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下院議員まで辞任した英前首相キャメロンの屈辱

木村正人在英国際ジャーナリスト
首相官邸を去る前首相キャメロンと家族(今年7月)(写真:ロイター/アフロ)

首相は辞任しても下院議員は続け、次の2020年総選挙での再選を目指すと公言していた英国の前首相デービッド・キャメロン(49)が12日、翌13日をもって下院議員を辞任すると表明しました。声明で「首相を辞任したという環境や現代政治の現実を鑑みた時、首相官邸や政府の後継者を待ち受ける重要な決断の妨げとなるリスクなしに一議員を続けることは非常に難しい」とその理由を述べました。

過去5代の首相を見ても、首相辞任と同時に下院議員を辞任したのは労働党の首相トニー・ブレア(63)だけ。ブレアにはEU基本条約(リスボン条約)の発効に伴って新設される「EU大統領(EU首脳会議の常任議長)」に――という話もあり、政界を完全に引退したわけではありませんでした。

マーガレット・サッチャー(首相在任1979~90年、下院議員59~92年)

ジョン・メージャー(首相在任90~97年、下院議員79~2001年)

トニー・ブレア(首相在任97~07年、下院議員83~07年)

ゴードン・ブラウン(首相在任07~10年、下院議員83~15年)

グラマー・スクール復活

サッチャー以来2人目の女性首相となったテリーザ・メイは「ブレグジット(英国のEU離脱を意味する。BritainとExitの合成語)はブレグジットよ」と英国のEU離脱を成功させることを政権の目標に掲げています。20年までの財政黒字化を掲げて財政再建を進めてきた前財務相ジョージ・オズボーン(45)を更迭。中国国有企業が参画する原発計画の見直しを突然発表し、政権公約(マニフェスト)になかった公立進学校(グラマー・スクール)の復活まで前面に押し出しました。

小学校を卒業したばかりの11~12歳児を選抜試験にかけることについては批判も多く、(1)グラマー・スクール(2)テクニカル・スクール(3)セカンダリー・モダン・スクールの3分岐制は60年代に全廃されました。グラマー・スクールは全盛期、1300校近くにのぼり、子供たちの約4分の1が通いました。現在、イングランド地方に残るグラマー・スクールは163校で、学んでいるのは16万7千人にとどまります。

EU離脱の原因を作ったのは国民投票の実施を決めたキャメロン本人にあり、ブレグジットの悪影響を緩和するため財政出動も避けられません。しかし、グラマー・スクール復活にはキャメロンは同意できないと考えたのでしょう。キャメロンは総合制に民間活力を取り入れたアカデミー校を大幅に導入しており、グラマー・スクール復活はキャメロンのレガシー(遺産)の全面否定になります。

保守回帰

ブレグジット決定を境にイングランド地方を中心に保守化が顕著になっており、保守党内でもキャメロン時代のリベラル色を一掃し、保守回帰を目指す動きが強まっているようです。リベラル政治家のキャメロンにとって保守党は息苦しくなったのかもしれません。次はキャメロンの盟友オズボーンの去就に注目です。

筆者は最大野党・保守党党首時代の07年からキャメロンを見てきました。名門イートン校、オックスフォード大学で学んだエリートだけに演説は非常にうまかったです。08年の金融危機の際は、労働党のブラウン政権を攻撃する絶好のチャンスだったのに英国経済を破綻の危機から救うことを優先し、政権批判を自ら封印しました。

ニュー・ポリティックス

10年の総選挙で単独過半数に届かず、戦時内閣以来という連立政権を自由民主党と組んだ時の記者会見は新鮮でした。新緑が映える首相官邸のローズガーデンで自由民主党の党首ニック・クレッグと「ニュー・ポリティックス(新しい政治)」を掲げ、景気回復と財政再建という難事業に取り組みました。これはブレアとブラウンの両労働党政権が残した負の遺産の清算でした。

オズボーンという名財務相を得て景気回復と財政再建を軌道に乗せ、15年の総選挙で保守党単独政権樹立という成功を収めたキャメロンでしたが、その代償はあまりにも大き過ぎました。連立を組んでいた自由民主党は惨敗。保守党内右派とEU離脱を唱える英国独立党(UKIP)の台頭を抑えるために約束したEU国民投票が残りました。

キャメロンには現外相ボリス・ジョンソン、前司法相マイケル・ゴーブ、世論を味方につける自信がありましたが、「捕らぬ狸の皮算用」に終わってしまいました。EU国民投票のTV討論は9年間聞いてきたキャメロンの演説の中でも最低の出来でした。その名は「EU離脱国民投票を実施した首相」として歴史に刻まれるでしょう。キャメロンは49歳とは思えないほど、白髪が目立つようになりました。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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