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世界のテロ25%増 シリア・イラク「イスラム国」滅びて旧アルカイダ系が復活

木村正人在英国際ジャーナリスト
パリ無差別テロでIS兵士が撃ち込んだ銃弾の痕(2015年11月、筆者撮影)

過激派組織ISによる民間人犠牲者は1万人超

昨年、テロ組織など武装勢力が起こしたテロや反政府攻撃は2万4202件にのぼり、2015年の1万8987件を25%も上回ったことが国際情報コンサルタントグループIHSマーキットの統計で分かりました。やはり過激派組織IS(いわゆる「イスラム国」)掃討作戦が続くシリアなどが主戦場です。シリアでは7497件、イラクでは3350件にのぼり、2つを合わせると全体の45%を占めました。

IHSの発表によると、過去2年間で最も活発に行われた非国家主体の攻撃はISによるもので、昨年だけでも4236件(全体の18%)にのぼりました。ISの攻撃による民間人犠牲者数は1万807人(同39%)に達しました。数字はいずれも報道や発表などオープンソースで判明したものに限られており、実際の被害はもっと膨らむ可能性があります。

中東以外でISが関係したり、犯行声明を出したりしたテロや反政府攻撃はIS全体でみると16%を占めるようになり、15年の8%に比べるとかなり増えています。ISが欧米を含めて世界各地にネットワークを広げてテロや攻撃を呼びかけていることが一目瞭然です。

ISが昨年3月のブリュッセル同時テロを直接指揮していたことが明らかになっており、米フロリダのナイトクラブ銃撃事件、独ベルリンのトラック突入テロでもISサポーターによるテロだとISは犯行声明を出しました。

IHSジェーンズのテロリズム&反政府攻撃センター(JTIC)のマシュー・ヘンマン所長は「ISはイラクやシリアで支配地を減らしたため、復讐、反撃が必要だというストーリーを作り上げ、世界各地でテロの呼びかけを強めています。17年にそうしたテロや反政府攻撃が増える可能性は十分にあります」と警戒を呼びかけています。

激減する「イスラム国」の支配地域と収入

IHS紛争モニターによると、ISは15年、「イスラム国」の支配地域を1万2800平方キロメートル(ネット減は14%)も減らし、「国土」は7万8千平方キロメートルになりました。米国が主導するIS掃討作戦が激化し、16年上半期に「国土」はさらに12%も減りました。昨年7月時点でシリアやイラクのIS「国土」は6万8300平方キロメートルまで縮小しています。

米国主導の掃討作戦で縮小する「イスラム国」の支配地域(IHS提供)
米国主導の掃討作戦で縮小する「イスラム国」の支配地域(IHS提供)

赤色(16年)と海老茶色(15年)がISが失った支配地域です。北部の「領土」を一挙に失っていることが分かります。ISの「イスラム国」建設計画が頓挫しつつあるのは明らかです。その失地を覆い隠すため、ISが世界各地の関連団体やネットワーク、「一匹狼」と呼ばれる突出分子に大規模テロや反政府攻撃を呼びかけるリスクが高まっています。

15年半ばのISの収入は月約8千万ドル。16年3月には月5600万ドルまで減っています。さらにそれ以降、収入は少なくとも35%減少したとみられています。米国主導の掃討作戦でISは「国土」を失い、収入もガタ減りというダブルパンチで、同年1月以降、敵対組織への寝返りや逃走が相次ぎ、内部崩壊の危機に見舞われています。

17年中にイラクやシリアの支配地を失うのはほぼ確実な情勢になっています。それと反比例するように支配地域周辺での反政府攻撃を強め、「イスラム国」の勢力は変わらないという虚勢を張り続けなければならない状況に追い込まれています。そして断末魔のように欧米諸国など世界各地での大規模テロを呼びかけるでしょう。

JTICのオッツオ・イホ上級アナリストは「ISが今年、東南アジアでウィラーヤ(ISが一方的に宣言するイスラム国の行政区画。支配を目指す地域のこと)を宣言する可能性は増えています」と指摘しています。ISは足元の「イスラム国」の「国土」を失っても健在であることを世界に誇示したいのです。

台頭するレバント征服戦線

しかし、その一方でIS以外のテロ組織による脅威が高まります。「レバント征服戦線(旧ヌスラ戦線)がもっとニュースのヘッドラインとして扱われるようになります」とヘンマン所長は警戒を強めています。レバント征服戦線はISと同様に深刻な脅威になっています。昨年、レバント征服戦線の攻撃は687件で、15年より20%増えました。

レバント征服戦線の最優先課題はシリアの反政府勢力の統合を進め、反政府勢力への浸透を深め、地域での自らの支配力を強めることです。ISとレバント征服戦線の勢力が逆転する可能性があり、テロや反政府攻撃はさらに増える危険性があります。

米国第一主義のトランプ米大統領はオバマ前大統領のように思慮深く、慎重に過激派掃討作戦を展開できるのか、筆者は心配です。トランプとロシアのプーチン大統領がシリアのアサド大統領の存続で妥協すれば、反アサド勢力への掃討作戦が強化されるかもしれません。その反動で米国におけるテロのリスクが高まる危険性があります。今後の展開はまさに予断を許しません。

一方、ウクライナの武装勢力による攻撃は4倍の4449件に達しました。テロや反政府攻撃はイエメンでも76%、トルコでも110%増加したそうです。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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