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【トランプのアメリカ】アマゾンが血祭りに上げられる 労働者の搾取と租税回避を是正せよ

木村正人在英国際ジャーナリスト
米アマゾン会長のベゾス(写真:ロイター/アフロ)

グローバリズムの潮目が変わった

米大統領選に共和党候補ドナルド・トランプ(70)が勝利してから、これまでの常識が一変しました。「建前」より「本音」が重視され、新自由主義(ネオリベラリズム)とグローバリズムの潮目が180度転換しました。最大の勝者だった超多国籍テクノロジー企業が敗者に転じるかもしれません。その象徴が14日までに時価総額で350億ドル失ったアマゾンと会長のジェフ・ベゾス(52)です。

急落するAmazonの株価(Yahoo! Financeより)
急落するAmazonの株価(Yahoo! Financeより)

純資産による米国長者番付「フォーブス400」によると、ベゾスは純資産を200億ドル増やして670億ドルとし、マイクロソフト共同創業者ビル・ゲイツ(61)に次いで全米2位。まさに飛ぶ鳥を落とす勢い。一方、トランプは37億ドルで、121位から156位に転落しています。

フォーブス400で2位になったベゾス
フォーブス400で2位になったベゾス

トランプに白旗上げたベゾス

ベゾスは大統領選の期間中、トランプを激しく非難しました。

「地球上の半分の人々は政治指導者を批判したら投獄されるか、さらにひどい目にあう国に住んでいる。僕らは表現の自由が認められた民主主義の下で生活している。大統領候補は『私は最も重要な国の大統領選に立候補している。どうか私を検証して』という態度で臨むべきだ」(今年5月、トランプがアマゾンと傘下のワシントン・ポスト紙を頻繁に批判していることに対して)

「トランプは彼を調査している人々に報復を加えると脅している。ライバル候補(ヒラリー)を刑務所にぶち込むだろうと言っている。こうした言動は大統領候補としてふさわしくない」(今年10月)

これに対してトランプは「ワシントン・ポスト紙は財産を失った。ベゾスが利益を生まない会社を買収したのは税金対策だ」「もしアマゾンが公正に税金を納めなければならなかったら、株価は暴落し、紙袋のようになる。ワシントン・ポスト紙がそれを救った」とツイッターで反撃。

さらにアマゾンはいろんな企業を買収し、反トラスト法に違反している、ワシントン・ポスト紙を使って自分を攻撃していると批判してきました。

トランプの当選が決まった後の10日、ベゾスはこうツイートしました。「ドナルド・トランプさん、おめでとう。あなたが米国の大統領として偉大な成功を収めることを心からお祈りしています」。グローバリズムの推進者である民主党候補ヒラリー・クリントンが敗北し、ベゾスが白旗を上げた格好でした。

ワシントン・ポスト紙の編集長マーティン・バロン(62)は映画『スポットライト 世紀のスクープ』でその名が世界中に知れ渡りました。米紙ボストン・グローブの編集長時代、調査報道班「スポットライト」に指示して、カトリック教会による児童性的虐待の組織的隠蔽を報じます。

インターネットの全盛期、ワシントン・ポストのような名門紙と言えど、ICT(情報通信技術)の巨人ベゾスに買収されなければ立ち行かなくなりました。バロン編集長は、ワシントン・ポスト紙のトランプ報道について、「オーナー(のベゾス)から何の指示も受けていない」と説明しています。

アマゾンの暗部

ビッグデータによるアルゴリズムを使って企業利益の最大化を図るアマゾンは「早く、安く」という消費者のニーズに応える一方で、多くの問題をまき散らしています。読者の購読料で新聞経営ができなくなったワシントン・ポスト紙が決して報じないだろうアマゾンの暗部があります。

英BBC放送の調査報道番組「インサイド・アウト」が英国でアマゾンの荷物を配送する運転手の過酷な労働条件を報じています。アマゾンは英国の配送会社を使い、この配送会社が自営業の運転手と契約を結んでいます。

「インサイド・アウト」の潜入取材によると、配送に使われるバンの整備が十分に行われていない上、運転手が1日に決められた荷物をさばくため12~15時間も働いているのがざらでした。1日に配達する荷物は最低でも100個、平均して150~200個で、クリスマスシーズンになると300個に膨れ上がります。

朝7時半から8時に配送センターに行き、その日配達する荷物を1時間かけてバンに積み込みます。アルゴリズムがすべてを管理しており、到着してから荷物を届けて車に戻ってくるまでの時間は3分。受取人に渡したら言葉もかわさず、荷物を渡したらすぐに車に戻るよう運転手は指示されています。

配達中、車内で大便

その日のうちに決められた荷物を配達できないとペナルティーが科されるので、高速道路を時速190キロ以上で飛ばすという運転手もいます。時間を短縮するためシートベルトをしなかったり、トイレを探している暇はないので車中にボトルを持ち込んで用を足したりするケースも常態化しているそうです。我慢できずバンの荷台で大便をしたという話も紹介されています。

報告されたケースでは、1日12時間、3日間働いて実際に手にした賃金は93.47ポンド。法定の最低賃金は時給7.2ポンドなのに、実際は2.59ポンド(約350円)でした。

自営業の運転手を雇うことで、こうした搾取を隠しているのです。アマゾンはBBCの取材に対して「我々はボーナスを除いて時給12ポンドを保証している」と反論しています。しかし「インサイド・アウト」では多くの関係者がアマゾンの配送をめぐる過酷な労働実態を報告しています。

13年にも英国のアマゾン配送センターの潜入ルポが報じられたことがあります。それによると、サッカー場を9つ合わせた広大なアマゾンの配送センターでは、オレンジ色のベストを着た数百人の労働者が働いています。情報端末が本を棚から集める最も効率の良いコースを表示し、もたもたしていると「急げ」のシグナルが送られてきます。

薬物・アルコール中毒検査をクリアした労働者は最低賃金に近い金額で3カ月働いた後、正社員になるチャンスを与えられます。配送センターの仕事は4分類されます。他の場所から送られてくる本の受け取りライン、配送するための荷造りライン、本を棚に収納する係、注文のあった本を棚から集めてくる係です。

本を集める係の人は情報端末を片手に手押し車を押して、1日8時間、コンピューターの指示通り倉庫の中を歩き回ります。昼休みは30分。歩行距離は1日11~24キロ。配送センターから出る時は何も盗んでいないかをチェックする探知機を通らなければなりません。

アマゾンのマネージャーは配送センターで働く労働者について「あなた方は人間の姿をしたロボットのようなものだ」「人間オートメーションと表現しても良いかもしれない」とつぶやいたそうです。

「消費者のため」は本当か

アマゾンは06年に欧州本部をVAT(付加価値税)が20%の英国から15%のルクセンブルグに移しました。11年に英国での売り上げが33億5千万ポンドもあったのに、納めた法人税は180万ポンドでした。アマゾン、スターバックス、アップルなど米国の国際企業は国際競争を勝ち抜いて消費者に安価な商品を提供するためには、法人税を低い国で納めて節約する必要があると主張しています。

こうした租税回避行為には国際課税の網がかけられつつあります。

しかしアマゾンのビジネスが成功すればするほど、目抜き通りの量販店は消え、従業員は大量解雇される運命にあります。トランプ勝利で、アマゾンなど超多国籍テクノロジー企業の株価が下がる一方、アマゾンによって敗者に転じていた小売大手の株価が戻しているそうです。

『21世紀の資本』が大ベストセラーとなったトマ・ピケティらの調査では米国のトップ0.1%の平均年収は608万ドル。ボトム90%の平均年収は3万3千ドルと大きな格差ができています。

英国の欧州連合(EU)離脱決定や米大統領選でのトランプ勝利の根底には、グローバル資本に搾取される労働者の怒りがあります。

グローバリズムを推進する政治家はアマゾンのような超多国籍テクノロジー企業から献金を受け取り、彼らのビジネスにとって有利な税法や貿易協定を作っていきます。真面目に働いても生活していけなくなった労働者が怒るのは当たり前です。

米国でも英国でも本来ならワーキングクラスに寄り添っていなければならない民主党や労働党の政治家がグローバリズムの旗を振り、バーニー・サンダースやジェレミー・コービンのような非主流派の政治家しかグローバル資本の搾取を批判してきませんでした。

この悲劇に早く先進国の政治指導者たちが気づかない限り、反エスタブリッシュメント(支配層)、反エリートに対する嵐はまだまだ吹き荒れるでしょう。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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