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米国で熱を帯びだした北朝鮮への「先制攻撃」論の本気度

木村正人在英国際ジャーナリスト
北朝鮮のミサイル攻撃に備える防衛省の地上配備型地対空誘導弾PAC-3(写真:ロイター/アフロ)

「ムスダンは来年中にも実戦配備可能」

北朝鮮の核・ミサイル開発が止まりません。ケリー米国務長官は21日、金正恩体制を「違法で不当な政権だ」と厳しく非難しました。最近も北朝鮮は新型中距離弾道ミサイル「ムスダン」の発射実験を繰り返しています。

米ジョン・ホプキンス大学米韓研究所の運営する北朝鮮専門サイト「38North」は、このまま発射実験を繰り返せば北朝鮮は来年中にもムスダンを実戦配備できるだろうと分析しています。

北朝鮮は今年に入って8回のムスダン発射実験を行っています。ムスダンの射程は2500~4000キロで米軍グアム基地をとらえています。ムスダンは1980年代末~90年代初めにかけ旧ソ連から入手した潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)「SS-N-6」を下敷きに開発され、この中型弾道ミサイルを運搬できる輸送起立発射機(TEL)は最大50両配備されているそうです。

北朝鮮の弾道ミサイル(防衛省資料を筆者加工)
北朝鮮の弾道ミサイル(防衛省資料を筆者加工)

北朝鮮はSLBMの発射実験も繰り返しており、「38North」は早ければ2018年後半にも実戦配備される可能性があると指摘しています。北朝鮮は核弾頭を搭載した弾道ミサイルをいつでも移動して発射する能力を身につけつつあります。それだけではありません。北朝鮮は6回目の核実験に向けて準備を進めています。

核実験の準備が進む北朝鮮・豊渓里(38North提供)
核実験の準備が進む北朝鮮・豊渓里(38North提供)

Airbus Defense & Space and 38 North, Includes material Pleiades(C)CNES 2016 Distribution Airbus DS / Spot Image, all rights reserved.

北朝鮮の核・ミサイル開発費は今年だけで2億ドル

北朝鮮が今年実施した核実験は2回。弾道ミサイル発射実験は20回を超えています。韓国外務省の特使が9月、国際原子力機関(IAEA)総会で明らかにしたところによると、北朝鮮が核・ミサイル開発に使った費用は計2億ドル(推計値)を超えるそうです。

これに対し、国連安全保障理事会は追加制裁を協議しているほか、米司法省と財務省は、北朝鮮の核兵器開発に関与し、制裁逃れに加担したとして、中国・遼寧省の貿易会社と幹部4人を刑事訴追しました。米韓両国は合意には至りませんでしたが、米軍戦略兵器の朝鮮半島への常時配備に焦点が当たり始めました。

米大統領選で民主党候補ヒラリー・クリントンの優勢がはっきりする中、ワシントンでは北朝鮮の核ミサイル攻撃から米国や同盟国を防衛するための先制攻撃(Pre-emptive strikes)について真剣に議論されているという話を耳にしました。

北朝鮮への先制攻撃論

マーク・フィッツパトリック氏(筆者撮影)
マーク・フィッツパトリック氏(筆者撮影)

北朝鮮の核・ミサイル問題と核拡散防止の専門家である英シンクタンク、国際戦略研究所(IISS)ワシントン事務所のマーク・フィッツパトリック所長に尋ねてみました。

――北朝鮮による核・ミサイルの脅威は日本の安全保障から見るとすでにレッドライン(越えてはならない一線)を越えていると思います。米国本土の安全保障という観点からは何がレッドラインになるでしょう。いつごろ北朝鮮は米国本土を核攻撃できる能力を獲得するとみていますか

「今後4年以内に、言い換えれば次の米大統領の任期中に北朝鮮は米国本土を攻撃できる核弾頭搭載大陸間弾道ミサイル(ICBM)を開発する軌道に乗る可能性があります。多くの米国人は、北朝鮮がそうした能力の開発に成功することが許容できないレッドラインになるだろうと確信しています」

「しかし私はこのレッドラインが、米国が先制攻撃を発動するレッドラインと考える必要はないと考えています。なぜならミサイル防衛(MD)システムが、少数の北朝鮮のICBMから米国本土を守ることができるからです」

「すでに韓国や日本にある米軍基地は核弾頭を搭載した北朝鮮のノドン(準中距離弾道ミサイル、射程1300キロ)の射程内にあります。これは米国にとって十分深刻な脅威です。北朝鮮はすでにレッドラインになるかもしれなかったことを越えています」

――オバマ米大統領の戦略的忍耐は終わったと思います。米政府は中国の貿易会社を刑事訴追しました。中国の大手銀行が北朝鮮口座を凍結したり、中国当局が北朝鮮の金融機関を調査したりしています。韓国は北朝鮮による核兵器使用の兆候をとらえれば先制攻撃する作戦があると報じられています。米国の対北朝鮮政策は新しいステージに入ったのでしょうか

「『戦略的忍耐』はオバマ政権が北朝鮮に対する核拡散防止戦略を表現する時に使っている用語ではありません。しかし、その言葉は結果を急ぐあまり北朝鮮を甘やかさず、その代わり制裁を通じて圧力を増していく政策を特徴づけています」

「この政策は継続しますが、制裁の厳しさは強められていきます。これは米国単独の政策ではなく、韓国や日本と緊密に連携されたものです。中国とさえ協力していきます。もっと多くの中国の金融機関が対象になるでしょう。もちろん中国当局と相談した後に限ってのことですが」

「私は今後数カ月の間に、北朝鮮高官の亡命を促すような取り組みを含め、他の圧力と合わせて、もっと厳しい制裁が発動されると考えています」

――米国における対北朝鮮先制攻撃の議論をどう見ていますか。単に政治的・外交的なカードに過ぎないのでしょうか

「ワシントンの政策アナリストが北朝鮮に対する先制攻撃という考え方を議論することが増えているのは本当です。他のすべての政策が北朝鮮の核・ミサイル能力が急速に進むのを止められなかったことから、この1年、先制攻撃論が活発になりました」

「しかし、アナリストたちが先制攻撃論を議論しているということは、彼らが先制攻撃論を主張していることを意味していません。彼らは先制攻撃論をいつの日か可能性のある選択肢として考慮する必要があるかもしれないとして語っているのです」

「先制攻撃論を議論する際には、結果を考慮しなければなりません。北朝鮮への先制攻撃は朝鮮戦争を再燃させる引き金となるでしょう。だから先制攻撃は避けなければなりません。戦争はすぐに終わるでしょうが、韓国と北朝鮮に壊滅的な破壊をもたらすでしょう」

「11月に誰が米大統領に選ばれても、北朝鮮の攻撃が今にも起きようとしている確たる情報がない限り、米政権は先制攻撃を行わないでしょう。たとえば、北朝鮮が日本への核弾頭搭載ミサイル攻撃を準備している(ありそうもないことですが)という状況になった場合、米政権は同盟国と相談した上で先制攻撃を命じるでしょう」

「ホワイトハウスは、北朝鮮に先制攻撃は選択肢だと警告するために『すべての選択肢は用意されている』と言い続けることになります」

――ヒラリーが次の大統領になったら、北朝鮮の核・ミサイル開発に対するアプローチはどのようなものになるでしょうか

「ヒラリー・クリントンは北朝鮮を最優先課題にする必要があるでしょう。クリントンの対北朝鮮政策はオバマ時代より厳しいものになります。新しい制裁やおそらく北朝鮮の船舶に対する海上阻止行動を適用するでしょう」

「ある時点で、最初の年ではないでしょうが、クリントンは間違いなく北朝鮮への関与(対話)を探るでしょう。秘密裏に、しかし韓国とは調整しながら。クリントンは制裁だけでは解決できないことを理解するでしょう。北朝鮮にとって制裁の影響が深刻になったら、外交的解決を見出すため関与(対話)する必要が生じてきます」

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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