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「トランプ、プーチンとの首脳会談を計画」英紙報道 西側情報機関は戦々恐々

木村正人在英国際ジャーナリスト
レーガン(中央)とゴルバチョフ(左)。右は ナンシー夫人 (1987年12月)(写真:ロイター/アフロ)

冷戦終結の象徴レイキャビク会談を再現か

1月20日に米大統領に就位するドナルド・トランプ氏が就位後、数週間のうちに、オバマ大統領時代に関係が極端に悪化したロシアのプーチン大統領との首脳会談を計画していると、英日曜紙サンデー・タイムズが報じました。

場所は1986年10月、レーガン米大統領とゴルバチョフ・ソ連書記長が冷戦終結について話し合ったアイスランドの首都レイキャビクだそうです。米ソ関係はこのあと緊張しますが、一気に冷戦終結、ベルリンの壁崩壊へと向かいます。米露の雪解けを世界に印象付けるのが狙いとみられています。

トランプと政権移行チームがメイ英政権の高官に「トランプ大統領の初外遊はロシア首脳陣と核軍縮について話し合うことになる」と伝えたとサンデー・タイムズ紙は報じています。クリミア併合とウクライナ危機、シリア内戦で対ロシア制裁の強化を主張してきた英国はトランプとプーチンの急接近に怯えています。

米英情報機関(スパイ)の協力は第二次大戦、冷戦時代を経て切っても切り離せない関係になっています。

英情報局秘密情報部(MI6)の元ケースオフィサー(協力者を運用する人)が「トランプがセックススキャンダルの現場をロシア情報機関に撮影され、アセット(協力者)になっている恐れがある」という報告書を作成しました。

これがMI6や米連邦捜査局(FBI)、ジョン・マケイン上院議員など米政治家だけでなく、米メディアにも出回り、最終的には米バスフィードによってネット上で公開される騒ぎになりました。報告書のリークにはMI6、つまりは英外相や英首相がお墨付きを与えていた可能性が強いと筆者はみています。

トランプはロシアの「有益な愚か者」か、アセットか

トランプはセックススキャンダル疑惑やロシア情報機関から便宜を図ってもらっていたという疑惑を「ニセ情報だ」と一蹴していますが、MI6は米大統領になるトランプが少なくともロシア情報機関にとって「有益な愚か者(役に立つ馬鹿)」で、最悪の場合アセットになっているかもしれないという前代未聞の事態に恐怖を感じています。

プーチンがクリミア併合を強行して以来、英国の国防・情報機関の関係者は、ロシアのハイブリット戦争(通常兵器と核兵器、サイバー攻撃などを組み合わせた戦争)に備えて臨戦態勢に入っています。冷戦終結後の西側とロシアのほのぼのとした関係は完全に終結したのです。

しかしトランプはクレムリンがテロ対策など重要な課題について米国と協力するなら、しばらく様子を見てから対ロシア制裁の解除を検討すると発言。「ロシア側は会談を求めていることを理解しており、こちらの方に何の問題もない」とトランプは明言しています。

サンデー・タイムズ紙によると、MI6はカウンターパートの米中央情報局(CIA)と共有した情報やリーガル(外交特権に守られたMI6のスパイ、表向きは外務省の職員)だけでなく、イリーガル(相手国での情報提供者や協力者)の保護を要請しました。

英国のボリス・ジョンソン外相は訪米する前、トランプのセックススキャンダル報告書について外務省からレクチャーを受けました。トランプの政権移行チームのスティーブ・バノン首席戦略官と、ジャレッド・クシュナー上級顧問(トランプの娘イヴァンカの夫)と会談した際、ロシアの謀略について警告しましたが、相手にされなかったそうです。

新ヤルタ会談目指すプーチン

プーチンは第二次大戦で戦後の世界秩序を決めたヤルタ会談を再現する野望を抱いています。米大統領ルーズベルト、英首相チャーチルと会談したソ連の独裁者スターリンのようにプーチンは21世紀の世界地図を描きたいのです。プーチンにとってトランプは現代のルーズベルトです。

プーチンの計算が狂いだしたのは2005年。ドイツ総選挙でメルケルが首相になったことです。ロシアの石油・天然ガスを必要とする工業国ドイツに接近したプーチンは1998~05年までドイツ首相を務めたドイツ社会民主党 (SPD)のシュレーダーを取り込みます。

アメとムチの使い方を知り尽くしたKGB(旧ソ連国家保安委員会)出身のプーチンになびく政治家は少なくありません。シュレーダーをはじめ、イタリアのベルルスコーニ元首相、フィンランドのリッポネン元首相らです。今ではハンガリーのオルバン首相やギリシャのチプラス首相、トルコのエルドアン大統領との関係を強化しています。

安倍政権を手玉に取ったプーチンの人心掌握術

北方領土交渉のため来日したプーチンは講道館の柔道場を訪れます。

ロシア国内でナショナリズムが高まり、領土問題で譲歩することは考えていないのに、安倍政権に甘い誘いを投げかけ、北方領土の共同経済活動の協議入りで合意します。

ロシア国内向けにはプーチンは国際社会の中で孤立していない、北方領土の主権問題で日本が譲歩したという印象を演出するのに成功しました。プーチンは日本の外交官が安倍首相の顔色を見ながら仕事をしていることや、講道館の柔道場訪問が日本人の親近感を呼び起こすこともすべてお見通しなのです。

ゴルバチョフ、エリツィン時代に雪解けが急激に進み、ロシアはいずれ自由民主主義圏に仲間入りすると考えた米欧諸国はガードを下げ過ぎました。プーチンが権力を握ってから、ロシアは米欧諸国での情報活動を強化しています。

選挙への影響作戦はロシア情報機関のお家芸

MI6や防諜活動を担当する英情報局保安部(MI5)の語り部と言われる英名門ケンブリッジ大学のクリストファー・アンドリュー教授はサンデー・タイムズ紙に寄稿しています。それによると、旧ソ連時代は情報機関が共産圏諸国や西側諸国の選挙にプロパガンダを日常的に仕掛けていたと言います。

トランプをレーガン大統領になぞらえる記事がありますが、レーガンにとって非常に失礼な話だと思います。女性を「性の対象」と見下し、浮名を流してきたトランプと異なり、レーガンの妻ナンシーへの愛は相当なもので私生活にKGBが付け入る隙は全くありませんでした。

レーガンの再選(1984年)を阻止したいKGBは一計を案じます。レーガンを制御不能な軍国主義者にでっち上げ、大統領に再選されると世界は第三次大戦に突入するという影響作戦(インフルエンス・オペレーション)を展開することにしました。

KGBはレーガンの署名をまねてスペインの国王に書簡を送ります。82年に北大西洋条約機構(NATO)に加盟したばかりのスペインを、NATOに加盟しているとレーガンの戦争に巻き込まれるぞと揺さぶるためです。

新年は歴史の大きな転換点になるのは間違いありません。

オランダ総選挙を皮切りにフランス大統領選、ドイツ総選挙が行われます。イタリア総選挙もあるかもしれません。欧州連合(EU)や単一通貨ユーロに反対する欧州懐疑主義政党の党首はなぜかプーチンへのシンパシーを表明しています。フランス共和党のフィヨン候補もロシアとの関係改善を公言しています。

世界経済危機と欧州債務危機と、緊縮財政策で人心はすさみ、難民危機、テロ続発で難民や移民への嫌悪感がまき散らされています。ロシアがNATO加盟国のバルト三国を揺さぶり、「バルト三国を守ろうとすると核戦争に巻き込まれるぞ」と脅しをかければNATO欧州加盟国の腰は一気に引けるでしょう。

頼みの綱であるはずの米大統領がプーチンに取り込まれているかもしれないからです。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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