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日米同盟より英米「特別」関係を優先させたトランプの真意

木村正人在英国際ジャーナリスト
トランプ米大統領就任翌日 世界各地で女性の権利訴えるデモ(写真:ロイター/アフロ)

初の首脳会談はEU離脱の英国と

トランプ米大統領が就任後、初の首脳会談のお相手に日本の安倍晋三首相ではなく、欧州連合(EU)離脱を控える英国のメイ首相を選びました。EU離脱交渉の難航が予想される中、英高級紙デーリー・テレグラフやタイムズは1面トップで「2国間の関税を引き下げ、労働者の移動を自由に」などと伝えました。

先を越された安倍首相はがっかりする必要はありません。

英紙デーリー・テレグラフの1面
英紙デーリー・テレグラフの1面

日本も加わる環太平洋経済連携協定(TPP)離脱と北米自由貿易協定(NAFTA)再交渉を打ち出す保護主義のトランプが英国との自由貿易協定(FTA)締結を提案した理由は何でしょう。

米国の対英貿易は、対中国、対メキシコと同じように赤字で、対英貿易の自由化を進める米国の経済的メリットはありません。トランプが就任後初の首脳会談の相手にメイを選んだ理由を推察してみましょう。

(1)英国のEU離脱を後押しすることでEUを解体に追い込む

(2)北大西洋条約機構(NATO)主要加盟国の英国を抱き込み、NATOを弱体化させる

(3)EUが推進する地球温暖化対策にブレーキをかけ、石油・天然ガスなどエネルギー産業に利する

(4)イラン核合意の再交渉か破棄で協力を求める

(5)イスラエルの入植活動に対する欧州の非難を封じ込める

いずれもこれまでトランプが公言してきたもので、そのほとんどがロシアのプーチン大統領が泣いて喜びそうな話です。どれもこれも西側諸国にとってはとんでもない政策です。

トランプは英紙タイムズと独大衆紙ビルトのインタビューに「ドイツのメルケル首相は破滅的な過ちを犯した。違法移民を含め100万人を超える難民をドイツに入国させたのは過ちだ」「EUはドイツのための機関になった。他のEU加盟国も英国に続いてEUを離脱するだろう」とメルケルとEUへの攻撃を強めています。

英米「特別」関係

英米「特別」関係という言葉をご存知ですか。第二次大戦を勝利に導いたチャーチル英首相が1944年に「英国と米国が『特別関係』を築かない限り、新たな破壊的な戦争が勃発すると確信する」と演説。それ以来、英国では米国との「特別関係」が外交の軸に据えられてきました。

レーガン米大統領とサッチャー英首相は社交ダンスを踊るように見事な連携を見せ、冷戦を終結に導いたことは有名です。「米国のプードル」と呼ばれたブレア英首相は愚かなブッシュ米大統領に引きずられイラク戦争を強行、中東・北アフリカに大混乱の種をまいてしまいました。

英米の特別関係は英国がしっかり米国の補佐役を果たせるときに機能します。スエズ動乱や、派兵要請を拒否したベトナム戦争で英国は米国と対立。特にベトナム戦争では英米関係は15年間、冷え込みました。

英国がEU離脱を決定した最大の理由は、急増するEUからの移民を制限するためです。しかし人・モノ・資本・サービスの自由移動(単一市場)を掲げるEUは労働者の自由移動を制限することを許しておらず、英国は断トツの貿易相手であるEU単一市場からの離脱を余儀なくされました。

出所:ONSデータをもとに筆者作成
出所:ONSデータをもとに筆者作成

オバマ前米大統領からは「貿易交渉で英国をEUに優先させることはない。英国は一番後回しだ。交渉に5~10年かかる」と突き放されていただけに、トランプからのFTA締結の提案は英国にとって願ったり叶ったりです。

絵に描いた餅に過ぎない英国のEU離脱戦略

いくら英米「特別」関係が大切だからと言って、EUとの貿易に支障が出れば通商国家・英国は大きなダメージを被ります。にもかかわらず英国がEUの関税同盟からも離脱する理由は何でしょう。

同

EUが最大の貿易相手であることに変わりはありませんが、次第に中国など非EU諸国との貿易が増えているため、EUに縛られず英国にとって最善の貿易協定を結んだ方が得策と考える政治家が増えてきたためです。

しかしメイは原発建設の出資をめぐって中国とも衝突しました。輸出で全体の17%、輸入で9%の貿易相手国でしかない米国とFTAを結んだところで、EUとの無関税に近い貿易協定を結べなければ英国は大きな後退を強いられます。

メイ政権が描くEU離脱戦略は今のところ絵に描いた餅に過ぎないのです。

激変する国際政治マップ

出所:筆者作成
出所:筆者作成

2013年8月、シリアのアサド政権による化学兵器使用疑惑が浮上した際、英下院はシリアへの軍事介入を否決し、オバマがUターンする引き金になります。このときオバマが「米国は世界の警察官ではない」と宣言したことでウクライナや南シナ海・東シナ海でのロシアや中国の領土拡張の動きが激化します。

アフガニスタンとイラクの2つの戦争で疲弊した英国はもはや米国が頼れる軍事パートナーではなくなりました。シギント(電子情報の傍受)やヒューミント(人によるスパイ活動)に秀でた英国は情報協力を軸に英米「特別」関係の強化を目指していました。

が、トランプがロシア情報機関のアセット(協力者)になっているかもしれないというセックススキャンダル疑惑が浮上してから英国の情報機関の方が距離を置き始めています。英米「特別」関係は大切でも、トランプとの関係は永遠ではないからです。

トランプは大統領就任演説で保護主義と孤立主義を改めて強調しました。

「何十年もの間、私たちは、アメリカの産業を犠牲にして、外国の産業を豊かにしてきました。ほかの国の軍隊を支援する一方で、非常に悲しいことに、われわれの軍を犠牲にしました」「アメリカ第一となります。(略)保護主義こそが偉大な繁栄と強さにつながるのです」(NHKより)

トランプの提案は英米「特別」関係を強化することでも、メイの新たなグローバル英国戦略を後押しするものでもありません。トランプの保護主義と孤立主義に英国を巻き込むことにあります。さてロシアから鉄の女サッチャーになぞらえて新・鉄の女というニックネームをもらったメイはどう出るのでしょう。

EUが解体し、NATOが弱体化すれば、ソ連崩壊で失った欧州の「影響力の境界」を石油・天然ガスによる資源外交と軍事力で取り戻したいプーチンは笑いが止まらないでしょう。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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