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4歳児が飼育エリアに転落 ゴリラの射殺は正しい、それとも間違い?

木村正人在英国際ジャーナリスト
転落坊やを救うため射殺されたゴリラ「ハランビ」(提供:Cincinnati Zoo/ロイター/アフロ)

目を離した両親の刑事責任を追及する署名11万5千人

米オハイオ州のシンシナティ動物園で28日、4歳の坊やがゴリラの飼育エリアに転落、体重180キロのニシローランドゴリラ「ハランビ」(オス、17歳)に足をつかまれ堀の中を10分にわたって引きずり回される事故がありました。

動物園側は「ゴリラは興奮しており危険」と判断して「ハランビ」を射殺、坊やを無事救出したところ、「ゴリラは坊やを守ろうとしており、殺す必要はなかった」「目を話した親が悪い」と両親の刑事責任を追及するオンライン署名が11万5千人も集まる騒動に発展しています。

報道や、当時の様子を撮影した動画投稿サイト、Youtubeの動画によると、両親は子供4人を連れて来園。ゴリラと遊びたいと話していた4歳の坊やが目を離した隙に、防護柵を乗り越えて3~4.5メートル下のゴリラの飼育エリアに転落してしまいました。

飼育員がメスゴリラ2頭を追い払ったものの、「ハランビ」は坊やに近づき、堀まで引きずって行きます。「ハランビ」は坊やの上に覆いかぶさり、防御するポーズを取ったかと思えば、いきなり足首をつかんで水面の上を引きずり回したり、ズボンをつかんで立たせたりします。

柵の外からは入園者の悲鳴が聞こえ、母親が「ママはここにいるから大丈夫よ。落ち着いて」と坊やに声をかける様子が克明に記録されています。動物園側は坊やの救出を優先して「ハランビ」を射殺しました。

30年前はボスゴリラが転落坊やを守る

1986年8月にも、英領ジャージー島で5歳の坊やが6メートル下のゴリラの飼育エリアに転落し、頭蓋骨を骨折して意識不明になる事故が起きています。このときはボスゴリラの「ジャンボ」(オス)が坊やをゴリラの群れから守るポーズを見せ、背中をなでて介抱します。

坊やの意識が回復して泣き始めると、「ジャンボ」は他のゴリラを引き連れて飼育舎に戻ります。が、若いゴリラ1頭が飛び出してきました。飼育係や救急隊員が間一髪のところで坊やを助け出します。英BBC放送によると、「ジャンボ」の実物大像に1万8千ポンドもの値がつき、ジャージー島が発行する切手のデザインにも採用されているそうです。

米テキサス州の動物園で2014年まで「ハランビ」を世話していた飼育係は米紙ニューヨーク・デーリー・ニュースに「ハランビは私の人生にとって特別な存在です。私たちにとって悲しい日になりました。彼はかわいく、美しく育ちました。彼はとても聡明で、いつも心穏やかでした」とその死を悲しんでいます。

動物行動学の専門家であるニューイングランド大学のギゼラ・カプラン教授は英紙デーリー・テレグラフにこんな分析を披露しています。

「坊やが危険な状態にあったとは思いません。ハランビのようなボスゴリラは群れの守護者であり、不思議な新しい状況を調査していたのでしょう。ハランビはそれが無防備な幼い子供であることを理解していたと思われます。ゴリラは通常攻撃しません。野生では攻撃的な種ではありません」

「私は、ゴリラを射殺しなくても子供は殺されていなかったと確信しています。もしゴリラが攻撃に移る場合、まず警告していたはずです。ゴリラが最初にとる行動は胸をたたくことです。私の知る限り、そうした行動は起きていません」

「ハランビ」を殺さなくても坊やを救出する方法はあったという意見はソーシャルメディアだけでなく、専門家からも出ています。

「同じ状況が起きたら、やはり射殺」

これに対して、シンシナティ動物園の園長は「坊やは危険に直面していたわけではないが、足首をつかまれて引きずり回され、負傷していた」「あのような状況下では何が起きてもおかしくない。坊やはリスクにさらされていた」と射殺の判断は間違っていなかったと説明します。

「ゴリラは興奮した状態では非常に強い力を出す動物だ。180キログラムもある動物はとても力強い」「ハランビは興奮し、方向性を失い、混乱した行動をとっていた」「また同じ状況になっても、射殺という同じ判断を下すだろう」

麻酔銃は効き目が出るまでに時間がかかるため、ハランビが坊やに危害を加える恐れがあるとして使用を見送ったそうです。

防護柵を高くしたり、二重にしたりしていれば転落事故は防げていたという指摘に対しては、動物園側は「私たちにはすべて自分の家族の安全を確保する義務がある。4歳ならあらゆるものを登れることを皆知っているでしょう」と両親を非難しました。

親の監督不行き届き

ニシローランドゴリラは絶滅危惧種です。ソーシャルメディアを通じて世論は「何も悪いことをしていないハランビが殺されたのは、親が坊やを見ていなかったからだ」「原因は両親の監督不行き届きにある」と両親の刑事責任まで追及しています。

これに対して母親はソーシャルメディアで「もし私のことを知っていたら、私がいつも子供から目を離さないことを知っているはずです」「事故が起きたのです」「子供の命を助けていただいたことに感謝しています。神様が子供を救ってくださいました」と反論しています。

万一の事態を考えると、シンシナティ動物園が下した射殺判断は、仕方のない緊急避難措置と言えるでしょう。親が目を離した隙に、子供がとんでもないことをしでかすケースも完全にはなくなりません。

動物園で入場者が誤って猛獣の飼育エリアに転落したり、入ったりしてしまう事故は決して少なくありません。筆者は、動物園側がこの事故を教訓に防護柵を高くしたり、二重にしたりする対策をとれば良いのではないかと思うのですが、皆さんはどうお考えでしょうか。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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