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「千両役者」ディラン ノーベル文学賞「受賞」で騒動にケリ 川端康成の選考理由も未公開は古すぎる

木村正人在英国際ジャーナリスト
今年のノーベル文学賞に選ばれたボブ・ディラン(スウェーデン・アカデミーHP)

「誰がこんなことを夢見るって言うんだい」

米シンガーソングライターのボブ・ディラン(75)が英紙デーリー・テレグラフ電子版(28日付)のインタビューに対し、今年のノーベル文学賞に選ばれたことについて「もちろん、できることなら(授賞式に出席したい)」と初めて口を開きました。

英紙デーリー・テレグラフの電子版
英紙デーリー・テレグラフの電子版

「信じ難いことだ」「素晴らしい、信じられない。誰がこんなことを夢見るって言うんだい?」と喜びを表現したディラン。文学賞を選考するスウェーデン・アカデミーからの電話を取ることができなかっただけなの?という質問には「今、ここにいるだろう」とだけ答えたそうです。

ディランから単独インタビューした米国の女性記者は1989年以降、何度もディランからインタビューしていますが、「彼は素っ気なくて、予測不能」と言います。大のメディア嫌いのディランがジャーナリストと最後に話したのは2年前。「急進的な彼のパーソナリティが60年間も私たちを惹きつけて止まない秘密」と記しています。

「無礼かつ傲慢」発言の波紋

スウェーデン・アカデミーは今月13日、ノーベル文学賞をディランに授与すると発表しました。しかしディランへの連絡が全くつかず、アカデミーのダニウス事務局長は17日、「今は連絡を取ることをやめました」と発言。

ディランの公式サイトにアップされた「ノーベル文学賞」という記述も削除されたため、スウェーデン・アカデミーのメンバーであるペール・ウェストベリ氏が21日、業を煮やして「無礼かつ傲慢」と非難したことが波紋を広げます。

ダニウス事務局長は「ウェストベリ氏個人の意見であって、スウェーデン・アカデミーの公式な立場ではない」「どのように対応するかはノーベル賞を授与された人の決定に委ねられている」と、ウェストベリ氏とは距離を置きました。

ノーベル賞を権威付けているのは1901年以来続く歴史と伝統、いかなる圧力にも屈しない不動の信念、選考基準の確かさ、そして受賞から50年間、選考理由は公開されない徹底した秘密主義です。

スウェーデン・アカデミーの不協和音がメンバーの個人的な意見であっても外に漏れるのはあってはならないことで、ノーベル賞の権威を揺るがすものです。

1年かけて選考

佛教大学論文目録リポジトリにある大木ひさよさんの論文「川端康成とノーベル文学賞」から文学賞の選考過程を紹介してみましょう。大木さんは2010年以降、スウェーデン・アカデミーに赴いて公開された資料の閲覧を続けているそうです。

毎年9月以降、文学ノーベル委員会は世界各国の作家協会会長、大学の教授・研究者、過去の文学賞受賞者、スウェーデン・アカデミーのメンバーに600~700通の推薦状の依頼を送ります。翌年2月1日までに返送されてきた推薦状をもとにリストを作成。候補者は300~350人にのぼり、リストには重複を除いて200人の名前が挙げられます。

文学ノーベル委員会(5~6人)が第一選考を行い、5月末ごろまでに15~20人の最終候補者リストを作成。次にスウェーデン・アカデミーのメンバー18人が、手続きが適正かどうかを厳重に調査し、メンバー全員が読めるように対象作品の翻訳を進めます。作品を読んだ後、9月中旬に第1回目の選考会議を開くなど、発表当日まで数回の会議を経て、最終的に投票で決めるそうです。

選考基準の移り変わり

選考基準の変遷についてスウェーデン・アカデミーのシェル・エスプマルク氏が02年にノーベル賞100周年記念国際フォーラム「創造性とは何か」で次のように話しています。

ノーベル賞の創設者であるアルフレッド・ノーベルが求めた要件は「人類の福祉に最大の貢献」を行ったことで、文学賞には特に「理想的な方向性」が付け加えられました。

1901~12年の第1期は「崇高にして深遠な理想主義」が重視され、教会や国家、家族を神聖とみなす保守的な理想主義古典主義的特質を備える理想主義者の美意識に特徴づけられるそうです。このため無政府主義のトルストイや、自然主義のイプセンやゾラには授与されませんでした。

12年以降は「慎重な方向転換」が行われ、インドの詩人、タゴールの受賞で欧州の城壁が崩れます。戦争や紛争で当事国でない北欧の小国が優遇されるようになりました。20年代は「理想的な」という要件が「深い人間的な思いやり」と解釈され、バーナード・ショーやイェイツに授与されます。その一方で、古典主義的な文学観は維持されました。

30年代、要件の「人類」は「普通の読者」とされ、米国のベストセラー作家シンクレア・ルイスや著名な散文作家パール・バックに授賞されます。

45年以降、「パイオニア(大胆な改革者)」路線に転換。ヘッセやジッドが受賞します。68年、ヨーロッパ言語以外の作家として日本の川端康成が最初の受賞者に選ばれます。

78年、全く無名のシンガーが受賞。以降、注目されていない傑作や未知の作家を発掘する例が目立つようになります。80年以降は、ナイジェリアのウォーレ・ショインカ、エジプトのナギーブ・マフフーズら受賞者の「グローバル化」が進みます。

2016年、シンガーソングライター、ディランへの授賞で文学賞は大きな時代の節目を迎えたことになります。

選考理由は50年間、門外不出

しかしノーベル賞創設から1世紀以上が経ち、詳しい選考理由を50年間も門外不出にしていることが果たして現代でも意味を持つのでしょうか。西洋の優位は揺るぎ始め、ICT(情報通信技術)の発達で世界はフラットになりました。スウェーデン・アカデミーの徹底した秘密主義がノーベル文学賞の重みを増した時代は終わったような気がします。

より多様で透明性の高い選考の過程と基準を世界に示すことが、時代とともに移り変わるノーベル文学賞の価値を高めていくのではないでしょうか。50年の秘密主義はこのご時世、少なくとも20~30年ぐらいに縮める必要があると思うのですが、皆さんはどう思われますか。川端康成がノーベル文学賞に選ばれた理由が公開されるのは2019年だそうです。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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