Yahoo!ニュース

「一体、何様」ノーベル文学賞の選考委員が沈黙のディランに逆ギレ 広がる欧米の亀裂

木村正人在英国際ジャーナリスト
ディランの公式サイトから「文学賞授賞」の記述が削除された

「無礼かつ傲慢」

今年のノーベル文学賞に選ばれた米シンガー・ソングライターのボブ・ディラン(75)が公式サイトから文学賞授賞の記述を削除しました。

これについて、選考委員会を兼ねる国立アカデミー、スウェーデン・アカデミー(18人)のメンバーであるペール・ウェストベリ氏が21日、スウェーデン公共放送SVTのインタビューに「ある人は言うだろう。無礼かつ傲慢。一体、何様のつもりなんだ、と」と怒りをぶちまけました。

スウェーデン語で書かれたSVTのホームページをグーグル翻訳で訳してみました。

――ディランの公式サイトから授賞の記述が消えたが

ウェストベリ氏「うーん、想定された事態だ。彼はとても受賞に後ろ向きのようなので、私は驚いていない」

「アカデミーは返事を待っている。もし彼が授賞式に来るのなら大歓迎だ。しかし来なかったら、授賞式のあるノーベル週間に何か別のことをアレンジしないといけない。彼が何と言おうとも、彼に文学賞が授与されたことに変わりはない」

――ディランが何も発言していないことをどう受け止めるべきか

「うーん、アカデミーが何を考えるべきか? ある人は言うだろう。無礼かつ傲慢。一体、何様のつもりなんだ、と」

――彼は手続きに則って返事をして来なければならない

「コメントするのは難しい。これは非常にまれな状況だからだ。授賞式が直前に近づくまで、彼はおそらく返事を遅らせることができるだろう」

――ノーベル博物館によるとディランは800万クローナ(約9500万円)の賞金を受け入れるか、辞退するかの態度を1年間、留保できる

「彼は遅くても来年の10月1日までには返事しなければならない。それまでに返事しないと賞金を受け取る権利は消滅する」

「反抗的なイメージ」を守りたかった?

スウェーデン・アカデミーのHP
スウェーデン・アカデミーのHP

共同通信によると、ウェストベリ氏は「(彼は)あるいは反抗的なイメージのままでいたいのかもしれない」とも発言したそうです。スウェーデン・アカデミーとしては静観の構えを崩しておらず、「傲慢」なのはウェストベリ選考委員なのかもしれません。

これまでの経過を振り返っておきましょう。

スウェーデン・アカデミーは13日、ノーベル文学賞をディランに授与すると発表。授賞理由は「偉大な米国の歌の伝統の中で、新たな詩的表現を創造した」と説明しました。シンガーソングライターへの授賞は初めてで、ニュースは世界を駆け巡りました。

米西部ラスベガスで13日夜、授賞決定後初のコンサートを開いたディランは「風に吹かれて」などを熱唱しましたが、ノーベル文学賞については一切触れませんでした。

ディランへの連絡が全くつかなかったため、スウェーデン・アカデミーのダニウス事務局長は17日、地元のラジオ番組に「授賞を発表して以来、彼を探そうと試みましたが、今は連絡を取ることをやめました」と打ち明けます。

17日にアップされていた「歌詞:1961-2012 ノーベル文学賞授賞」という記述がディランの公式サイトからいつの間にか削除されてしまいます。

ノーベル賞辞退者は過去6人

ノーベル賞の辞退は珍しくありません。辞退者は過去に6人いますが、自分の意思で辞退したのは2人だけです。1964年文学賞のフランスの哲学者サルトルと73年平和賞の北ベトナムの労働党政治局員レ・ドク・トです。

サルトルは「選ばないで」とスウェーデン・アカデミーに手紙を送りましたが、郵便事情が悪く、アカデミーに届いたのは授賞発表後でした。サルトルはその後、仏紙に「賞は全て辞退している」と理由を説明しています。

レ・ドク・トはキッシンジャー米大統領補佐官(当時)との共同授賞でしたが、「米国の停戦違反」を理由に授賞を拒否します。

文学賞では58年、旧ソ連の作家パステルナークが、小説「ドクトル・ジバゴ」の内容が反革命的と見なされ、ソ連共産党の圧力で辞退に追い込まれますが、死後、遺族が受賞しています。

文学賞は無用の長物

ディランへのノーベル文学賞はかなり前から取り沙汰されてきました。ディランの歌詞は文学性が高く、大学でも教えられているほどで、「彼が何と言おうとも、彼に文学賞が授与されたことに変わりはない」というウェストベリ選考委員の評価は間違っていません。

しかし、ディランの方にしてみれば、ノーベル文学賞をもらうことにどれほどの意味があるのでしょう。文学界は賛否両論、インターネット上の米国世論も真っ二つに分かれてしまいました。文学賞を受けたら受けたで、さらなる論争が巻き起こるでしょう。

タイミングも米大統領選最終盤と最悪です。60年代、プロテストソングで公民権運動とベトナム戦争反対の象徴となったディランは、政治の喧騒とは一線を引くようになりました。政治が時代とともに移り変わるように、音楽も変わっていきます。

差別発言を繰り返す不動産王ドナルド・トランプが共和党候補となり、民主党候補のヒラリー・クリントンがエスタブリッシュメント(支配層)の象徴として批判される中で、スウェーデン・アカデミーのディランへの文学賞授与決定はあまりにも政治的過ぎました。

オバマ米大統領への平和賞授賞も、欧州のブッシュ前米大統領嫌いの裏返しです。冷戦が終結し、欧州と米国を結びつけてきた絆が弱まる中で、ディランが文学賞を辞退し、双方の亀裂をさらに広げることにならなければ良いのですが。でも、やっぱりディランにノーベル文学賞は似合わないと筆者は思います。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事