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日産ゴーン社長、英政府にEU離脱の「損失補填」約束を要求 モーターショーは曲がり角

木村正人在英国際ジャーナリスト
パリモーターショーで日産の新型車「MICRA」を発表するゴーン社長(日産提供)

【パリ発】パリモーターショーで新型「マイクラ Gen5」を世界初公開した日産自動車のカルロス・ゴーン社長は29日、報道陣に対し、「英政府が欧州連合(EU)からの離脱によってEUの域外関税が適用された場合の補償を約束しない限り、英国の日産サンダーランド工場への新しい投資を見直す可能性がある」との厳しい見方を示しました。

日産サンダーランド工場では約7千人が働き、英国の年間乗用車生産台数の約3分の1に当たる約50万台を作っています。自動車部品などサプライチェーンの雇用も約2万人にのぼります。工場の移転には莫大な投資が必要です。日産がサンダーランド工場を閉めて、人件費の安いスロバキアやハンガリーに生産ラインを移すと言ってもそんなに簡単なことではありません。

出始めた投資への影響

日産は来年早々にも主力の多目的スポーツ車(SUV)「キャシュカイ」などの新型モデルをどこの工場で生産するかを決めなければならないそうです。ゴーン社長はロイター通信や英紙フィナンシャル・タイムズに次のように話しています。

「もし私が次の2~3カ月の間に投資を行う必要があるなら、とても英国のEU離脱が終わるまで待てない。(補償について)英政府との合意がなければならない」「もし何か損失を被るようなことが発生する場合、補償について約束することもできるはずだ。もしEU向けに輸出する自動車に関税がかかるようになった場合、ある種の補償をすると自動車メーカーに約束してもらわなければ困る」

「サンダーランド工場を閉じるつもりはない。日産は英国でのプレゼンスに満足している。サンダーランド工場は偉大な工場だ。日産は良い技術センターを持っている。私は投資を決定するためにすべての情報を得る責任を株主に対して負っている」

日産は総額2億5千万ポンドを投じて、昨年12月、サンダーランド工場で高級車ブランドのインフィニティ「Q30」の生産を開始したばかりです。雇用も300人増やしました。英国のEU加盟を前提とした投資で、日産社内では英国のEU離脱を想像していた人はほとんどいなかったそうです。

英自動車製造販売者協会(SMMT)によると、英国の自動車産業は81万4千人の雇用を生み出しています。昨年の英国国内の乗用車生産台数は前年比3.9%増の158万7700台。日産は同4.7%減の47万6600万台で、インド・タタ自動車傘下の英高級車メーカー、ジャガー・ランドローバーの48万9900台(同9%増)に抜かれて、首位の座を明け渡しました。

3位は独BMW傘下の高級小型車MINIで20万1200台(同12.4%増)。4位はトヨタ自動車の19万200台(同10.4%増)でした。

英国の乗用車生産のピークは1972年の192万台。「英国病」で国際競争力を失ったものの、日系自動車メーカーの進出など外資導入で復活し、2020年に200万台の生産を目指しています。EU離脱をめぐって根拠のない楽観論が広がっていることに対して、警鐘を鳴らしているのは日産のゴーン社長だけではありません。

ジャガーもEU離脱を懸念

ジャガーのハノ・キルナー戦略責任者はモーターショーに先駆けた英国アピール・イベントで「ジャガーは30万人の雇用を支援している。英国のEU離脱で関税が復活したら、自動車の対EU輸出だけでなく、自動車部品などの輸入にも影響が出る。究極的に自動車業界のビジネスや英国の雇用にダメージを与える」と話しました。

ジャガーは高級車の欧米向け輸出が好調で、昨年の販売台数は世界で48万7065台に達し、09年に比べ2倍以上になりました。キルナー氏は「欧州は私たちにとって最大のマーケットで、非常に大切だ。昨年、EU向けの販売は2倍以上増えた」と強調しました。ジャガーは自動車部品の40%をEUから輸入しています。

英国で生産した車の85%をEUに輸出しているトヨタも「もしEU向け輸出の自動車に10%の関税がかかったら、非常に厳しいコスト削減に直面する」と話しています。

出展しなかった米フォード

トヨタの燃料電池自動車「FCV PLUS」のコンセプトカー(筆者撮影)
トヨタの燃料電池自動車「FCV PLUS」のコンセプトカー(筆者撮影)
独フォルクスワーゲンのID電気自動車コンセプトカー(同)
独フォルクスワーゲンのID電気自動車コンセプトカー(同)

世界5大モーターショーの一つ、パリモーターショー「モンディアル・ド・ロトモビル」が最初に開催されたのは1898年です。しかし今年は米フォード、ボルボ、マツダのほか、高級車メーカーのロールスロイス、ベントレー、ランボルギーニ、アストン・マーティンも姿を見せませんでした。SMMT関係者によると、「モーターショーに出展するコストも馬鹿にならない」との見方を筆者に示しました。

仏ルノーの次世代カー「Trezor」(同)
仏ルノーの次世代カー「Trezor」(同)

大きなモーターショーで埋没するより、もっと小さなモーターショーに出展してプレゼンスを高めた方が宣伝費を効果的に使えると考えた自動車メーカーが少なくなかったようです。

伊フェラーリのスーパーカー(同)
伊フェラーリのスーパーカー(同)

(おわり)

参考:EU離脱 関税率10%なら英国の自動車産業は壊滅する

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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