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トヨタも標的「国境税支払え!」トランプの「ツイッター砲」炸裂 保護主義で米労働者と世界を救えるか

木村正人在英国際ジャーナリスト
トランプの保護主義が世界貿易を直撃する(写真:ロイター/アフロ)

やり玉に挙げられたGM

米国のトランプ次期大統領の「ツイッター砲」が炸裂し続けています。世界最大の国内総生産(GDP)と軍事力を持つ次の最高権力者のツイートに、世界中の政府関係者、メディアが朝から晩まで振り回されています。

1月3日、トランプはツィッターで「ゼネラルモーターズ(GM、米自動車メーカー)はメキシコで生産したシボレー・クルーズを関税なしで米国に逆輸入して(販売して)いる。米国で生産するか、さもなくば巨額の国境税を支払え!」と批判の矛先を向けました。

トランプは米国やメキシコ、カナダが結ぶ北米自由貿易協定(NAFTA)の見直しを唱えているほか、米メーカーが海外で生産した製品を米国に逆輸入して販売する場合、35%の関税をかけると主張しています。

GMは昨年、米国で約19万台のシボレー・クルーズを販売しています。このうち18万5500台は米オハイオ州の工場で生産され、ハッチバック式の4500台がメキシコで組み立てられました。労組関係者は米TV局ABCに「オハイオの工場にはハッチバック式の生産ラインがないから仕方がない」と話しました。

GMは昨年11月、オハイオとミシガンの工場でそれぞれ約1250人と約800人を一時解雇(レイオフ)すると発表しています。

トランプの軍門に降ったフォード

4日、トランプは「メキシコでの新工場建設を取りやめ、米国に700人の新たな雇用を生み出すフォードに感謝する。これは始まりに過ぎない。あとに続くメーカーがもっと増える」とツイートしました。

3日にフォードはメキシコで進めていた16億ドルの新工場建設計画を中止し、代わりに7億ドルをかけて米ミシガン州の生産規模を拡大すると発表しました。

5日には「トヨタは米国にカローラを輸出するためにメキシコに新しい工場を立てる計画がある。絶対にダメだ。米国に工場を建てるか、それとも国境税を支払うかだ」と日本の自動車メーカーにもツイッター攻撃を仕掛けてきました。

メキシコは北米(NAFTA 圏)の自動車供給拠点として急成長を遂げています。世界金融危機で米自動車メーカーの北米での生産能力は3分の2に減りましたが、大部分の削減は米国で行われました。一方、メキシコでは、日産自動車、ドイツのフォルクスワーゲン(VW)、米ビック3のGM、フォード、クライスラーが設備投資を増強するなど、生産能力は拡大する一方です。

メキシコの労賃が米国平均に比べ6分の1から7分の1と低いのを利用して、利が薄い小型車を中心に生産が拡大しています。メキシコで生産された自動車の約8割は輸出され、その8割が米国向けです。若年労働力が豊富なメキシコの労働コストは今後20年近く上昇しないとみられており、トランプが大統領になりさえしなければバラ色の未来が開けていました。

自由貿易圏の功罪

国際自動車工業連合会(OICA)のデータをもとに世界各国の自動車生産台数と新車登録・販売台数を見てみましょう。中国が生産台数、販売台数とも断トツに多いのですが、若干ながら販売台数が生産台数を上回っています。米国は販売台数が生産台数を大幅に上回っており、その差を輸入に頼っています。規模こそ違え、英国も米国と同じような状況です。

出所:OICAデータをもとに筆者作成
出所:OICAデータをもとに筆者作成

生産拠点を労働者の賃金が安い海外に移して逆輸入した製品を国内で販売すれば製品価格は下がるかもしれませんが、自国の失業は間違いなく増えるでしょう。米大統領選ではもともと民主党の支持基盤だった米中西部ラストベルト(さび付いたポスト工業地帯)で職を失った有権者がトランプ支持に回り、番狂わせの原動力になりました。

NAFTAや欧州連合(EU)のような自由貿易圏のメリットは(1)関税を撤廃することで貿易量が飛躍的に増える(2)製品価格を押し下げる(3)経済成長率を押し上げる(4)雇用を生み出す(5)直接投資が増える(6)お役所仕事を減らす――ことです。

反対にデメリットもあります。(1)米国の自動車製造のように比較優位を失った産業では大量の失業者が出る(2)経済移民の流入が単純労働者や半熟練労働者の賃金を押し下げる――ことなどです。当たり前のことですが、メリットもあればデメリットもあるのです。

保護主義の誘惑

世界貿易機関(WTO)が昨年7月に発表した報告書によると、2015年10月中旬から16年5月中旬にかけWTO加盟国が新たに実施した貿易規制措置は154件。1カ月当たり平均22件の新たな貿易規制措置が導入されていました。その前は1カ月当たり15件のペースで、11年以来、最速のペースで保護主義が世界貿易を覆い始めています。

08年の世界金融危機をきっかけに実施された貿易規制措置は2835件にのぼりますが、16年5月半ばまでに撤回されたのは約4分の1の708件に過ぎません。経済が悪化すれば保護主義への誘惑は必然的に強まります。1930年代、大恐慌のあと工業国のブロック経済化が進み、世界貿易は一気に収縮、国際社会の政治的対立が強まり、第二次大戦の大きな原因となります。

その反省から大戦後、米国は自由貿易を旗印に掲げます。トランプは保護主義を唱える大戦後初の米大統領です。GMへの「国境税」はトランプが得意とする政治パフォーマンスに過ぎないのかもしれません。しかし本当に米国が保護主義に舵を切ってしまうと、世界貿易は急減速してしまうでしょう。

自由貿易は比較劣位から比較優位の産業への人・モノ・資本の移行を促し、ウィンウィンの関係を生むと考えられてきました。しかし急激なまでのその進展は、比較劣位に陥った先進国の労働者を追い詰めてしまいました。グローバル化とデジタル化がもたらす産業構造の転換に対応できるよう政府はデジタル時代に即した教育や職業訓練、就職支援が求められています。

トランプのようにスケープゴートを見つけ出し、徹底的にやり込める政治手法は、政治・経済・社会で疎外された人たちの鬱憤晴らしには良いのかもしれませんが、根本的な問題解決には何一つなりません。

(おわり)

参考:「成長を続けるメキシコ自動車産業の課題と展望」

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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