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伊勢志摩サミット 安倍首相は南シナ海の「万里の長城」を突き崩せ

木村正人在英国際ジャーナリスト
サミット出席のため来日したカナダのトルドー首相と会談する安倍首相(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

オバマ大統領「航行の自由作戦は継続する」

ベトナムを訪問している米国のオバマ大統領はベトナムへの武器輸出を解禁したことに続いて、24日、南シナ海で友好国と協力して「航行の自由」作戦を継続する考えを示しました。「国の大小にかかわらず、主権は大切にされるべきだ。領土は侵害されるべきではない。大国は小国にゴリ押しすべきではない。領有権争いは平和的に解決されるべきだ」とオバマが演説すると拍手と歓声が起こりました。

オバマを熱烈歓迎するベトナム市民 (White House)
オバマを熱烈歓迎するベトナム市民 (White House)

「米国は南シナ海の領有権争いの当事国ではないが、友好国と協力して、航行や飛行の自由、法治に基づくビジネス、国際法による領有権争いの平和的解決といった核心的な原則を保持する。これまで行ってきた通り国際法が認めるあらゆる場所で米国は航行や飛行、作戦を続け、すべての国が同じことを行う権利を支持する」

名指しこそ避けたものの、オバマが、南シナ海で人工島の建設を進める中国を牽制しているのは明らかです。かつて戦火を交えた米国とベトナム間の最大の懸案だった武器輸出も全面的に解禁され、両国の関係は完全に正常化されます。ベトナムの国防支出(実質)は2004年の17億6800万ドルから昨年には約2.6倍の45億8100万ドルに膨らんでいます(ストックホルム国際平和研究所)。

人工島の埋立面積は6.5倍に

出所:米国防総省の発表に基づき筆者作成
出所:米国防総省の発表に基づき筆者作成

中国の軍事力に関する米国防総省の年次報告書や記者会見での説明では、南シナ海のスプラトリー諸島で中国が進める埋め立て面積は14年末に比べ約6.5倍の12.9平方キロメートルに達しています。さらにファイアリー・クロス礁には新型爆撃機H-6Kの運用が可能になる3千メートル級の滑走路が完成しているほか、スビ礁やミスチーフ礁でも滑走路の整備が進んでいます。

出所:防衛省「南シナ海における中国の活動」
出所:防衛省「南シナ海における中国の活動」

中国はスプラトリー諸島で7つの岩礁を埋め立てて人工島を造成しています。このうち5つの人工島では埋め立てが終わり、ヘリポートや港湾施設、レーダー塔などのインフラ整備が進められています。南シナ海の海底資源を独り占めするとともにシーレーン(海上輸送路)を確保し、軍事的に空と海を制して米軍を南シナ海から追い払うのが狙いです。

「中国は2千年以上前から南シナ海を領有」

劉大使(筆者撮影)
劉大使(筆者撮影)

劉暁明・駐英中国大使は5月20日、英シンクタンク、国際戦略研究所(IISS)で講演し、「中国は紀元前200年の漢時代から南シナ海で船旅や漁業を行っていた」「歴史は誰が南シナ海の島々を領有しているかを証明している」と領有権の歴史的正当性を強調しました。

その上で劉大使は南シナ海における中国の5つのコミットメントを示しました。

(1)南シナ海の平和と安定

(2)友好的な協議と交渉によって領有権争いを平和的に解決すること

(3)ルールに基づいた領有権争いのマネジメント

(4)航行や飛行の自由

(5)ウィンウィンの協力

フィリピンは2013年、南シナ海をめぐる領有権争いについて仲裁手続きを申し立て、オランダ・ハーグの常設仲裁裁判所で審理が行われています。劉大使は「中国は仲裁手続きへの参加を拒否している。こうした領有権争いの解決は認められない」とフィリピンを非難しました。

中国にとって仲裁裁判所での審理は「平和的な解決」には当たらないようです。不利な国際ルールは無視するのが中国のやり口です。1974年と88年に艦艇部隊を派遣してベトナム(74年当時は南ベトナム)と交戦する原因を作ったのは中国です。戦闘の結果、中国はパラセル諸島の全域と、スプラトリー諸島のジョンソン南礁を占領しました。ベトナム側の死傷者は500人以上にのぼりました。

90 年代にはフィリピンが領有権を主張していたミスチーフ礁に武力による威嚇を用い、実効支配という既成事実を作り上げます。2012年にスカボロー礁でフィリピン艦船と対峙してから中国海警船舶がずっと展開し、13年からはセカンド・トーマス礁周辺に艦船を派遣し、フィリピン軍の揚陸艦への補給を妨害しています。これが中国の言う「南シナ海の平和と安定」の現実です。

「軍事力を誇示するのは米国だ」

米国防総省は、南シナ海の国際空域で米海軍の偵察機に中国軍機2機が接近したことを明らかにしたばかりです。これに対し、劉大使は「米国は南シナ海で軍事力を誇示するため『航行の自由』を口実に使っている」「10日前には米海軍のミサイル駆逐艦ウィリアム・P・ローレンスが違法に中国の南沙諸島(スプラトリー諸島)近くの水域に許可なく入ってきた」と米国を指弾しました。

安倍晋三首相が議長役を務める伊勢志摩サミットで、中国に海洋の国際ルールを守るよう迫る国際世論を形成するのが大きな課題です。南シナ海の緊張を作っているのは中国です。南シナ海での埋め立て、軍事目的での利用を止めさせるためには、まずG7が結束しなければなりません。南シナ海は前哨戦に過ぎないのです。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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