【トランプのアメリカ】新聞やテレビなど誰も気にも留めていなかった
「ローマ法王がトランプを支持した」
米大統領選で共和党候補のドナルド・トランプ(70)が勝利したことは米国の民主主義が変質したことを物語っています。英BBC放送の報道番組ニューズナイトによると、民主党候補ヒラリー・クリントン(69)の支持を表明した米国の日刊紙は229紙、週刊誌は131誌。これに対しトランプを支持していた日刊紙はわずか9紙、週刊誌は4誌だったそうです。
新聞、雑誌だけでなく、米3大ネットワークのNBC、CBS、ABCも世論形成力を完全に失いました。というよりデマとプロパガンダが民主主義を大きく左右する時代になったのです。
米大統領選の期間中、こんな「とんでもニュース」がソーシャルメディアを通じて独り歩きしました。「ローマ法王がドナルド・トランプを支持した」「俳優のトム・ハンクスがトランプを支援している」
米国では4人に1人、約8160万人がカトリック教徒(米紙ウォール・ストリート・ジャーナル)です。ローマ法王がトランプを支持したという話が本当なら選挙に大きな影響を与えます。
ソーシャルメディアで流布した「とんでもニュース」の真偽を確認している民間サイト「ファクトチェック.ORG」によると、2つとも全くのデタラメでした。
「ローマ法王がトランプを支持した」というデマの発信源は「WTOE5」というデタラメのニュースをまき散らすサイトでした。実際にはトランプがメキシコ移民の流入を防ぐため国境に壁をつくると発言したとき、ローマ法王は「どこであろうと架け橋ではなく、壁を作ろうとする人はキリスト教徒ではない」とトランプを暗に批判しています。
ハンクスがトランプを支援しているという話は、CBSのインタビューでレポーターから「トランプ大統領になっても心の用意ができていますか」と質問されたハンクスが「小さな商工会議所のプレジデント」と揶揄したあと、「もしトランプが大統領になったとしても、米国は大丈夫。トランプが理由ではないけれどもね」と答えた一部だけを切り取って伝えたものでした。
「メディアの権力」の凋落
1979年、米国のジャーナリスト、デイビッド・ハルバースタムは著書『メディアの権力』で「第四の権力」とまで呼ばれるようになった新聞やテレビなどの勃興、政治権力との癒着を描きました。それから40年近い歳月が流れ、マスメディアは政治権力とは最も遠い存在になりました。インターネットがすべての権力構造を塗り替えてしまったのです。
トランプ人気はテレビのリアリティー番組『アプレンティス』で最高3千万人近い視聴者を集めたのが始まりです。
インターネットの普及で米国の新聞離れは急激に進みました。2015年の米シンクタンク、ブルッキングス研究所の調査では1940年代には3人に1人以上が新聞を読んでいましたが、2000年代になって15%以下に減ってしまいました。新聞社の数も1945年から2014年にかけ1749紙から1331紙に減りました。
米ピュー研究所によると、新聞社の編集局で働く人の数も下のグラフのようにどんどん減っています。2006年以降、減少ペースが加速しています。これでは取材にかける人・時間・金が減り、伝えるニュースの質も下がってしまいます。
経営体力のない地方紙の閉鎖が相次ぎました。大手新聞社のニュースサイトやテレビの3大ネットワークが伝えるのはワシントンやニューヨークなど大都市のニュースが中心です。地方に密着したニュースを伝える媒体が極端に減り、地方ニュースの量も質も著しく落ちてしまったのです。
こうした空白を埋めたのがフェイスブックなどソーシャルメディアでした。米国の大人の62%がソーシャルメディアでニュースを読んでいます。2012年には49%でした。ソーシャルメディアで新聞やテレビのニュースを読む一方で、ウソかホントか分からないデマを簡単に信じ込んでしまう人も増えました。
英国のEU国民投票では大衆紙がウソを垂れ流した
英国の欧州連合(EU)国民投票では大衆紙が率先してウソかホントか分からない「とんでもニュース」を垂れ流し、EUや移民、難民への嫌悪をあおりました。それに比べて米国のマスメディアは随分、真面目に報じていたと言えそうですが、エスタブリッシュメント(体制側の支配層)に都合の良い情報が多かったようです。
米中西部から大西洋岸中部に広がる脱工業地帯「ラストベルト」など空白地帯の声をしっかり伝えることができていたら米大統領選の展開も変わっていたかもしれません。
トランプのツイッターのフォロワーは1458万9976人。これに対してヒラリーは1094万2250人です。
トランプ陣営はマスメディアをすべて敵に回しても、ソーシャルメディアを通じた情報の拡散でエスタブリッシュメントの象徴ヒラリーを倒すことができました。というよりソーシャルメディアで受けるような極端な発言と政策を繰り返し、トランプワールドを作り出すことに成功したとも言えるでしょう。
ホントかどうかよりも、受けるかどうか、どれだけ拡散するかが勝負の分かれ目でした。
マスメディアも既存政党も20世紀のレガシー(遺産)にしがみつき、草の根の読者や支持者との新しい関係を構築する努力を怠ってきました。トランプはその空白を狡賢く利用しただけなのです。
21世紀はデジタルがスタートラインになります。トランプの方がマスメディアや既存政党よりその流れをしっかりつかんでいたと言えるでしょう。
(おわり)