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2017年最大のリスクはやはり「トランプのアメリカ」Gゼロの世界が到来した

木村正人在英国際ジャーナリスト
英国の「ボンファイア・ナイト」でモチーフになったトランプ。世界を炎上させるのか(写真:REX FEATURES/アフロ)

スーパーパワーなき「Gゼロ」や「Gゼロ」後の世界を描いた米政治学者イアン・ブレマー氏らが率いる米ユーラシア・グループは3日、毎年恒例の2017年10大リスク予想を発表しました。タイトルは「地政学上の後退」です。

やはり新年最大のリスクは予測不可能なトランプ大統領が誕生する米国です。トランプが米国の国益を最優先にすることで、アジア太平洋地域で中国の影響力を拡大し、ロシアのプーチン大統領が武力行使を含め権謀術数をめぐらす余地がさらに大きくなります。10大リスクを大雑把にまとめると、こんな感じです。

(1)国際的な責任を放棄した米国

トランプの大統領選スローガンは「アメリカ・ファースト(米国第一)!」と「米国をもう一度偉大な国に」です。これは米国の孤立主義を意味するのではありません。米国の力を米国の利益のために使うということです。トランプは断固たる単独行動主義者です。

米国のテロ対策のためなら海外であっても過激派組織ISに空爆することをためらわないでしょう。しかしビジネスマンのトランプは国際機関や同盟国とはウィン・ウィン関係が成立しなければ関与しない傾向が強くなるでしょう。負担ばかりが大きい「世界の警察官」役から下りることを米国の有権者も望んでいます。

アフガニスタン、イラク戦争、リビア、シリアへの軍事介入は米国を疲弊させただけというのがトランプの考え方です。中国が台頭するアジア太平洋地域で米国がプレゼンス(存在感)を低下させれば、中国にとって大きなチャンスになります。

習近平国家主席は「中国はグローバリゼーションの新しいリーダーだ」と宣言しました。新年、スイスで開催される世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)にも中国の国家主席として初めて参加します。

ロシアは米大統領選で民主党サイトをハッキングしたように、オランダ総選挙、フランス大統領選、ドイツ総選挙をターゲットに「ハッカー攻撃」を仕掛けてくるでしょう。北大西条約機構(NATO)への米国の関与が弱まればプーチンの野望に火をつける恐れがあり、シリア軍事介入の成功は中東への影響力を増す跳躍台になりそうです。

(2)中国の過剰反応

習は秋の第19回全国代表大会(党大会)で再任されるかどうか正念場を迎えます。党中央政治局常務委員会の人事をめぐり水面下では凄まじい権力闘争が始まっています。習は中国経済、特に「核心的利益」と位置づける台湾、チベット、香港、南シナ海、東シナ海の主権問題に関して背を向けるわけにはいきません。

トランプはすでに、台湾の蔡英文(ツァイインウェン)総統と電話会談しています。1979年の米中国交正常化以来、米国の大統領や次期大統領が台湾総統と電話会談をしたことが公にされるのは初めてでした。米テレビ番組では米中関係の出発点となってきた「一つの中国」原則について、トランプは「どうして我々が縛られなければならないのか」と疑問を呈しました。

トランプは選挙期間中から対中貿易の大幅な赤字、人民元の為替レートについて再三にわたって攻撃してきました。核心的利益で他国と衝突した場合、秋の党大会を控える習が過剰反応する危険性は極めて強いと言えるでしょう。中国経済の悪化を防ぐため過剰な景気刺激策、資本規制をとった場合、世界経済への悪影響が懸念されます。

(3)支持基盤弱まるドイツのメルケル首相

9~10月のドイツ総選挙でメルケルが4選を果たすのは間違いないでしょう。しかし反難民・移民、反ユーロを唱える新興政党「ドイツのための選択肢」の台頭で、社会民主党(SPD)と再び大連立を組まなければ4選を果たすのは難しく、連立政権が占める議席数は大幅に減る見通しです。

難民問題、テロ対策、ギリシャ債務問題に加え、フォルクスワーゲンやドイツ銀行といったドイツ主要企業の不祥事が相次いでいます。ドイツや欧州連合(EU)を取り巻く問題はどんどん大きくなっているのに、メルケルの政権基盤が弱まるのは避けられません。

英国なきあとEUを牽引していくパートナー、フランスの大統領選では反EUの極右政党・国民戦線のマリーヌ・ルペン党首が決選投票に進出するのは確実です。しかもそのルペンはプーチン崇拝を隠していません。対抗馬である中道右派・共和党のフィヨン候補も親ロシアの立場を表明しています。

ハンガリーのオルバン首相はロシアに接近しています。プーチンに対抗するメルケルの足元はぐらぐらしています。今ほど「強いメルケル」が求められる時はないのに、メルケルのパワー低下は不可避の状況です。欧州の情勢は一段と厳しくなるでしょう。

(4)進まない改革

アルゼンチン、ブラジル、フランス、ドイツ、インド、メキシコ、ナイジェリアで改革が停滞し、イタリア、ロシア、サウジアラビア、南アフリカ、トルコ、英国では後退の恐れも。

(5)テクノロジーと中東

テクノロジーは経済成長と効率化の推進力となる一方で、中東では政治の不安定さを悪化させてしまいます。中東の権威主義体制は依然として安定を保つため秘匿性を必要としているからです。

(6)政治化する中央銀行

この10年間で初めて、中央銀行が新興国のみならず、米国やユーロ圏、英国で攻撃対象になっています。中央銀行の独立性が脅かされているのです。政治批判を受ける中央銀行はスケープゴートにされる恐れがあり、世界市場のリスクになりかねません。

(7)トランプ政権とシリコンバレー

米シリコンバレーのテクノロジー企業は米大統領選で反トランプの立場を鮮明にしました。テクノロジー企業は無人化を進めますが、トランプが求めているのは雇用の創出です。テロ対策をめぐるプライバシーと安全の議論でもトランプとシリコンバレーは対立する恐れがあります。

皮肉にもトランプ大統領を誕生させたのは既存メディアではなく、テクノロジー企業が生んだツイッターやフェイスブックなどのソーシャルメディアです。そしてトランプは法人税減税を掲げており、これにはシリコンバレーも大歓迎です。

(8)トルコ

昨年のクーデター未遂をきっかけに、ますます権威主義体制を強化するエルドアン大統領。米国に亡命中のイスラム教指導者ギュレン師の勢力やクルド人勢力との対立も深まり、テロも頻発しています。北大西洋条約機構(NATO)加盟国のトルコがロシアに急接近していることも不安材料です。

(9)北朝鮮

北朝鮮の核・ミサイル開発は進み、すでに約20発の核兵器を製造できる核物質を保有しているとみられています。弾道ミサイルに搭載できる核弾頭の小型化や米国の西海岸を攻撃できる大陸間弾道ミサイル技術の取得にも近づいています。米国の政策担当者はアラスカを核攻撃できる能力を越えてはならない一線とみています。

トランプが北朝鮮に対して高圧的な態度に出れば、米中関係が悪化する恐れがあります。北朝鮮の核・ミサイル開発に絡んで中国の銀行への金融制裁を強化すれば、さらに緊張は高まりそうです。

(10)南アフリカ

ズマ大統領をめぐるアフリカ民族会議(ANC)内外の反対が強まり、こうした政治危機が南アフリカ経済と地域の安定性を損なう恐れがあります。

トランプ米大統領の誕生がとんでもないリスクになるのは避けられそうにありません。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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