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プーチンとトランプが核軍拡に言及 虚構だったオバマの「核なき世界」

木村正人在英国際ジャーナリスト
核攻撃を許可できる米軍の「核のフットボール」(黒いブリーフケース)(写真:REX FEATURES/アフロ)

プーチン「ミサイル防衛をかいくぐるミサイル開発を」

ロシアのプーチン大統領が22日、「我々は戦略的核戦力の軍事的な可能性を強化する必要がある。既存またはこれから配備されるいかなるミサイル防衛(MD)システム網を確実にくぐり抜けることができるミサイルを開発しなければならない」と述べました。

米国と北大西洋条約機構(NATO)はイランに対するミサイル防衛のためとして地中海に米イージス艦を展開するとともに、ルーマニアやポーランドにレーダーや迎撃ミサイルを配備する計画を進めています。プーチン大統領はこのMDシステムがロシアの核抑止力を損なうとして激しく反発してきました。

シンクタンク、欧州外交評議会(ECFR)へのポーランド国際問題研究所(PISM)Jacek Durkalec氏の寄稿によると、これまでもプーチン大統領はNATO加盟国に対して核兵器使用をちらつかせるシグナルを送ってきています。2014年8月、NATOに対して核兵器保有国のロシアに楯突くなと警告しています。その2カ月後にはソ連最高指導者フルシチョフ(1894~1971年)のキューバ危機における核の瀬戸際戦略を称賛しました。

「クリミア危機では核兵器の使用を準備」

また15年3月、ロシア国営放送のドキュメンタリー番組でクリミア併合に際して核兵器を使えるようにする用意はあったのかと質問されたプーチン大統領は「我々にはその準備があった」「私は同僚にクリミアは我々の歴史的な領土だと言った」と答えています。

ロシアは、米国を含むNATO加盟国の領空に核兵器を搭載できる爆撃機を何度も接近させています。回数や規模、程度は無視できる範囲を超えており、核攻撃を思わせる挑発の度合いもエスカレートしています。

14年3月、大規模な戦略核の演習を実施。同年5月、プーチン大統領は司令官も参加した演習の議長を務めています。15年2月には核兵器の簡易演習を統括しています。ロシアは核兵器と通常兵器の能力を密接に絡めたこれまでとは異なる作戦を指揮する用意をしていることを露骨にうかがわせています。

核廃絶を唱える米国科学者連盟(FAS)によると、ロシアの核弾頭は長距離の戦略用、短距離の戦術用を含めて約4500発が備蓄されています。このほか最大2800発が解体を待っていますが、まだ使用可能です。ソ連崩壊以来20年間、ロシアの戦略核は縮小してきましたが、その傾向は終わりを告げそうです。

15年11月、プーチン大統領がロシア軍の司令官と会議をしている際、おそらく意図的に、核兵器搭載型の無人航行原子力潜水艦を説明するスライドがTVで大きく映し出されました。スライドには「沿岸部にある敵国経済の重要な部分にダメージを与え、敵国領土を広範囲にわたって放射能で汚染、長期にわたって軍事、経済、その他の活動ができない損害を加える」と明記されていました。

トランプ「核戦力の強化と拡大」

ミサイル防衛をかいくぐるミサイル開発に関するプーチン大統領の発言を受けて、米国のトランプ次期大統領はこうツイートしました。「米国はロシアが核兵器の増強をやめない限り、核戦力の大幅な強化と拡大を行わなければならない」。しかし、これだけのツイートではいったい何を言いたいのかさっぱり分かりません。

トランプ氏はこれまでの米紙のインタビューで核兵器使用に対する懸念を示す一方で、より多くの国による核軍拡レースの可能性を示唆してきました。一時は北朝鮮の核・ミサイル開発に対抗するため、日本や韓国による核武装が必要になる可能性についても言及したことがあります。が、プーチン大統領に比べると、トランプ氏の核戦略は輪郭さえはっきりしません。

米国科学者連盟によると、米国は弾道ミサイルや爆撃機に搭載できる核弾頭4670発を備蓄し、廃棄される核弾頭も多くあります。1930発が実戦配備され、このうち1750発が弾道ミサイルや爆撃機の基地にあり、戦術核180発が欧州の基地に配備されています。米露両国は世界中の核兵器の93%を保有する核のスーパーパワーです。

オバマ米大統領は09年4月のプラハ演説で「核保有国として、唯一、核兵器を使用した国として、米国は行動を起こす道義的な責任を有しています」「私は核兵器なき平和で安全な世界を目指す米国のコミットメントを宣言します」と表明しました。

11年に新戦略兵器削減条約(START)が発効しましたが、12年にプーチン氏が大統領に復帰すると核軍縮の機運は一気に後退してしまいます。もしトランプ次期大統領が核弾頭数を増やすことになればジョンソン米大統領(1963~69年)以来のこととなります。

「質」の核軍拡

オバマ大統領は今後30年間にわたって1兆ドルを使って米国の核兵器を近代化する計画を進めています。米国の国家核安全保障局(NNSA)と空軍は昨年、米ネバダ州の砂漠で核重力爆弾B61-12の核抜き投下テストを行いました。

B61-12の核出力は広島に投下された原爆のわずか2%で、付随的被害や放射性下降物の影響を最小限に止めるよう設計されています。北朝鮮の核実験トンネルや武器庫、製造工場を狙いすまして破壊することができ、ウクライナのクリミア併合を強行したプーチン大統領の拡張主義に対する抑止力にもなります。

核弾頭の数は減っても米露両国が核兵器の近代化を進めるのは避けられず、「量」ではなく「質」の核軍拡レースは「核なき世界」を唱えたオバマ大統領時代からすでに始まっています。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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