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狙われたドイツのクリスマス 雑踏へのトラック突入テロ呼びかける過激派 ISが犯行声明

木村正人在英国際ジャーナリスト
ベルリンのクリスマス・マーケットに突っ込んだテロ犯のトラック(写真:ロイター/アフロ)

ベルリンで12人死亡のテロ

クリスマス・マーケットでにぎわうドイツの首都ベルリン中心部のブライトシャイドプラッツ広場で19日夜、大型トラック(ポーランドで登録)が雑踏に突っ込み、少なくとも12人が死亡、48人が負傷するテロが起きました。トラックの助手席でポーランド人男性(37)が射殺されていました。

ドイツ警察当局は難民認定を申請している23歳のパキスタン人男性を逮捕しましたが、釈放しました。警察当局は地元の新聞に「間違って逮捕した恐れがある。テロ実行犯は(短銃などで)武装したまま逃走しており、新たな攻撃への警戒が必要だ」と話しています。

過激派組織ISは20日、ベルリンのトラック突入テロについてISの犯行だと声明を出しました。

パキスタン人男性に関しては欧州難民危機の最中の2015年12月にバルカン半島経由でドイツに到着したあと、難民認定申請を行ったと報じられています。

トルコの首都アンカラでも19日、ロシアの駐トルコ大使が男に銃撃され、死亡しました。現場で警官隊に射殺された銃撃犯は「シリアを忘れるな」と叫んでいたことから、シリア内戦に軍事介入したロシアへの報復テロの疑いが強まっています。ISなどが世界中で同時多発テロを呼びかけている可能性もあり、各国の治安・情報当局は警戒を強化しています。

標的にされる「最後の良心」ドイツ

英国の欧州連合(EU)離脱決定、米大統領選で「イスラム教徒の米国入国禁止」を主張して当選したトランプ次期大統領の勝利と、欧米諸国は反移民・反難民・反イスラムの暗雲に覆われています。キリスト教社会のクリスマスシーズンを狙った残忍な一撃は「最後の良心」とも言えるドイツ社会を大きく揺るがしています。

出所:ユーロスタットのデータをもとに筆者作成
出所:ユーロスタットのデータをもとに筆者作成

ユーロスタット(EU統計局)の難民認定申請(一次審査)件数の推移を見てみましょう。来年に総選挙や大統領選を控えるオランダ、フランス、ドイツの中ではドイツがずば抜けて多いことが分かります。トルコからギリシャへの難民流入をシャットアウトするEU・トルコ合意やハンガリーなどが有刺鉄線で国境を封鎖したおかげで難民認定申請件数は16年8月の8万9705件をピークに11月には2万4570件まで激減しています。

15年の欧州難民危機で「門戸開放」を宣言したメルケル独首相への国内外の風当たりは厳しく、今回のテロで、反難民の新興政党「ドイツのための選択肢」副議長は英BBC放送のラジオ番組に出演し、「こんなに多くの難民をドイツで受け入れることは不可能だ。これまで私たちの知る限りトラック突入テロ犯は難民の1人だ(その後、誤認逮捕の可能性が浮上)」と非難しています。

100万人以上の難民が流入したドイツは、フランスと並んでISなどイスラム過激派組織の標的にされています。ドイツのムスリム(イスラム教徒)人口は470万人で全体の5.8%です。難民に比較的寛容だったドイツで反難民の空気が強まれば、イスラムと西洋の溝が一段と広がり、西洋との最終戦争を唱えるISの思う壺にハマってしまいます。

難民住宅への放火は年1050件

ドイツでは15年4月以降、テロ未遂やテロが続発しています。16年2月にはベルリンでテロを計画していたISとつながりを持つアルジェリア人3人を逮捕しています。7月に南部ミュンヘンで9人が犠牲になる銃乱射事件が起きています。

イスラム嫌いやイスラム社会に対する暴力が急増し、14年から15年にかけ嫌悪犯罪が77%も増え、15年には難民の住宅への放火が1050件にも達しています。難民危機とテロのダブルパンチに見舞われているメルケル首相は20日、「ドイツは一つになって悲しんでいる。凶悪で常軌を逸した出来事だ」と結束を強調し、現場で開かれた追悼式に参加しました。

その一方で「もし今回の事件に関わった人物がドイツで難民認定を申請し、庇護を求めている者だった場合、私たちがその事実を受け止めるのは非常に難しくなるでしょう」との懸念も示しました。

安全と豊かな暮らしを求めてドイツにやって来たものの、思うように仕事につけず、中には路上生活を強いられている難民家族もいます。失望が絶望に変わればISなどのプロパガンダに洗脳され、西洋へのテロで鬱憤を晴らそうという難民が出てきても何の不思議もありません。

メルケルVSトランプ

これに対して、米国第一主義を唱えてきたトランプ氏はツイッターで「今日、トルコやスイス、ドイツでテロがあった。状況は悪くなる一方だ。市民世界は考え方を変えなければならない」と指摘しました。フランスの極右政党「国民戦線」のマリーヌ・ルペン党首もツイッターで「私たちの義務は早く、強く行動することだ」と主張しました。

フランス南部ニースでは16年7月、花火見物を終えた市民や観光客に大型トラックが突入し、86人が死亡する事件が起きています。事件後にISは、チュニジア出身のテロ犯(死亡)がISの信奉者だったとの声明を出します。

フランス検察当局はこれまでに9人を起訴していますが、動機は未だにはっきりしません。過激化に加え、テロ思想に魅入られ、しかも心理的な問題が複雑に絡んでいた可能性があります。

手軽に誰にでもできるテロ

国際コンサルタント会社IHSジェーンズ・テロリズム&反乱センター(JTIC)のオツォ・イホ上級アナリストは次のように分析しています。

「ISや国際テロ組織アルカイダを含むイスラム武装グループは頻繁に、簡単で誰にでもできて大量の犠牲者を発生させる方法として混雑している場所を大型トラックなどの車で攻撃するよう呼びかけてきました」

「86人の犠牲者を出した7月の仏ニースのトラック突入テロでこの戦術が絶大な効果をもたらすことは証明済みです。車を使ったテロ攻撃は新しい戦術ではありません」

「ニースのトラック突入テロ以外にもフランスでは14年12月、16年1月に、カナダでも14年10月に、英国でも13年5月に車を使った攻撃が行われていますが、被害が大きくなかったため、注目されませんでした。イスラエルやパレスチナのヨルダン川西岸地区では頻繁に使われている戦術です」

「11月22日に米国務省はクリスマスシーズンに欧州でテロのリスクは高くなると警告を発していました。ホリデー・フェスティバルや催し、屋外のマーケットを標的にISがテロ攻撃を計画しているという信用に足る情報を持っていると米国務省は表明していました」

「欧州で観光名所など注目を集める場所での警戒レベルは上がっています。にもかかわらず、ISに刺激を受けた一匹狼テロリストや、ISから直接連絡を受けたり、作戦支援を受けたりしている個人や組織細胞によるさらなるテロのリスクは上昇しています」

「治安・情報当局がトラックなどを使った誰にでもできるテロの警戒エリアの安全を確保するのは非常に難しいことです。テロ犯を見つけ出し、未然に防ぐのは非常に難しいでしょう」

すべてのテロを防ぐことはできないという厳しい現実に欧州は直面しています。

国境を開放し、人の移動を自由にすることが平和と繁栄をもたらすのでしょうか。それともトランプ氏やルペン党首が強硬に主張するように国境を閉ざし、自国のことに専念することがテロの防止につながるのでしょうか。

17年秋に総選挙を控えるメルケル首相だけでなく、西洋、いや世界が大きな岐路に立たされています。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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