Yahoo!ニュース

勝つのはどっちだ! トランプ景気とは言うものの「不確実性増し、投資は減速の恐れ」世銀が警鐘

木村正人在英国際ジャーナリスト
米ドル、中国の人民元、勝つのはどっちだ(写真:ロイター/アフロ)

世界銀行は10日、世界経済見通しを発表しました。世界経済の成長ペースは、世界金融危機後の最低水準までスローダウンした2016年の2.3%から17年は2.7%にまで回復するそうです。前回見通し(昨年6月)に比べると-0.1ポイントの下方修正です。日本は0.4ポイントの上方修正です。

出所:世銀発表をもとに筆者作成
出所:世銀発表をもとに筆者作成
同

回復の原動力になったのは新興・途上国の経済成長です。16年は英国の欧州連合(EU)離脱決定と米大統領選で共和党のトランプ候補が当選する大サプライズがありました。第二次大戦後に確立された自由貿易体制、そしてグローバリゼーションは大きな曲がり角を迎えています。

世界貿易は伸び悩み、投資は減速、これからどんな政策がとられるか不確実性が増しています。世銀の発表によると「世界の政策の不確実性インデックス」は英国のEU離脱決定、トランプ当選でうなぎ登りの状態です。

出所:世銀発表より抜粋
出所:世銀発表より抜粋

注目は何と言ってもトランプが大統領に就任する米国です。選挙期間中に発表されたトランプの公約は景気刺激策のてんこ盛りです。これが実現されると米国経済が勢いを増し、世界経済に思わぬ成長をもたらす可能性があります。

世銀のリードエコノミスト、フランチスカ・オンスローガ氏はトランプ大統領誕生による政策シナリオは全く読めないので加味していないと断った上で「米国経済の成長が加速することによって世界経済は17年に0.1%ポイント、18年には少なくとも0.3%ポイント押し上げられる可能性がある」と説明しました。

世銀のオンスローガ氏(筆者撮影)
世銀のオンスローガ氏(筆者撮影)

トランプ政権が公約通り法人税を35%から15%に減税した場合、17年、米国経済の成長率を2.2~2.5%に、18年は2.5~2.9%にまで加速させる可能性があるそうです。

トランプの公約がどこまで実施されるのか確かなことは何一つ言えません。保護主義の圧力は強まり、金融市場が混乱する負のリスクが世界経済の前に立ちはだかります。トランプの公約を振り返っておきましょう。

(1)民間投資を促し、10年以上にわたって高速道路や橋、トンネル、空港、学校、病院など1兆ドルのインフラ整備を行う

(2)2500万人の雇用創出、年平均3.5%の経済成長を実現

(3)法人税率を35%から15%に引き下げ

(4)環境とエネルギー分野の規制緩和

(5)中国からの輸入品に45%、メキシコから輸入している自動車に35%の関税をかける

トランプはツイッターで「メキシコで製造した自動車を米国に逆輸入して販売するなら国境税を納めろ!」と米国や日本の自動車メーカーを恫喝しました。

トヨタ自動車は今後5年間で米国に100億ドル(約1兆1600億円)を投資すると発表、米フォード・モーターと欧米のフィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)が米国での生産増強などを決めました。

世界貿易量は世界金融危機の前は年7%も成長していましたが、2.5~4%まで減速しています。

出所:世銀発表をもとに筆者作成
出所:世銀発表をもとに筆者作成

「グローバリゼーションは曲がり角を迎えたのか」という筆者の質問に、オンスローガ氏は「近年、主要20カ国・地域(G20)で自由貿易に規制をかける国が増えています。中国経済や投資の減速もあって、世界のバリューチェーンは拡大を止めました」と答えました。

世界貿易機関(WTO)が昨年7月に発表した報告書によると、15年10月中旬から16年5月中旬にかけWTO加盟国が新たに実施した貿易規制措置は154件。1カ月当たり平均22件の新たな貿易規制措置が導入されていました。

その前は1カ月当たり15件のペースで、11年以来、最速のペースで保護主義が世界貿易を覆い始めています。08年の世界金融危機をきっかけに実施された貿易規制措置は2835件にのぼりますが、16年5月半ばまでに撤回されたのは約4分の1の708件に過ぎません。

トランプの「アメリカ・ファースト(米国第一主義)」は簡単に言えば、中国などの新興・途上国に投資する代わりに本国に投資して力強い成長を取り戻そうということです。

米国経済が過熱すれば利上げが行われ、ドルが一段と強くなります。それでなくても投資が急減速している新興・途上国からドルが一斉に引き上げるとどうなるでしょう。

出所:世銀発表より抜粋
出所:世銀発表より抜粋

1990年代、米国が「強いドル政策」をとったことで起きたアジア通貨危機のような事態が再び起きないか尋ねてみました。オンスローガ氏は「まず米国経済の成長率が1%ポイント上昇すると、新興・途上国の成長率は2年間の平均で0.7%ポイント押し上げられます」と指摘しました。

「ドルの切り上げで深刻な影響を受ける国もありますが、新興・途上国の借り入れの80%は自国通貨で行われています。米国の金利上昇に合わせて新興・途上国の金利も引き上げられれば、資金繰りが苦しくなるかもしれません」

出所:IMFデータをもとに筆者作成
出所:IMFデータをもとに筆者作成

新興・途上国からドル資金が引き揚げたら、代わりに中国資本が入ってくる可能性もあります。米ドルベースでの名目国内総生産(GDP)ではまだ米国が世界最大ですが、中国は物凄い勢いで追い上げています。為替変動の影響を除いた購買力平価でみると中国はすでに米国を追い抜いています。

トランプが大統領になったことを見れば分かるように米国はかつての米国ではありません。米国はもはや世界で最も偉大な国ではなくなったのです。第二次大戦に勝利した米国と英国が築いた戦後秩序はトランプ大統領の誕生と英国のEU離脱決定で音を立てて崩れようとしているのかもしれません。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事