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恐るべしロシア・フーリガン ナショナリズムが燃え盛るサッカー欧州選手権

木村正人在英国際ジャーナリスト
ロシア・フーリガンに襲撃され、逃げ惑うイングランド・サポーター(写真:ロイター/アフロ)

終了直前に撃ち込まれた信号弾

11日に行われたサッカーの欧州選手権(UEFA Euro 2016)グループBのイングランド対ロシア戦はとても残念な展開になりました。

主将ルーニーをボランチに下げ、FWにケイン、スターリング、ララーナ、MFにアリ、ディアーと若き才能をそろえた新生イングランドはミラクルな攻撃を繰り出し、1-0のまま逃げ切るかと思われた試合終了直前、「バーン」という大きな爆発音が試合会場のスタッド・ベロドロームに鳴り響きました。

観客席にロシアのフーリガンがイングランド・サポーターに向け、信号弾を撃ち込んだのです。選手の足が一瞬止まります。これで流れが変わってしまいます。ロスタイムの92分、ロシアのV・ベレズツキの山なりのヘディングシュートがふわりとゴールに入り、文字通り土壇場で同点に追いつかれてしまいます。

イングランドはまたも欧州選手権の初戦で勝てませんでした。それにしても、信号弾が持ち込まれるとは昨年の連続テロで厳戒態勢を敷いているはずのフランスのスタジアム警備はどうなっているのでしょう。

イングランドの悲劇はこれで終わりません。ロシアのフーリガンからロケット花火や発煙筒が撃ち込まれ、試合終了と同時にイングランド・サポーター席になだれ込んできます。殴る蹴るの乱暴狼藉にイングランド・サポーターは柵を乗り越え、逃げ惑います。子供を抱いて逃げる父親もいました。

バーディーの妻も逃げる

バーディー選手の妻レベッカさんのツイート
バーディー選手の妻レベッカさんのツイート

この日は出番がなかったレスターの韋駄天FWバーディーの妻レベッカさんはイングランド・サポーターと一緒に観客席で試合を観戦していました。マルセイユで目撃した1日の様子をツイートしています。

11日午後2時「マルセイユに向かっているわ。さあ、イングランド頑張って」

午後6時「イングランド・サポーターと一緒にビールを一杯」

午後11時「こんな最悪な経験をしたのは初めて。理由もなく催涙ガスが撃ち込まれた。扉を閉められ、動物のように扱われた。とてもショックを受けている」

「私のこの目で見たわ。見もしないことにコメントできないけれど、私が見たものは恐ろしく、不要なものだった」

12日午前零時「これは試合が始まる前から起こっていた」

「(著名ジャーナリスト、ピアーズ・モーガン氏のツィートに対し)モーガンさん、これは本当のことよ。彼らは出入り口を閉めた。逃げ場を失った私たちイングランド・サポーターに催涙弾が撃ち込まれたのよ」

GKハートの頭越しにロケット花火

英大衆紙デーリー・メールによると、イングランドのGKジョー・ハートの頭越しに緑色のロケット花火も撃ち込まれました。マルセイユの街ではロシアとイングランドのサポーターが3日間にわたって衝突し、警官隊が警棒や催涙弾を使って取り締まっていました。

BBCのツイート
BBCのツイート

マルセイユの救急隊によると、この日の乱闘で計35人が負傷。このうち1人が意識不明となり、心臓麻痺を起こした人もいます。大手動画投稿サイトYoutubeには、ロシアのフーリガンがイングランド・サポーターを襲撃し、倒れたところを袋叩きにする様子が生々しく記録されています。

フーリガンの本家イングランド

スタジアムの内外で暴力をふるうフーリガンはイングランドが本家本元でした。2005年に出版された『Football Hooliganism(サッカーのフーリガニズム)』によると、サッカーをめぐる暴力は13世紀、英イングランド地方に遡ります。フーリガンが発生するようになったのも1960年代前半のイングランドです。

サポーターがアウェイ(敵地)の試合に乗り込み、対戦相手のサポーターに暴力をふるったり、店や器物を破壊したり、日頃の鬱憤をぶちまけるようになったのです。

こうしたフーリガニズムは70年代前半に欧州全体に広がります。サッカーをめぐる暴力が頻発したイタリア、ドイツ、オランダ、ベルギーでは10試合に1試合の割合で暴力が発生し、サポーターの1割が暴力的だったという調査結果がまとまっています。

しかし転機が訪れます。1985年5月、ベルギー・ブリュッセルのヘイゼル・スタジアムで行われたUEFAチャンピオンズカップ決勝のリバプール(イングランド)対ユベントス(イタリア)の試合前にサポーター同士が衝突、39人が死亡、400人以上が負傷する「ヘイゼルの悲劇」が起きます。

フーリガン問題とは異なりますが、89年4月には、イングランド・シェフィールドのヒルズボロ・スタジアムで行われたFAカップ準決勝のリバプール対ノッティンガム・フォレスト戦で、雑踏警備の不手際から96人が死亡、766人が重軽傷を負う「ヒルズボロの悲劇」が発生します。

これを受けて英国では90年にテイラー・レポートがまとめられました。スタジアムのセキュリティーなど徹底的な対策が講じられ、国内スタジアムでは深刻な暴動は発生しなくなりました。

森の中で戦闘訓練を行うロシアのフーリガン

しかし、フーリガニズムは人間の心の奥底に潜んでいます。フランスのニースでは北アイルランド・サポーターに対して暴力がふるわれました。国や地域の民族対立、宗教対立、極右があおる排外主義、人種差別、社会格差に対する怒りや不満、失業、飲酒などの深刻な社会問題が背景にあります。

サッカーに暴力はつきものと言うものの、今回の暴動は、ウクライナ危機で高まるロシアのナショナリズムや、フランスで極右政党「国民戦線」が勢力を拡大するなど、欧州で排外主義が広がっていることと決して無縁ではありません。ユーロ危機、難民危機、そして英国の欧州連合(EU)離脱問題に揺れる欧州の未来を予兆しているかもしれません。

英大衆紙サンに対し、「ユーリー」と名乗るロシアのフーリガンの1人は「戦闘能力を高めるため、多くのフーリガンは森の中の特別訓練キャンプでトレーニングを積んでいる」「フーリガンの多くは軍隊や警察で働いている」「戦うことに関しては俺達がナンバーワンさ」と息巻いています。

BBCのドキュメンタリー番組は、プーチン大統領に心酔するロシアのネオナチが自衛手段と称してナイフを使った訓練を積む様子を報じたことがあります。

ロシアでは2018年にサッカーのFIFAワールドカップ(W杯)が開かれます。欧州サッカー連盟(UEFA)は「ロシア・サポーターの暴力行為は許容できない」とロシアサッカー連合に対して厳格な処分を下す方針です。しかし、問題はもっと奥深くに巣食っています。フーリガニズムは欧州に広がる闇を映し出しているのです。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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