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日銀緩和は出口に向かう 中国・ドイツは接近 和製ソロスが2017年大胆予言(下)

木村正人在英国際ジャーナリスト
笑顔の黒田日銀総裁 異次元の緩和はようやく出口へ(写真:ロイター/アフロ)

「強いアメリカ」の復活を掲げるトランプ大統領が就任しました。債券では世界最大級のヘッジファンド「キャプラ・インベストメント・マネジメント」共同創業者、浅井将雄さんにインタビューしました。「和製ソロス」がみたドイツ・中国接近、トランプ・プーチン関係、ブレグジット(英国のEU離脱)の未来とは――。

――中国とドイツが接近する

「欧州と中国の間には双方とも問題が全くありません。英国と欧州の間には問題があるし、英国はおそらく米国と、より一層特別な関係を結んでいこうとするでしょうし、そうなると中国が取り込もうとするのは領土問題がない欧州です。ロシアとの間では領土に関して何度も問題が起きています」

「中国の周りにはインドがあり、日本が横にいる。経済協力を前に出せば言うことを聞いてくれる欧州。それでなくても札びらがほしい欧州地域なので、中国がそこに目をつけるのは外交的には当然と思います。EUも輸出先としての中国というものを無視できないし、やはり対米国、対ロシアの中で中国はバランスを取りやすい相手になります」

「第二次大戦の三国同盟と同じですね。日本は積極的にドイツと手を結びたかったとは思いませんが、三国同盟はドイツがロシアに対して戦争を起こした時に後ろ側を押さえてほしいということだったと思います。第一次大戦では、日英同盟を結んでいた英国は日本にドイツのアジア進出を押さえてほしかったという地政学が働きました。今、距離的に中国とドイツは手を結びやすいのです」

――トランプ大統領に日本はどうでる

「日本が環太平洋経済連携協定(TPP)をしたかった理由は米国を楯にして中国を経済包囲網で取り囲み、東南アジア諸国やオーストラリアと手を結びながら、中国に対して新しい貿易圏を提案していこうという狙いがありました」

「米国が批准しないことで日本としてはTPPに代わる貿易圏として、中国も入った東アジア地域の包括的経済連携(RCEP)のルールに乗っていかなければなりません。いろいろな弱点もあって知的財産に対する保護がRCEPは弱いので、新しい貿易圏の中で、米国を中心とする既存の資本貿易ルールと違った貿易協定をのまされてしまうリスクがあります」

「経済的なメリットは日本最大の貿易相手国は米国ではなくて、中国・東南アジアになっているので、RCEPを行う経済的メリットはありますが、TPPによる中国包囲網という目的は達成できませんでした」

――米国の利上げは進む?

「米国の利上げはどんどん進んでいかないので、そんなに心配することはありません。連続利上げがある、米連邦準備理事会(FRB)のイエレン議長が交代して、利上げに肯定的な人をFRB議長に据えるとか、いろいろな観測が出ています。トランプの性格上、景気が悪くなると何でもする、FRBに圧力をかけるでしょう」

「アベノミクスがこれだけ順調に行きながらも、何度も何度も金融にプレッシャーをかけたり財政を出動したりしています。トランプの『強いアメリカ』を取り戻すというのは、一に経済、二に軍事だと思います。経済成長を保たないといけない以上、少しでも景気が躓くと利上げのペースはどんどん遅くなると思っています。どんどん利上げするという市場や市場参加者がみているような環境にはならないと思います」

――トランプのイエレン攻撃の真意は

「閣僚人事を見れば分かりますが、身内のほか、自分の思っていることを通すスタッフをそろえています。ロシア寄りの人を置いてみたり、人種差別をしている人をあえて置いてみたり、過去の発言を気にせず配置しています。オバマに寄っていた人に対しては比較的強い攻撃をしています。一方で自分の手駒になったら重宝する、自分の思うような人事をする。トランプがイエレンに擦り寄る必要は全くありません」

――トランプとプーチンのケミストリー(相性)は

「こればっかりは分かりません。米CNNの報道通り、本当にセックススキャンダルで弱みを握られていたら大統領の資質に関わってきます。トランプの支持率は徐々に下がってきています。就任時で40%台というのは極めて低い数字だと思います」

「本当に弱みを握られているのか、親近感なのか、真偽のほどは市場参加者には分かりません。しかし、あまりにもロシアが余裕を持ってトランプを迎えているので、ロシアによる米民主党陣営へのハッキングやそのあとの反応を含め、やっぱり何らかのパイプはあるんだと思って良いんじゃないでしょうか。それが弱みなのか。親近感があるというほどプーチンとトランプは気安くはないと思います」

――親ロシア派が多いトランプ政権

「ロシアのプーチン大統領と一緒にいることが利益になる人が多くトランプ政権に入っているということだと思います。昔だったらないですよ。あり得ないことが起き始めています」

「ロシアはしかし最後は絶対に米国とは手は組みません。先にあるのは米露一体ではありません。トランプは中国と手を組むかもしれない。それが日本の一番怖れていることだと思います。知らないうちにトランプがいきなり習近平と手を結んだりしかねない」

「2人で突然シェイクハンドしかねない可能性は多分にある大統領だと思って良いんじゃないでしょうか。世界で米国と中国が新たな2大国の関係で合意と出たら、それは日本にとって衝撃的です。そういう可能性が十分にある大統領と思って良いでしょう」

――メイ英首相のEU単一市場・関税同盟離脱宣言をどう見る

「英通貨ポンドはまだまだ弱くなる可能性が高いと思います。対ドルかは分かりません。一時、1ポンド=1.2ドルを割って、1.23ドル台に戻しました。英国の経済規模の縮小に伴ってポンドが弱くなっていく可能性は十分に高いと思います。トランプが出てきたらドルが強くなりました」

「対ドルは政治的な要因がありますが、対ユーロは英国のEU離脱による経済的なデメリットで、ポンドは弱くなっていき、個人的には2年後に離脱したあとにポンドとユーロが1ポンド=1ユーロ(現在は1.15ユーロ)のパリティになる可能性があると考えています」

――EU離脱による英国の損得勘定は

「英国のEU離脱は経済にとってデメリットが大きいのは間違いありません。ただ経済だけが国を構成する主体ではありません。国民が選択したのは経済ではなく、主権だったわけで、英国は大陸国家ではなく、海洋国家だということを再認識するのが一番肝腎なことだと思います」

「経済的な損得勘定で言えば損です。その損を埋めるべくどういう形でEUとの特別な関係をつくっていくのか、EU以外との特別な関係をつくっていくのか。それが、英国が外交巧者になれるかどうかの大きな分かれ目だと思います」

「GDPに与える影響はネガティブ以外にありません。ポジティブな面はゼロです。財の貿易でも、サービスの貿易でも。EUを離脱すれば2020年までに残留した場合のGDPより3%小さくなっています。それよりも、違うものを英国民は選択したわけです」

「ただ、この選択には地雷がついているので、スコットランド独立のリスクはどうしても拭い去れない。スコットランドが独立したら連合王国が崩壊するわけですから、国家としての形態が変わってしまいます。いくらメイ首相が頑張っても足元からスコットランドが抜けるようでは外交巧者どころか内政で大きな失敗をする。英国は窒息する可能性が十分にあります」

「スコットランドをつなぎとめることができれば米国も、日本も、中国も英国を必要とします。英連邦の中で特にインドが台頭してきているので、インドと特別な自由貿易協定(FTA)を結ぶことができれば、英国は海洋国家として新貿易圏をつくるという展望が開ける可能性があります」

「それ以前に問題は自国にあるんだと思います。英国は第二次大戦に勝ったのに戦勝国として何も得られず、インフレに苦しめられて時間をかけて衰退しました。今回はもっと早く決着が付きます。スコットランドが出れば繁栄はないです」

「移民とか高度人材など人手が不足する問題はじっくり時間をかけてだと思います。移民は規制を弱めてしまえばいつでも呼べます。英国は寄せ付けないと言っているわけではないので、昔からそうですが必要だったら呼びますよ。問題は英国が中から崩れていくことです」

――今年、EUは真の試練を迎える

「EUが真の意味で試されるのが2017年です。今までの巨大ユーロ圏が分裂していくかどうか。英国が最初のカードを切って、次はオランダの総選挙、フランスの大統領選、ドイツの総選挙と続きます。イタリアも怪しくなってきています。中でもフランス大統領選は注目です」

「以前のような一枚岩の巨大ユーロがすべて正しいルールであることはないと思います。EUは抜けていく人のために、より純化を進めていかなければなりません。出て行く人に対しても入ってくる人に対してもより厳しくなります」

「ユーロが巨大化するというシナリオは英国のEU離脱によって終わりました。あとは純化したユーロがどこまで結束を保てるかどうかです。EUは主権を持っていないので、壊れ始めると難しいです」

――純化するとギリシャやイタリアは息ができなくなる

「もうかなり息ができなくなっています。あまりにも経済格差が大きくなってきています。どういう形でお金を配るか、EUの中の財政で締めるところは締めるけれども、緩めるところは緩めるということもしてくるので、今は金融で支えていますが、どこかの段階でギリシャにお金を配るのか議論されると思います」

――ユーロ共同債が発行される?

「ドイツ連銀(中央銀行)は、ユーロ共同債は絶対ダメと言うと思います。しかし欧州中央銀行(ECB)は当初は考えられなかったことまでやっています。マイナス金利を日本より早くやりました。マイナス0.4%です。もともとのドイツ連銀ではありえないことです」

「今ではドイツは7年債までマイナス金利です。2年債の金利はマイナス0.69%です。昔のドイツ連銀なら許しがたい。金融を引き締めて通貨の価値を高めていくというのが伝統的なドイツ連銀の政策です。タカ派のドイツ連銀もいろんな形で妥協してきています。ユーロ共同債も次の危機の時には十分に想定されます」

「最終的にはECBに保証させるのではないでしょうか。どの債券も。最後はエイヤどん、でやるのではないでしょうか。ECBの買い切りオペもGDP構成比、資本構成比率に合わせて額を買い取っていますが、同じように資本構成比で保証させるとか、各国の資本出資に合わせて各国が保証すると思います」

――フランス大統領選は誰が勝つ

「選挙は正しいことを言ったから勝つわけではなくなってきています。風ですよね。イタリアのレンツィ前首相も正しいことを言っていました。EU残留を主張した英国のキャメロン首相も正しいことを言っていたし。トランプがなぜ勝ったのかも良く分からないままです」

「風の中でどこが社会の不満層の受け皿になるかということです。極右政党・国民戦線のマリーヌ・ルペン党首まではいかないと思います。さすがに極右に対する抵抗はフランス、ラテン系の人は結構、持っていると思います。オランド大統領はそれが自分に来ないことが分かっているので早々と撤退したわけです」

――日本にはどんな影響がある

「2025~26年に迎える社会保障の肥大化に伴う財政の問題、今の医療や年金の構造を維持していくのはもう不可能だと思います。17年は補正予算が大きく効いてくるので、前半は潜在成長率を大きく超えて久々に1%半ばぐらいまで経済成長が期待できます」

「さらに円安の度合いもあります。今は1ドル=112円台まで調整が進みましたが、円安の度合いによっては日銀が望む消費者物価指数(CPI)の2%に近いところが今年後半から18年に可能性として出てきます」

「今年の半ばには日銀はイールドカーブ・コントロール(長短金利操作)を変更する、すなわち新たな形での、日銀は決してテーパリング(量的金融緩和の縮小)という言葉は使わないけれども、実質テーパリングをしてくる環境は十分に整いつつあるかもしれないなと思います」

「イールドカーブ・コントロールというのは足元(金融機関が保有する日銀当座預金の一部に)マイナス0.1%のマイナス金利を適用して10年国債の利回り(長期金利)をゼロ近辺というのが骨子です。それを日銀の買い切りでゼロというターゲットを0.1~0.3%に上げる可能性は十分にあるかもしれないなと思っています。これが一番大きな金融政策の変化になるかもしれません」

(おわり)

トランプ米大統領が放つ2本の矢 世界は分断する 和製ソロスが2017年大胆予言(上)

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浅井将雄(あさい・まさお)

旧UFJ銀行出身。2003年、ロンドンに赴任、UFJ銀行現法で戦略トレーディング部長を経て、04年、東京三菱銀行とUFJ銀行が合併した際、同僚の中国系米国人ヤン・フー氏とともに14人を引き連れて独立。05年10月から「キャプラ・インベストメント・マネジメント」の運用を始める。米マサチューセッツ工科大やコロンビア大教授ら多くの博士号取得者が働く。ニューヨーク、東京、香港にも拠点を置く。日本子会社の取締役には「ミスター円」の愛称で知られる元財務官の榊原英資(さかきばら・えいすけ)氏、ノーベル経済学賞受賞者のマイケル・スペンス氏もアドバイザーの1人だ。債券系ヘッジファンドではロンドン最大級、ヘッジファンド預り資産でもロンドントップ5。旗艦ファンドのキャプラグローバルリラティヴバリューファンドでは運用開始以来、リーマンショック期も含め、全年度にてプラスを計上、平均年度収益も10%を超える。

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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