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英国の首相に靴フェチのオシャレ番長テリーザ・メイ 敗れたエリートのエゴ怪獣

木村正人在英国際ジャーナリスト
靴フェチのテリーザ・メイ内相(写真:ロイター/アフロ)

英国の国難を救うのは女性指導者

英国の首相レースの本命だった欧州連合(EU)離脱派のボリス・ジョンソン前ロンドン市長が保守党党首選への出馬を土壇場で断念したことで、首相候補に急浮上していた2番手のテリーザ・メイ内相が11日、保守党党首、すなわち次期首相に就任することが確実になりました。マーガレット・サッチャー(首相在任1979~90年)以来、約26年ぶり、英国では2人目の女性首相となります。

保守党党首選の下院議員投票(329人)
保守党党首選の下院議員投票(329人)

スペインの無敵艦隊を撃退したエリザベス1世、「欧州の病人」と呼ばれた英国経済を立て直した「鉄の女」サッチャーのように、英国の国難には女性の救世主が現れるようです。というか、第二次大戦を勝利に導いたチャーチル首相を除いて、危機の英国男性は何だかだらしないような気がします。

テリーザは今年、60歳を迎えますが、スラリとした足元や胸元から妖しい魅力を放っています。日本でも「オシャレ番長」と騒がれ始めていますが、メイと言えば何と言ってもオシャレ過ぎる「靴」です。

ヒョウ柄のハイヒール

2002年に保守党初の女性党幹事長として年次党大会で「わが党は意地悪な政党と見られています」と警鐘を鳴らした際、ヒョウ柄をプリントしたハイヒールで登場したことで一躍、注目を集めました。「私は仕事ができる。オシャレで何が悪い」というのがテリーザ流のようです。膝上まであるブーツ、シマウマ模様や宝石を散りばめたハイヒール。真っ赤なウェッジソール。本当にオシャレなんです、テリーザは。硬派のフェミニストと言えるかもしれません。

活動派だった英国国教会司祭の父に影響され、政治家を志したのは12歳のとき。「グラマースクール」と呼ばれる公立進学校からオックスフォード大学に進み、地理学を学んだあと、英中銀・イングランド銀行で6年間働きました。暗殺されたパキスタンのブット元首相の紹介で大学時代に知り合ったバンカーの夫フィリップと1980年に結婚、子供はいません。

フィリップも、ブットやEU離脱派のボリス、マイケル・ゴーブ司法相と同じオックスフォード・ユニオン(学生討論会組織)の会長を務めています。だからボリスとゴーブがいずれ裏切り合うことが分かっていたのかもしれません。オックスフォード・ユニオンの会長選では裏切りが当たり前のように行われているそうです。

経験不足のライバル撤退

保守党党首選は下院議員の投票でテリーザと、EU離脱キャンペーンに加わったアンドレア・レッドソム・エネルギー担当閣外相の2人が残りました。これから一般党員12万5千人の投票が行われ、9月9日に次の党首が発表される予定でした。しかし2010年に下院議員になったばかりのレッドソムではどう見ても経験不足というのが一般的な見方でした。

しかもレッドソムは9日付の英紙タイムズに対し「(3人の子供を持つ)母親である私には英国の未来に非常に大きな利害がある」と述べ、テリーザは子供がいないことを「悲しんでいるに違いない」と発言し、反発を受けていました。この日、レッドソムは党首選からの撤退を発表しました。

レッドソムの突然の撤退表明は、一般党員投票では経験不足のレッドソムが選ばれ、混乱がさらに広がる恐れがあることから、撤退を求める党内外の圧力が強まったと考えられます。

さらに6月23日の国民投票で英国民がEU離脱を選択してから、通貨ポンドが急落し、経済の先行きが非常に危うくなっています。このため、次期首相をできるだけ早く選んでEUとの離脱交渉に臨む体制を固める必要がありました。

強力なリーダーシップが必要

国民投票ではキャメロン首相率いる残留派についたテリーザですが、キャンペーンには深入りしませんでした。残留派にも離脱派にも敵を作らず、真っ二つに割れた保守党を修復するのに相応しい人物とみられています。テリーザはこの日、一般党員投票に向け、こう演説しています。

「第一に私たちには、ごくわずかな特権階級だけでなく、すべての人に当てはまるわが国の大胆で、新しい前向きな未来のビジョンが必要です」

「第二に、わが党とわが国を団結させる必要があります」

「第三に、わが国は経済と政治の不確実性を乗り切るために、EU離脱で英国にとって最善の条件を交渉するために、そして世界における私たちのための役割を押し進めるために、強力で証明されたリーダーシップが必要です」

EU離脱は離脱だ

保守党はかつて富裕層の政党と言われました。1980年代のサッチャー革命で中産階級が急増。その中産階級は労働党や自由民主党を支持するようになり、保守党の支持層は高齢者や単純労働者が中心になっていることが今回の国民投票で図らずも浮き彫りになりました。

テリーザは「英国のEU離脱は離脱だ。私たちはそれを成功裏に遂行する」と断言しています。彼女は内相としては、移民の流入数を10万人までに抑える政府目標を達成できず、イスラム過激派の米国引き渡しや国外退去で欧州人権裁判所と対立しました。しかし、危機管理には定評があります。EU国民投票の再実施と2020年に予定される次期総選挙の前倒しはキッパリと否定しています。「EU離脱省」を設けて、離脱のソフトランディングを目指すとみられています。

日本の報道では英国とEUの新たな貿易交渉がどうなるかに焦点が当たっていますが、テリーザはまず地方の単純労働市場への移民流入にブレーキをかけると筆者は見ます。それをベースラインにして、どの程度までEUとの貿易の自由度が認められるかギリギリの交渉を進めていくと思います。移民制限を視野に入れるスイスと同じスタンスになるのではないでしょうか。

「政界の道化師」失脚

離脱キャンペーンを主導した「政界の道化師」ボリスは離脱派が勝利を収めると一転、トーンダウンしました。ロンドン市長を8年間も務めたボリスは移民なしではロンドン経済が回らないことをよく知っています。EU国民投票を自分が首相になるための手段に使ったのです。これが同じ離脱派でもボリスと違って確信犯のゴーブに疑念を抱かせます。

また、ボリスが多数派工作のため100のポストを300人に空約束し、ゴーブに約束した財務相ポストまで他に提示していたことから、政略的な2人の同盟関係は終止符を打ち、最終的にゴーブに裏切られます。こんな人たちを作り出したオックスフォード大学とオックスフォード・ユニオンの体質というのはいかがなものなんでしょうか。世界をひっくり返しても恥じないエゴ怪獣を英国のエリート教育は作り出してしまいました。

英国の政治では背中から政敵を刺した者は首相になれないと言われます。ゴーブは下院議員の投票で失速、その代わりレッドソムが離脱派の中から急浮上していましたが、所詮、力不足でした。英国在住の移民である筆者としては堅実なテリーザの舵取りに期待するしかありません。

(おわり)

参考:首相候補に急浮上 靴フェチの女傑は英国の救世主か?(週刊文春THIS WEEK)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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