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安倍首相のトランプ詣で アジア太平洋はオバマ時代より安定する

木村正人在英国際ジャーナリスト
トランプと会談した安倍首相(トランプのFBより)

海外首脳では初の会談

安倍晋三首相は17日、トランプ次期米大統領が所有するトランプタワー内にある自宅で、通訳を交え1時間半近く会談しました。トランプは、意気投合している英国独立党(英国のEU離脱を党是とするポピュリスト政党、UKIP)のファラージ党首とも会談していますが、米大統領選後に海外の首脳と会談するのは安倍首相が初めてです。日本の首相が就任前の次期大統領と会談するのも異例だそうです。

一方、最後の外遊として欧州を歴訪している現職のオバマ米大統領はベルリンで、ドイツのメルケル首相と会談しました。このあと、オバマは後任のトランプに対し、「ロシアが我々の価値や国際的な基準から外れた時はロシアと対峙することを望む」と対ロシア政策がリアルポリティックス(現実政治)的なアプローチに偏り過ぎないよう釘を刺しました。

トランプと握手する安倍首相(首相官邸HPより)
トランプと握手する安倍首相(首相官邸HPより)

現実政治派のトランプ、安倍首相と、リベラル民主主義を最優先にする理念先行派のオバマ、メルケルの違いがくっきり浮かび上がりました。ベルリンの壁が崩壊して27年余、新自由主義(ネオリベラリズム)が主導したグローバリズムと民主主義による平和と繁栄の時代は大きな曲がり角を迎えました。

安倍首相はこの夏、オバマを被爆地の広島に迎え、日米の和解と絆を世界中に強調したばかりです。しかし、その一方で安倍首相は北方領土交渉をめぐってロシアのプーチン大統領の訪日を呼び掛けるなど、したたかな現実政治を展開してきました。

安倍首相が真っ先にトランプのもとに馳せ参じたのは、節操がないようにも映りますが、環太平洋経済連携協定(TPP)や北朝鮮の核・ミサイル問題、中国の海洋進出をめぐり次期大統領と信頼関係を築いていくことが非常に重要だからです。

また選挙期間中、民主党候補のヒラリー・クリントン前米国務長官と会談していることもあり、バランスを取っておく必要がありました。

中東、アジア太平洋の同盟国重視

トランプが米大統領選で当選した後、海外の首脳と電話で話した順番を見ると、トランプ外交は中東、アジア太平洋の同盟国を重視し、次に欧州の同盟国という全体像が浮かび上がってきます。同盟国の頭越しにイランや中国と交渉することを好んだオバマ外交とは明らかな違いが出ています。

ワシントン・ポスト紙によると、当選直後の11月9日に電話で話した国は次の通りです。

(1)エジプト(2)オーストラリア(同国のプロゴルファー、グレグ・ノーマンがトランプの友人で個人的な電話番号を知っていた)、アイルランド、トルコ、インド、日本、メキシコ、イスラエル、韓国(英紙ガーディアンの報道ではサウジアラビアも)

翌10日がドイツ、英国。

14日にはプーチンと中国の習近平国家主席と話しています。

「関係正常化に向けともに積極的に取り組んでいく必要性を確認。直接会談に向け準備」「対等で、互いに尊重し、相手国の内政問題に干渉しないことを原則に、トランプ政権との間でパートナーとして対話していく」(ロシア大統領府)

「協力こそが両国にとって唯一の正しい選択。双方は協力を強め、両国経済の発展と世界経済の成長を促進しなければならない」(中国当局)

安倍・トランプ会談の内容

安倍首相はトランプにゴルフクラブを、トランプは安倍首相にゴルフウエアを贈ったそうです。ゴルフで盛り上がった会談について安倍首相は以下の通り話しました。

日米関係について話し合うトランプと安倍首相(首相官邸HPより)
日米関係について話し合うトランプと安倍首相(首相官邸HPより)

「正に今、人事でお忙しい時に、時間を割いていただきました。二人で、ゆっくりと、じっくりと胸襟を開いて、率直な話ができたと思っています。大変温かい雰囲気の中で会談を行うことができたと思っています。共に信頼関係を築いていくことができる、そう確信の持てる会談でありました」

「中身につきましては、私は私の基本的な考え方についてはお話をさせていただきました。様々な課題についてお話をいたしました。まだ次期大統領は正式に大統領に就任していない、そして、今回は非公式の会談であるということから、中身についてお話をするということは差し控えさせていただきたいと思いますが、二人の都合の良い時に、再び会って、さらにより広い範囲について、そしてより深くお話をしようということで一致いたしました」

「個別具体的なことについてはお答えできませんが、同盟というのは信頼がなければ機能しません。私は、トランプ次期大統領は正に信頼できる指導者であると、このように確信しました」

これに対し、トランプは自らのフェイスブックに安倍首相とツーショットの写真を掲載し、「私の自宅に安倍首相が立ち寄り、偉大な友情を始めることができたのは喜ばしいことだ」と書き込みました。

トランプの最優先課題は対中貿易赤字の解消だ

ツイート大魔王のトランプが日本についてツイートしたのは昨年から5回です。うち3回がネガティブなツイートです。

「TPPは米国のビジネスに対する攻撃だ。日本の通貨操作を止めていない。これは(米国にとって)悪い取引だ」(2015年4月22日)

「TPPは日本の通貨操作を止めていない。中国が参加する裏口も設けられている。TPPは撤回されなければならない。我々は米国の労働者を守る必要がある」(15年5月19日)

「オバマ大統領は日本を訪問中、真珠湾へのだまし討ち攻撃を話題にしたのかい。数千人の米国人が亡くなった」(今年5月28日)

中国については9回ツイートし、対中貿易の赤字などネガティブなツイートは8回です。過激派組織ISと同列に扱われていることもあります。

出所:米商務省国際貿易局のデータをもとに筆者作成
出所:米商務省国際貿易局のデータをもとに筆者作成

米商務省国際貿易局のデータをもとに2015年の貿易赤字(財)を見てみましょう。中国からの輸入が増えるにつれ、米国内の製造業が潰れていったのは間違いありません。

米国内の雇用を復活させるために、トランプは選挙期間中、中国からの輸入品に45%、メキシコから輸入している自動車に35%の関税をかけると公言しました。完全に実施することはあり得ないでしょうが、トランプが公約を守ろうとすると対中国貿易への対応は避けては通れないでしょう。

安倍首相はこれまでの慣習を破って、思い切ってトランプの懐に飛び込みました。国際政治が、ベルリンの壁崩壊後の自由と民主主義の陶酔感から醒め、リアルポリティックスに大きく舵を切る中、プーチンや習近平より先に動いたのは正解だと思います。TPPの戦略的な意味、中国の海洋進出の狙い、北朝鮮の核・ミサイルに対する防衛協力についてはトランプの大統領就任後、膝を交えてじっくり話していくことになるでしょう。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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