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グローバル英国は巨大タックスヘイブンになる? メイ首相が単一市場、関税同盟離脱を宣言

木村正人在英国際ジャーナリスト
EU離脱の嵐は吹くか(写真:ロイター/アフロ)

メイのEU離脱の青写真

国民投票後、首相になってから半年余の間「ブレグジット(英国のEU離脱)はブレグジットよ」としか言ってこなかった英国のメイ首相が17日、ようやくEU(欧州連合)離脱の青写真を示しました。離脱計画のポイントは次の通りです。

(1)EU移民は制限

(2)単一市場から離脱。EUの部分会員や準会員にはならない

(3)関税同盟も離脱。グローバル英国はEUと対等な新パートナーシップ(自由貿易協定)を模索。限りなく自由な自由貿易を目指す

(4)他の国々(ノルウェー、スイス、カナダ)とは異なるモデルを目指す

(5)欧州司法裁判所から管轄権を取り戻す

(6)EUとの離脱合意は発効する前に上下両院の承認を得る

「英国は欧州のタックスヘイブンに」は脅し

メイの右腕、ハモンド財務相はドイツ紙のインタビューに「英国の離脱に際してEUが市場へのアクセスを認めなければEUの税制や規制とは異なるモデルを構築する。その場合、英国は欧州のタックスヘイブン(租税回避地)になる」と脅しています。

離脱51.9%、残留48.1%という昨年6月の国民投票の結果を受け、保守党内では日に日に強硬論が強まっています。保守的な有権者と党内強硬派に引きずられるように、メイもEUからの完全離脱に大きく傾いたようです。

出所:BBCを参考に筆者作成
出所:BBCを参考に筆者作成

ノルウェーやスイス、カナダ、トルコがEUと結んでいる貿易協定を見ておきましょう。これまでの報道からはメイ政権がスイスとカナダの間を着地点に設定していることが分かります。英国にとって最悪のシナリオは交渉期限の2年が経過した2019年3月末に何の合意もできないままEUから放り出されることです。

【今後の日程】

17年1月中、英国の最高裁がEU離脱交渉を開始する前に英議会の承認が必要か判断。高等法院は昨年11月、議会承認が必要と判断しており、最高裁も踏襲するとみられている

17年3月、オランダ総選挙

17年3月末、EUに離脱交渉の開始を通告する予定

17年4~5月、フランス大統領選

17年秋、ドイツ総選挙

18年9月末、離脱交渉取りまとめ

19年3月末、英国はEUを離脱

19年6月、EU欧州議会選

EUの単一市場は人・モノ・資本・サービスの自由移動が密接不可分のため、メイが国民投票で示された民意はEU移民の制限だと判断した時点で単一市場からの離脱は既定路線でした。

国際金融都市シティーの守護者のように振る舞ってきた英経済紙フィナンシャル・タイムズの読者の中には「英国はブレグジットを取りやめる」「離脱するにしても単一市場にとどまるソフトブレグジット」と信じ込んでいた人が多かったように思います。

焦点は関税同盟

焦点は英国がEUの関税同盟にとどまるかどうかです。EUの前身である欧州経済共同体(EEC)は6カ国から始まり、冷戦終結とベルリンの壁崩壊から27年余がたち、今やEUの加盟国は28カ国にまで膨らみました。

英仏独のような主要国から人口58万4千人のルクセンブルクや42万人のマルタ、工業大国のドイツ、サービス業に強い英国、農業国に合うワン・サイズ・フィッツ・オールの貿易協定などありません。

保守党内の離脱強硬派はこの際、EUの関税同盟からも離脱して米国や中国のほか、インド、カナダ、オーストラリアといった英連邦の国々と英国に合ったオーダーメードの自由貿易協定を結んだ方が得策と考えているのです。

国際金融都市シティーはオフショアのタックスヘイブンに強力なネットワークを広げており、現在20%の法人税を大胆に引き下げる青写真を描いています。しかし離脱ドミノを恐れるEUから見せしめに丸裸のまま放り出されると、さすがの英国も空気の抜けた風船のようになってしまう恐れがあります。

このためハモンド財務相は離脱強硬派が描く「欧州のタックスヘイブン」を脅しに使い、離脱交渉が終わる前に、できればEUと無関税協定か自由貿易協定、悪くても移行期間措置を定めた同意は取り付けたいのです。

必然だった英国のEU離脱

いずれ英国がEUを去る日が来ると多くの英政治家や官僚は密かに考えていました。経済的利益より負担の方が大きくなってきたからです。

12年3月、ユーロ危機の再発を防ぐEUの財政協定に英国とチェコは同意せず

14年5月、EU欧州議会選。英国ではEU離脱を主張する英国独立党(UKIP)が26.6%の得票率で第1党に

15年、シリア内戦の悪化でEU域内に100万人を超える難民が押し寄せる

16年6月までの1年間にEUから史上最高の28万4千人が英国に流入

EUは今や「欧州統合の方程式」ではなく「分裂の方程式」です。経済協力開発機構(OECD)の「所得格差」データをみると、いくつかのEU加盟国で格差は拡大しています。0は格差のない状態で、1に近づけば近づくほど格差は大きくなっていきます。

出所:OECDデータをもとに筆者作成
出所:OECDデータをもとに筆者作成

次にEUへの拠出金を見てみましょう。15年の純拠出金では、英国は139億5200万ユーロで、ドイツの171億1200万ユーロに次いで加盟国の中では2番目の貢献国です。3番目のフランスは61億3800万ユーロで英国の半分にも満たないのです。

出所:英下院図書館報告書をもとに筆者作成
出所:英下院図書館報告書をもとに筆者作成

英国が抜けると、その穴を埋めることになるのはドイツでしょう。EUにぶら下がらずに貢献している国は28カ国中、英国を含めて10カ国しかありません。

出所:単位10億ポンド、出所:英下院図書館報告書のグラフを筆者加工
出所:単位10億ポンド、出所:英下院図書館報告書のグラフを筆者加工

さらに英国とEUの貿易を見ると、英国はEU加盟国に対し、アイルランド、デンマーク、マルタ、エストニア、ブルガリア、フィンランドを除いて貿易赤字になっています。15年の対EU貿易赤字は685億ポンドです。域外関税を英国にかけて報復されると困るのは実はEU側なのです。選挙を控えるフランスとドイツの対英国貿易黒字はそれぞれ52億ポンドと255億ポンドです。

しかし、英国の国際金融街シティーに集中している金融サービスをめぐっては、英国と欧州中央銀行(ECB)、フランス、ドイツの間で凄まじいバトルが繰り広げられるでしょう。メイは金融面でEU単一市場のアクセスがある程度、制限されるのはやむを得ないと考えているフシがうかがえます。

出所:YAHOO!FINANCE
出所:YAHOO!FINANCE

外国為替市場では英ポンドが急落しています。一時は昨年10月上旬以来のポンド安・ドル高水準になりました。国際通貨基金(IMF)は最新の世界経済見通しで18年の英国の経済見通しをマイナス0.3%ポイントも下方修正しました。世界が英国を見る目は非常に厳しいようです。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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