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「恋ダンス」踊ったケネディ駐日米大使のパブリック・ディプロマシー

木村正人在英国際ジャーナリスト
恋ダンスを踊るケネディ駐日米国大使(同大使のツイッターより)

12月20日終了したTBS系人気ラブコメ・ドラマ「逃げるは恥だが役に立つ(逃げ恥)」のエンディングで流れる「恋ダンス」をケネディ駐日米国大使が踊り、大きな話題になっています。ケネディ大使は愛らしいサンタクロースのコスチュームを着て、「逃げ恥」で津崎平匡役を演じたシンガーソングライターの星野源さん作曲「恋」に合わせて踊っています。

東京の米国大使館、在札幌米国総領事館、在名古屋米国領事館、駐大阪・神戸総領事館、在福岡領事館、在沖総領事館の米国人外交官と職員、米国大使館の公式ソーシャルメディア親善大使「豆夢(とむ)くん」やスペシャルゲストとして熊本県の「くまモン」も参加して総勢50人と3キャラクターがコミカルな「恋ダンス」を披露する動画がユーチューブにアップされ、わずか1日で160万回以上も視聴されました。

親日家のケネディ大使は1957年、父ジョン・F・ケネディ米大統領と母ジャクリーンさんの間に生まれ、3~6歳の間、ホワイトハウスで過ごしました。オバマ大統領から指名され、2013年11月に初の女性駐日米国大使として着任しました。先の米大統領選では大方の予想を裏切って共和党候補のトランプ氏が当選、日本大使として最後となるクリスマスにケネディ大使は最高のパフォーマンスを日本に見せてくれました。

着任後しばらくは日本と米国のカルチャーギャップにぶつかったものの、日米の架け橋をさらに強固なものにしたケネディ大使の足跡を振り返ってみましょう。

13年11月15日、成田空港に到着したケネディ大使は記者団に「日本を称賛するオバマ大統領の代理として駐日米国大使を務められることを光栄に思います」と第一声を発しました。

「父の残した公務に尽くすという使命を推し進め、日米両国の緊密な関係の強化に取り組めることは特に名誉なことです。(略)日米同盟は平和で繁栄する世界にとって非常に重要です」

「光栄にも天皇陛下に信任状を奉呈。忘れられない日になりました」(11月19日)。翌20日、首相公邸で安倍晋三首相と会談し、「ともに仕事ができることを光栄に思います」と語っています。

12月10日には被爆地・長崎市の原爆資料館を訪れ、「深く心を動かされました。できる限り、被爆者の活動を支援していきたい。核軍縮に向けてさらに努力すべきだと感じました」と感想を述べています。しかしケネディ大使は日本の伝統と文化を重んじる保守層と衝突します。

安倍晋三首相が12月26日、靖国神社に参拝すると、駐日米国大使館は「日本は大切な同盟国であり、友好国である。しかしながら、日本の指導者が近隣諸国との緊張を悪化させるような行動を取ったことに、米国政府は失望している。米国は、日本と近隣諸国が過去からの微妙な問題に対応する建設的な方策を見いだし、関係を改善させ、地域の平和と安定という共通の目標を発展させるための協力を推進することを希望する。米国は、首相の過去への反省と日本の平和への決意を再確認する表現に注目する」との声明を発表しました。

衝突はさらに広がります。

「米国政府はイルカの追い込み漁に反対します。イルカが殺される追い込み漁の非人道性について深く懸念しています」(14年1月18日)

14年3月、ケネディ大使はNHK番組「クローズアップ現代」のインタビューで、安倍首相の靖国参拝について「地域情勢を難しくするような行動は建設的ではない」「日米が一緒に取り組むべき重要な任務があると思う。それを困難にするものについては失望する」と述べ、中国や韓国との関係悪化に懸念を表明しました。

しかし安倍首相が集団的自衛権の限定的行使を容認し、日米同盟を強化したことを境に空気は一変します。7月1日、米国大使館で岸田文雄外相と会談し、集団的自衛権の限定的行使を容認する閣議決定に「日本だけでなくアジア太平洋地域にとって重要なステップ。日本の取り組みを歓迎し、支持している」と述べています。

8月6日には広島市で営まれた平和記念式典に初めて参列。16年5月にはオバマ大統領が現職の米国大統領として初めて広島を訪れます。そして安倍首相は12月27日に米ハワイ・真珠湾を訪問する予定です。ケネディ大使が安倍首相と会った回数は少なくとも28回にのぼっています。

ケネディ大使の橋渡しで安倍首相とオバマ大統領の日米関係は揺るぎないものになりました。クリスマスを前にしたケネディ大使らの「恋ダンス」のメッセージは視聴率が20%を超えた「逃げ恥」最終回に合わせたタイミングに加え、日本特有の「kawaii(かわいい)文化」というツボを押さえています。

靖国やイルカといった反発のツボと真逆のツボをケネディ大使は見事につかみました。外務省ホームページによると、「伝統的な政府対政府の外交とは異なり、広報や文化交流を通じて民間とも連携しながら外国の国民や世論に直接働きかける外交活動」のことをパブリック・ディプロマシーと言うそうです。

「グローバル化の進展により、政府以外の多くの組織や個人が様々な形で外交に関与するようになり、政府として日本の外交政策やその背景にある考え方を自国民のみならず、各国の国民に説明し、理解を得る必要性が増してきています。こうしたことから『パブリック・ディプロマシー』の考え方が注目されています」(外務省HPより)

日本の外務省もパブリック・ディプロマシーに力を入れていますが、テロの続発で殺伐とした空気をほのぼのとさせたケネディ大使の「恋ダンス」を見習う必要がありそうです。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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