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都民の信頼なくした舛添知事 監視されない権力は絶対に腐敗する

木村正人在英国際ジャーナリスト
政治資金を私的流用疑惑 舛添氏、定例会見で釈明(写真:Motoo Naka/アフロ)

「ノーブレス・オブリージ」はいずこ

飛行機のファーストクラスや空港の貴賓室、ホテルのスイートを使い、温泉地の別荘まで公用車で行き来しなければ都政はできないとしたら、そんな人物は都知事に相応しくありません。英国でも2009年に国会議員による未曾有の経費スキャンダルが起きましたが、バスや自転車を使ったり、スーパーで買い物をしたりする政治家も多いだけに、血税に対する舛添要一都知事の感覚には呆れるばかりです。

「ノーブレス・オブリージ」という言葉があります。社会的な地位のある人は社会的な責任を果たさなければならないという意味です。都知事の給料・報酬は月145万5千円。6月と12月の期末手当てが計465万6千円。合計すると年間2211万6千円です。これだけでは足りないのでしょうか。舛添知事の公金支出をめぐる問題を共産党都議団や「週刊文春」のホームページを参考に振り返っておきましょう。

(1)贅沢すぎる海外出張

出所:共産党都議団HPをもとに筆者作成
出所:共産党都議団HPをもとに筆者作成

「都市外交」を掲げる舛添知事の海外出張回数は2年間で8回と、11年間で32回だった石原慎太郎元都知事を上回るペースです。舛添知事になってから、随行者が増えた上、ビジネスクラスを多用、宿泊するホテルも高額になり、1回の出張費用が膨らんでいます。

同

知事と特別秘書以外のビジネスクラス利用は石原氏32人中4人(12.5%)、舛添氏87人中27人(31%)

舛添氏の空港貴賓室使用料は計165万円超

14年に舛添知事がロンドンを訪れた際、筆者の質問(国内で批判されてる舛添「都市外交」が海外で受けるワケ)に色をなして答えました。

――都市外交は非常に面白い考え方だと思います。その反面、過去の政治を見ると外交に力を入れ過ぎると足元をすくわれることもありますが、どのようにバランスをとられますか

舛添知事「今日皆さんが一生懸命に発信されても日本の新聞の都内版にしか出ない。ところが私が韓国の朴大統領に会うと全国版に出る。私が欧州にいることを東京以外の人はほとんど知らないというのが今の状況なんです」

「ソチの冬季五輪、韓国・仁川のアジア大会、ロシア・トムスクのアジア大都市ネットワーク21(アジネット)、東京と友好都市提携20周年を迎えたベルリン訪問は私でなくても都知事であれば全部行かないといけない」

「北京とソウルが18年間、モスクワが20年間、パリが24年間行っていないという非常識というか尋常じゃない状況は誰かが終わらせないといけない。だから北京とソウルに行ったわけです」

「社会保障を含めて、(私は)ものすごい勢いで都民の生活を守るためにやっていますから、今のような(足元をすくわれる)心配は無用だと思います。10時間しか普通の人が働かないところを私は20時間働いているんだから十分、外交をやる時間はあります」

当時、随行者が非常に多いという印象を受けました。しかし、記者会見で何度も「ロンドン五輪を見習って、東京五輪・パラリンピックでは『マイナス遺産』をつくらない」と強調していたので、海外出張費用をこれだけ使っていたことに愕然とします。

(2)公用車を使って別荘通い400万円超

「週刊文春」が情報公開請求によって「庁有車運転日誌」を取り寄せたところ、昨年4月から1年間で49回にわたって毎週末、公用車で神奈川県湯河原町にある別荘を訪れていたことが分かりました。ハイヤー料金に換算すると400万円を超えるそうです。

(3)政治資金を流用7件45万円

「週刊文春」が、舛添知事の政治団体の政治資金収支報告書を精査した結果、政治資金規正法違反の疑いが浮上。舛添知事は間違って飲食代や家族のホテル代など私的な支出を記載していたことを認め、計7件約45万円を返金する考えを示しました。

「家族で宿泊した部屋で事務所関係者と会議をした」など、舛添知事が記者会見で行った説明について、JNNの世論調査に「納得できない」と答えた人は89%。舛添知事のように自治体トップが飛行機のファーストクラスを使うことについて「反対」と答えた人は60%、舛添氏は都知事に「ふさわしくない」を回答した人が67%にのぼりました。

英国の議員経費スキャンダル

英国では2009年、住宅ローンの支払いからアダルト映画視聴料、カモ小屋までありとあらゆる費用を国民につけ回ししていた議員経費スキャンダルが英紙デーリー・テレグラフによってスクープされました。下院議員390人に疑惑が浮上し、141人が総選挙への不出馬を表明しました。下院議長も引責辞任。下院議長の辞任は1695年以来初めてのことでした。

英国の下院議員はかつてお金持ちの上流階級がなっていたため、給料や報酬は支払われていませんでした。下院議員に手当が支払われるようになったのは1911年以降です。文房具や旅費を皮切りに、24 年からロンドンと選挙区の間の旅費、69 年からスタッフ経費、72 年から「追加費用手当」が導入されました。

不正の温床になったのは「追加費用手当」で、自宅を離れて住む場合、議会のあるロンドンの第2住宅の賃借料や抵当利息、通信費、据付家具、維持管理費、掃除代などにかかった実費を請求して還付を受ける制度です。住宅価格の上昇に伴って、公金で抵当利息を支払って、第2住宅を保有する「財テク議員」が増えました。

経費請求は下院議員に対する信頼の上に成り立っていたため、請求内容は公開されたことがありませんでした。下院事務局も請求が限度額を超えない限り右から左に通していたことから、下院議員経費の公私混同が蔓延していきます。注目を集めたケースは以下の通りです。

・スミス内相は、夫が有料テレビで視聴したポルノ映画2 本分の代金を請求

・保守党下院議員は浮動式カモ小屋の費用1645 ポンド、ガーデニング費用、クリスマス・ツリーの電飾代も請求

・文化・メディア・スポーツ省の政務次官が警備代として2万5千ポンドを請求

・保守党政調会長がテニスコートの散水パイプの修理代として2千ポンドを請求

多くの下院議員がすでに支払われている抵当利息を再請求したり、実際に住んでいないのに住宅手当を請求したり、経費を利用し住宅をリフォームして転売したり、領収書の提出義務がない250ポンド未満の請求を繰り返していたりしたのです。

怒りの内部告発

英国では00年に情報自由法が制定され、05年から全面的に施行されました。08年、当時の首相ブラウンら14人の請求書と領収書を公開しましたが、ほとんどが黒く塗りで情報公開の意味がありませんでした。

デーリー・テレグラフ紙に仲介者を通じて議員経費資料のCD-ROMを持ち込んだのは下院事務局で働く「市民」でした。事務局のスタッフには防弾チョッキや不可欠な装備を自分で購入するため内職をしていた英軍の現役兵士もいました。兵士はイラクやアフガニスタンで不十分な装備しか支給されず命を落としているのに、年収は1万6千~1万7千ポンドです。

これに対して安全な議会で働く下院議員の年収は6万5千ポンド。しかも議員経費を私的流用する議員がこれだけ多いことに告発者の「市民」は我慢できず、仲介者を通じてデーリー・テレグラフ紙にCD-ROMを11万ポンド(約1730万円)で提供しました。報酬は内部告発によって「市民」が不利益を被った場合に支援する緊急基金に充てられたそうです。

未曾有のスキャンダルを受け、それまでの「紳士クラブの自主規制」を撤廃、外部の独立機関による規制を導入するため、09年に議会倫理基準法を制定します。下院内に独立議会倫理基準委員会に関する下院議長委員会、独立機関として議会調査コミッショナー、独立議会倫理基準委員会を付け加えます。

出所:英下院議員の歳費と手当、国会図書館資料より抜粋
出所:英下院議員の歳費と手当、国会図書館資料より抜粋

悪質な経費請求を行っていた下院議員や上院議員計6人が有罪判決を受け、服役します。このスキャンダルの調査チームは10年、390人の請求665 件について総額130万5千ポンドの返還を求めます。不出馬を表明して引退する議員141人には引っ越し経費として総額1千万ポンドが支給されました。「盗人に追い銭」とはこのことです。

つつましいロンドン市長の経費

英国の議員経費スキャンダルは市民やメディアの監視を受けない権力は絶対に腐敗することを教えてくれます。世界金融危機以降、欧米諸国は財政再建に取り組んでおり、血税の支出には非常に厳しい目が注がれています。飛行機のファーストクラスや空港貴賓室、五つ星ホテルのスイートを湯水のように使う自治体の首長は果たしてどれぐらいいるのでしょう。

ボリス・ジョンソン前ロンドン市長(右、筆者撮影)
ボリス・ジョンソン前ロンドン市長(右、筆者撮影)

ロンドン市によると、ボリス・ジョンソン前ロンドン市長と市職員6人が5日間の日程で東京、大阪、名古屋、横浜を訪れた際の費用は全部で3万8千ポンド=約596万円。舛添知事の一行が5日間の日程でロンドンとパリを訪れた際の費用(6975万円)の約12分の1でした。飛行機はビジネスクラスで3842ポンド=約60万3千円(一行全体では1万9403ポンド)、帰りはポイントを使い、ホテル側のサービスでスイートになった宿泊費は4泊で689ポンド=約10万8千円(同5444ポンド)。舛添知事の1泊の費用(19万8千円)の約半分です。

人口853万人のジョンソン・ロンドン市長が経費をどれだけ使ったのかはインターネットですぐに検索できます。それをもとにグラフを作ってみました。1年目はタクシーをよく使っていましたが、それ以降はあまり使っていません。

出所:ロンドン市HPをもとに筆者作成
出所:ロンドン市HPをもとに筆者作成

一番使った13年度でも1万5218ポンド(約239万円)です。人口1335万人を擁する東京都知事に比べロンドン市長にはほとんど権限がないので単純に比較するわけにはいきませんが、それでもジョンソン前市長の経費は舛添知事とは比べものにならないほど質素です。

東京都の情報公開や住民監査請求、住民訴訟をもっと使いこなして、知事や都職員の特権意識をただしていく必要があります。舛添知事の公金支出について共産党都議団や「週刊文春」以上に厳しい目を光らせていた新聞社やTV局があったのかどうか、非常に気になるところです。

(おわり)

参考:齋藤憲司著「英国における政治倫理―下院議員経費スキャンダルと制度の変容」

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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