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女王の「中国は非礼」発言は意図的なリーク?その真意とは

木村正人在英国際ジャーナリスト
中国一行は「非礼」と語るエリザベス女王と警察幹部(提供:代表撮影/ロイター/アフロ)

英国のエリザベス女王が10日、バッキンガム宮殿で催された園遊会で、昨年10月に国賓として英国を公式訪問した中国の習近平国家主席一行のふるまいについて「非常に非礼」と漏らした意味について改めて考えてみたいと思います。

まず、この発言が女王の不注意から偶然、カメラクルーに撮らえられていたかどうかについてです。英王室にプライバシーがあるとしたら「子宮の中にいるときだけ」ということは女王が誰よりも身にしみて知っているはずです。

筆者も園遊会に出席したことがありますが、オープンな場なので発言すれば、近くにいた招待客の口伝てにメディアに漏れるのは避けられません。

当日は代表取材のカメラクルーが女王について回っていました。侍従長は、警備を取り仕切った警察幹部に発言を促しており、意図的なリークと受け止められても仕方ありません。王室に詳しい英国のジャーナリストが米紙ロサンゼルス・タイムズの取材に応えています。

王室コメンテーター、リチャード・フィッツウィリアムズ氏

「このような前例は(女王が在位している)63年以上にわたってありませんでした。女王が何を考えているのか、また何を感じているのか、私たちは知らないということが君主としての女王のホールマーク(正統性)の一つでした。王室は政治の上位にあります。女王の無防御なコメントが流出するのはこれが初めてです。これが最後だというのも間違いないでしょう」

『クィーンズ・スピーチ』の著者イングリッド・スーアード氏

「彼女は何が進行中なのかを知っていたに違いありません。私にはこれが間違いだったと考えることはできません。女王は中国の一行が彼女の大使を不当に扱ったと非常に強く感じていたのだと思います。彼女は非礼を嫌っていることを私は知っています」

もし、「中国は非常に非礼」という女王の発言が意図的なリークだとしたら、何がきっかけだったのでしょう。筆者は4月22日、女王の90歳の誕生日を祝うため英国を訪れた米国の大統領オバマとミシェル夫人が思い浮かびます。

2009年の初訪問時、ミシェル夫人が女王の背中に手を回し、英メディアから「王室の儀礼に反している」と批判されましたが、女王は親近感の表現として受け止めました。

第二次大戦を戦い抜いた女王は英国中の誰より米国との「特別な関係」を大切にしています。イラク戦争で世界中から批判を浴び、失意だった米大統領ブッシュも温かく歓迎しています。

21世紀、世界は米国と中国が対峙し、そこに欧州が第三極として関わっていきます。英国はその中でどう振る舞えば良いのでしょう。

キャメロン政権は、米国の制止を振りきって、中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)に欧州勢として真っ先に参加を表明しました。フランスやドイツからも「抜け駆けだ」と批判されました。

国際金融都市ロンドンの立場を利用して、キャメロン政権は中国の人民元に国際通貨としてのお墨付きを与えようとしています。中国国内の人権問題は二の次、三の次です。米国が警戒している中国の通信機器メーカー「華為技術(ファーウェイ)」とも協力しています。

キャメロン政権は米国と中国を天秤にかけているように見えます。

90歳の誕生日を迎えた女王にとって、対米関係は対中関係とは比較にならないほど大切です。発言の狙いは、中国の習主席に対して元首としての付き合いには礼儀があるということを伝えるとともに、首相キャメロンに対して経済だけを重視して対中関係に前のめりになるのはやめなさいと釘を刺したとも言えます。

もちろん米国を一番大事にしているという、オバマへのメッセージでもあります。

清朝の皇帝に「三跪九叩頭(さんききゅうこうとう)の礼」を求められた英国使節はこれを拒否します。受け入れると英国の君主が中国の皇帝に従うことを意味するからです。女王の一刺しは、英王室は「中国の皇帝」には屈しないという意思表示でもあったのでしょう。

英外相ハモンドは火消しに躍起です。「大きな公式訪問には大きなロジスティックスの問題がついて回ります。しかし習主席の公式訪問は大成功を収めました。英国と中国の関係は非常に強く、公式訪問の成功によって一段と強められました」

一方、人民日報の国際版「環球時報」は社説で「西側のメディアはゴシップが何よりも好きです。女王の私的な会話を煽り立てています。世界中が英国のゴシップのスキルを称賛しています。まるで宝物を掘り当てたように英メディアは反応しています」と主張しています。

「中国と英国の黄金時代は二国間の大きな利益の上に築かれています。関係が近づけば近づくほど、摩擦も増えてきます。友人が私的に少し不満を述べることは大したことではありません。中国の高官もプライベートでは英国の高官のジョークを言っているのだと思います」

中国経済が減速し、南シナ海での中国の野心が浮き彫りになる中、日米欧が対中戦略で足並みをそろえる大切さを女王発言は思い起こさせてくれます。おさらいに園遊会での女王の発言(英大衆紙デーリー・メール)を再掲しておきます。

侍従長「習主席の一行が公式訪問した際、警備を監督した警察幹部ルーシー・ドルシさんを紹介させて下さい」

女王「まあ、お気の毒」

侍従長「彼女は中国の一行によって本当に困らされました。しかし彼女は何とか指揮者としての任務を全うしました。彼女の母親ジュディスさんは子供の保護とソーシャルワークに関わっています」

母親「はい。私は自分の娘のことを誇りに思っています」

侍従長「ドルシさん、自分の体験を話さなければなりません」

ドルシさん「はい。私はゴールド・コマンダーという職責にありました。女王陛下がご存知かどうかは知りませんが、私にとって中国国家主席の公式訪問の警備はかなりの試練でした」

女王「聞いていますよ」

ドルシさん「試練でした。一行がランカスター・ハウスから出てきた時、彼らは訪問を中止すると私に言いました。あの時は、ああ…」

女王「彼らは(バーバラ・ウッドワード駐中国・英国)大使に対しても非常に非礼でした」

ドルシさん「彼らは非礼でした。彼らは私とバーバラの2人に向かってきたのです」

女王「大変だったわね」

母親「本当に信じられないわ」

ドルシさん「非常に非礼で、外交的ではなかったと思います」

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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