしています。米露間の核軍縮は停滞しています。

オバマの「戦略的忍耐」はまったく効果がなく、北朝鮮の核・ミサイル開発にも歯止めがかかっていません。北朝鮮の核・ミサイル開発を止められるのは米国ではなく、中国だからです。

出所:SIPRIデータより筆者作成
出所:SIPRIデータより筆者作成

ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)は「すべての核保有国は核兵器システムを発展させ、すでにある核兵器の改良に取り組んでいる」と指摘しています。米紙ニューヨーク・タイムズは、今後30年間にわたって1兆ドルを使い、米国の核兵器を近代化するオバマの計画は新たな軍拡を引き起こす恐れがあると警鐘を鳴らしています。

オバマの広島訪問はレガシー(遺産)づくりという政治ショーに過ぎないのかもしれません。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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