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トランプ米大統領誕生で世界はひっくり返る

木村正人在英国際ジャーナリスト
熱狂するトランプ支持者(写真:ロイター/アフロ)

またも外れた世論調査

米紙ニューヨーク・タイムズによると、米大統領選挙で共和党候補のドナルド・トランプ(70)が激戦州のフロリダ州やオハイオ州などを制し、勝利することが確実となりました。民主党候補のヒラリー・クリントン(69)は遠く及びませんでした。

世界市場はトランプ米大統領誕生の恐怖に怯え、大荒れに荒れています。

今年6月、英国で行われた欧州連合(EU)国民投票と全く同じ展開になりました。EU離脱派が勝利したとき、ゴルフ場オープンのため英スコットランド地方を訪れていたトランプは「英国民が自分たちの国を取り戻したのは偉大な出来事だ」と称賛しました。

そして投票日を直前に控え「ブレグジット(英国のEU離脱)にプラス、プラス、プラスした状況に向かっている」と手応えを見せました。投票日当日の8日発表された16の世論調査はすべてヒラリーが2.8~5.3ポイントリードしていたので、最後の最後でトランプは大逆転したことになります。

EU国民投票で予想を大外しした英世論調査会社YouGovのピーター・ケルナー前会長は今年9月、筆者に「世論調査はヒラリー優勢となっているが、私は疑っている」との懸念を示しましたが、その不安は見事に的中してしまいました。

英世論調査協議会会長を務めるストラスクライド大学のジョン・カーティス教授によると、EU国民投票や今回の米大統領選のように選択が強い感情を引き起こす場合、現在の世論調査モデルでは当事者の胸の内を正確につかむことは難しいそうです。

グローバル化の敗北

世論調査でグローバル派の代表選手ヒラリーを支持した人が実際に投票に行ったかと言えば話は別です。グローバル派の若者やエリートはなにやかやと忙しいのです。

EU国民投票で若者たちは普段以上に投票所に足を運んだのですが、暇を持て余す離脱派の高齢者にはとても及びませでした。それが離脱派勝利の一因にもなりました。

ヒラリー支持者は頭の中では投票に行かなければと分かっていても、現在の政治と経済の流れを変えないと自分たちの生活はますます貧しくなるトランプ支持者ほど投票に行く強い動機はありません。トランプに1票を投じた人に共通するキーワードは「ホワイト」「反エリート」「ブルーワーカー」「男性」「怒り」でした。

ヒラリー最大の敗因は、指名候補争いのライバルだった自称「民主的社会主義者」の上院議員バーニー・サンダースを副大統領候補に指名しなかったことでしょう。第三の候補に流れた票をヒラリーが取り込むことができていれば、結果は変わっていたかもしれません。

グローバル化で、製造業の生産拠点は海外に移され、多くのブルーワーカーは仕事を失いました。失業者の増加は賃金を押し下げます。1日に2回働かなければならない人が増える一方、米国の超多国籍企業はタックスヘイブン(租税回避地)や米税制の抜け穴を利用して自国ではほとんど法人税を納めていません。

怒るなという方が無理なほど、格差は開いていたのです。

拡大する下流社会

公開されているピュー研究所のデータをもとにバブルチャートを作ってみました。横軸は2000年から14年にかけての229都市圏(米国全人口の76%)の人口変化率、縦軸は世帯収入(中央値)の変化率です。バブルの大きさは人口を表しています。

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人口はグラフの右側の方向に増える一方、世帯収入は下の方向に下がっていることが一目瞭然です。バブルの大きさは人口を表しているので、収入の下がった世帯がものすごく増えていることが分かります。

ICT(情報通信技術)は製造業のようには雇用の裾野を広げてくれません。ICTの発展は今のところ雇用を増やすよりも縮小する方向に、世帯収入を減らす方向に作用しています。

米国民のことを第一に考えようという「アメリカニズム」を唱えたトランプの勝利は、米国のエリート層が決めてきたグローバル化という弱肉強食ゲームのルールを変えてほしいという切実な声なのです。

日米同盟にも影響

トランプ大統領の登場で、米国の外交・安全保障政策は保護主義と孤立主義に大きく傾きます。自由貿易を加速させる環太平洋経済連携協定(TPP)や環大西洋貿易投資協定(TTIP)交渉が見直されるのは必至です。トランプ大統領は、自国産業保護を優先し、安倍晋三首相のアベノミクスによる通貨安誘導には強く反対するでしょう。

米国の後退でグローバル経済が逆回転を始めれば、世界経済は減速する恐れがあります。超多国籍企業やエリート層への累進課税、製造拠点の国内回帰といった保護主義政策がとられる可能性があります。

北大西洋条約機構(NATO)や日米同盟などに関し、米国の負担を減らすため同盟国にさらなる負担を求めてくるのは避けられません。アジア地域で中国の台頭を抑える米国の圧力は弱まり、日本は沖縄・尖閣諸島の防衛で中国にかなり揺さぶられるかもしれません。

東南アジア諸国連合(ASEAN)が一気に中国になびく可能性が出てきました。

出所:筆者作成
出所:筆者作成

ロシアのプーチン大統領はトランプと相性が良く、米露で今後の世界秩序を決める新ヤルタ会談を開く方向で動いていく恐れがあります。この流れに日本も必然的に巻き込まれていきます。新ヤルタ会談に招かれるのが中国の習近平国家主席なのか、安倍首相かで大きな違いが出てくるからです。

それにしてもトランプ政権を支える顔ぶれはどうなるのでしょう。トランプ大統領の暴走に歯止めをかけられるチームが結成されることを望みます。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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