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地中海で難民船が転覆、700人が水死 欧州に到着後、難民孤児1万人が失跡

木村正人在英国際ジャーナリスト
難民船転覆の瞬間 救助の伊海軍が捉える (提供写真)(提供:Marina Militare/ロイター/アフロ)

1万5千人を救助

超満員の難民を乗せて地中海を渡る漁船の転覆事故が5月25、26、27の3日間にわたって相次ぎ、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、死者・行方不明者数が700人を超える恐れがあるそうです。このうち40人は子供だとみられています。イタリア海軍と沿岸警備隊が救助した難民の数は約1万5千人にのぼりました。

25日、ボロボロの老朽漁船が地中海で転覆し、イタリア海軍によって500人以上が救助されましたが、5人が死亡、約100人が行方不明となりました。イタリア海軍がその時の様子を動画投稿サイトYoutubeで公開しています。

定員をはるかに上回る難民を乗せた漁船がバランスを失い、ゆっくり転覆、難民が海に投げ出される様子が生々しく記録されています。

26日にも難民を乗せた漁船が地中海で浸水して沈没、91人が救助されました。生存者によると、400人の行方が分からなくなっているそうです。

27日には、リビア沖で難民を乗せた船が転覆し、45人が死亡、160人以上が行方不明になっています。昨年4月にはリビア沖で難民を乗せた船が沈み、一度に700人以上の犠牲者を出したことがあります。地中海ではこうした悲劇が2014年から続いています。

地中海に難民の「安全な通り道」を

UNHCRのカロッタ・サミ南欧担当広報官は「『安全な通り道』を設けていれば700人以上の命を救えたことを世界はいつになったら分かるのか」とツイートしています。

「安全な通り道」とは、難民が危険を冒して海を渡らないで済むよう難民の出航地点のリビアやトルコなど第三国で審査を行った上で、定住先の欧州連合(EU)加盟国を決めて移送する枠組みのことを指しています。しかし、EU内で意見が対立、国際社会の協力も得られず、なかなか実現にこぎつけられないのが現実です。

UNHCRによると、イタリアに流入した難民は昨年、15万3842人。今年に入って4万6365人が地中海を渡りました。

出所:UNHCRデータをもとに筆者作成
出所:UNHCRデータをもとに筆者作成

気温が上昇する5月下旬になって難民の流入が激増していることが上のグラフから手に取るように分かります。このペースで難民の流入が続くと、史上最高を記録した14年の17万人を上回る可能性があります。

出所:UNHCRの図表を筆者加工
出所:UNHCRの図表を筆者加工

難民が地中海を渡るルートは、リビアなどアフリカ北岸からイタリアを目指す中央ルートが主流でしたが、シリア内戦の悪化で昨年、トルコからギリシャに渡る東ルートが急増し、「第二次大戦以来の難民危機」と大きなニュースになりました。

トルコからギリシャに渡った難民をトルコに強制送還するEU・トルコ合意が3月下旬に実行に移され、ギリシャに流入する難民は4月、3650人に留まり、昨年の1万3556人に比べて大幅に減少しています。その一方で、中央ルート(下のグラフ、水色)は気温の上昇とともに増え、犠牲者の数も跳ね上がっています。

出所:Missing Migrant Projectのデータをもとに筆者作成
出所:Missing Migrant Projectのデータをもとに筆者作成

東ルート(橙色)を封鎖されたシリア難民が中央ルートに迂回して、犠牲者の数を押し上げているかどうかは今のところ分からないそうです。

UNHCRによるとイタリアに渡る難民の出身国はナイジェリア15%、ガンビア10%、ソマリア9%、コートジボワール8%、エリトリア8%、ギニア8%、セネガル7%、マリ7%、スーダン5%で、ほぼ全員がアフリカからの難民です。

難民孤児1万人が失跡

子供支援専門の国際NGOセーブ・ザ・チルドレンによると、イタリア・シチリア島の難民センターも臨時シェルターも満員で、港に張られたテントのベッドで宿泊している難民もいるそうです。

エンジンから漏れたガソリンが引火してやけどを負ったナイジェリア人の女性4人がランペドゥーザ島に輸送途中に死にました。その中には生後9カ月の赤ちゃんを残して亡くなった母親もいます。

今年に入って地中海を渡ってイタリアに流入した難民のうち5700人は孤児です。昨年同期に比べて、その数は3倍近くに膨らんでいます。昨年、難民孤児1万人が欧州で行方不明になっており、どこにいるのかまったく分からないそうです。旅の途中、殴られたり拷問を受けたり、性的な虐待を受けたりしている難民孤児の事例が多く報告されています。

国家分裂状態のリビア

難民の出航地点になっているリビアは国家分裂状態にあり、過激派組織ISの台頭を招いています。リビア周辺国、米国、旧宗主国イタリア、ロシア、EUなどの外相らが5月16日、リビア統一政府を支援するため武器禁輸の緩和への支持を表明しています。

リビアがこんな状態では、難民の安全を確保するため密航を抑制して、定住先を振り分けることはとても期待できません。2017年9月までにギリシャやイタリアから16万人の難民をEU加盟国に振り分ける割り当て制度は5月18日時点でわずか1500人しか実現しておらず、達成率は0.9%という有様です。

オーストリアであわや「極右」大統領が誕生する寸前まで行くなど、EU加盟国では昨年来の難民危機によって右翼ポピュリズムが吹き荒れています。EU・トルコ合意と同様、アフリカ諸国にもカネをばらまいて難民の流出を止めてもらう緊急措置が関の山で、アフリカ諸国やリビアの治安回復と復興支援という根本治療は難しそうです。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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