Yahoo!ニュース

瓦礫の中から救出された5歳坊やの写真はシリアに平和をもたらすか 「非日常」が「日常」化した現実

木村正人在英国際ジャーナリスト
反政府団体AMCが公開したシリア・アレッポで救出された坊やの写真

アサド政権とロシア軍の反政府軍勢力に対する無差別爆撃が激化しているシリア第2の都市アレッポから衝撃的な映像が飛び込んできました。まず、反政府側の「アレッポ・メディア・センター」が大手動画投稿サイト、ユーチューブで公開した映像をご覧ください。

崩れたビルの中から1時間がかりで救出され、救急車の中に運び込まれた少年の名はオムラン・ダクニシュ君、5歳です。頭を負傷し、顔の左半分は血のりがベットリこびりつき、ホコリまみれです。泣き叫ぶでもなく、救急車のイスに黙って座っています。

極度のショック状態で言葉を失っているのか、それとも空爆という異常な日常に無感覚になってしまっているのでしょうか。オムラン君の自宅は17日の空爆で破壊されました。両親も3人の兄弟も負傷したものの、助かったとみられています。オムラン君自身も病院で手当てを受け、間もなく退院しました。

グーグルマイマップで筆者作成
グーグルマイマップで筆者作成

アレッポは紀元前18世紀にヤムハド王国の首都として政治的にも経済的にも栄えました。地理的にトルコに近いアレッポはアサド政権にとっても反政府軍勢力にとっても軍事的要衝です。西側をアサド政権が、東側を反政府軍勢力が支配しています。

トルコから反政府軍勢力への武器供給ルートを断つため、アサド政権とロシア軍による無差別空爆が激化しています。問題はアレッポの反政府軍エリアにオムラン君のような一般市民が25万~30万人もいることです。無差別攻撃で飲料水や食料、燃料、医療などのライフラインを断ち、反政府軍勢力を追い払うのがシリアの大統領アサドとロシアの大統領プーチンの常套手段です。

5年半続くシリア内戦で死者は25万~47万人にのぼるとされ、アレッポだけでも子供4500人を含む数千人が死亡したとみられています。

国際子供支援団体セーブ・ザ・チルドレンによると、アレッポやイドリブでは空爆や戦闘が激化し、8月に入ってからだけでもセーブ・ザ・チルドレンのパートナーが運営する6つの学校が爆撃を受けました。

爆撃されたアレッポの様子(セーブ・ザ・チルドレン提供)
爆撃されたアレッポの様子(セーブ・ザ・チルドレン提供)

同団体CEOのHelle Thorning-Schmidt氏はこう語っています。「シリアの子供たちは教育を受けるために地下の防空壕で勉強するなど、重大なリスクを負わされています。授業や試験を受けるのに子供たちはスナイパーの狙撃から身をかわし、危険な検問所をくぐり抜けていかなければなりません」

イドリブの学校では200~300メートル離れたところで「たる爆弾」により女の子が命を落としました。シリア北西部の学校関係者は「ドローン、ヘリコプター、ジェット戦闘機が1日中、飛び回っています」と証言しています。

アレッポの子供たちは飲料水や食料、医薬品不足に苦しんでいます。病院や救急車、民間施設が爆撃や攻撃の対象になっています。8月4~7日だけでも7つの医療施設が攻撃されたそうです。子供たちが爆撃に巻き込まれて負傷したため、7月後半にアレッポにある全ての学校が閉鎖されました。

昨年9月、クルド人のシリア難民アラン・クルディ君=当時(3歳)=の遺体がトルコの海岸に打ち上げられ、地元の女性カメラマンが撮影した写真が世界に衝撃を与えたことを覚えておられる方もおられるでしょう。1枚の写真がシリア難民への同情を一時的に広げました。しかし欧州に流入した難民が100万人を突破する異常事態に世論は急変、難民への風当たりは一気に厳しくなりました。

イラクやシリアの内戦では数え切れないほどの子供たちが命を落としています。しかし、その映像や写真が伝えられることは、それほど多くありません。あまりに暴力的で残酷過ぎるからです。世界の多くの地域で紛争や内戦の「非日常」が「日常」化しています。シリア内戦で「日常」生活を奪われたアラン君の「非日常」を見事に撮らえた写真は一時的でしたが、世界の政治指導者の心を揺さぶりました。

「非日常」が「日常」化したオムラン君の写真は政界の政治指導者を動かすことができるのでしょうか。

Khalid Albaihさんのツイート
Khalid Albaihさんのツイート

カタールの政治風刺画家Khalid Albaihさんがソーシャルメディアのツイッターに1枚のイラストを投稿しました。「シリアの子供たちの選択」と題してオムラン君とアラン君のイラストを並べています。シリアに残ったオムラン君は爆撃で崩れた瓦礫の中から救い出され、エーゲ海を渡って逃げ出そうとしたアラン君は溺れて亡くなりました。

シリア内戦の出口はまったく見えません。大統領選最中の米国は口先で介入することはあっても、本腰を入れて問題解決に動くことはないでしょう。プーチンはアサド政権が劣勢に陥ると、反政府軍勢力の支配地域を無差別爆撃するという戦略を取り続けるつもりです。

人道支援ができるよう「ジェスチャーだけでも見せてほしい」という国連のStaffan de Mistura特使の切実な要請に応じて、ロシアは早ければ来週にも48時間の停戦に応じる用意があると言っています。欧米主要国の間で「内向き」志向が強まる中、シリア内戦は「和平」に向かうよりも「泥沼」化がさらに進んでいると言えるでしょう。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事