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「欧州の3大脅威はプーチン、イスラム過激主義、トランプだ」米国と欧州の亀裂深まる

木村正人在英国際ジャーナリスト
難民・渡航者入国制限に対する抗議デモ(写真:ロイター/アフロ)

「トランプはEU解体を望んでいる」

「欧州連合(EU)は外部から長引く攻撃に直面している」――英国のEU離脱問題を担当する欧州議会のヒー・フェルホフスタット議員(元ベルギー首相)が30日、ロンドンにあるシンクタンク、国際問題研究所(チャタムハウス)で次のように講演しました。

「ロシアのプーチン大統領とイスラム過激主義。私はたった今、米国から帰ってきたばかりだが、EUを弱体化している第3の前線はドナルド・トランプ(米大統領)だ」

「トランプは英国に続いて他の国もEUから離脱したがっていると喜々として話している。トランプはEUが解体することを望んでいる」「EU解体は大惨事だ。欧州だけでなく、我々の同盟国、そして世界にとっても」

「トランプのポピュリズムは米国本土より欧州のポピュリズムの影響をより多く受けている。ポピュリズムは欧州で先行し、大西洋を越えた」「ナショナリズムは欧州の進むべき道ではない。その道を進めば欧州は大惨事になる」

ナショナリズムの犠牲者

「欧州ではナショナリズムの犠牲になって2千万人が命を落とした。欧州大陸と英国では愚かなナショナリズム、19世紀末と20世紀に起きた殺戮の犠牲にならなかった家族は1つもなく、祖父や祖母は1人もいない」

「EUの未来をナショナリストの思想に委ねることは最も愚かなことだ。過去に起きたことを知りながら火遊びをするのと同じだ」

EUをナショナリズムに対抗する砦として、英国とのEU離脱交渉に臨む姿勢をフェルホフスタット議員は鮮明にしました。

英国のEU離脱強硬派にとって、フェルホフスタット議員は「狂信的な連邦主義者(EUを米国のような連邦国家にしようと考えている人たち)」のように映っています。フェルホフスタット議員はこの日の演説でも「負担や義務を受け入れない限り、EUからの良いとこ取りは認めない」と改めて強調しました。

EUには加盟国の首脳が施策を協議するEU首脳会議と、執行機関の欧州委員会、選挙で選ばれた議員で構成される欧州議会があります。フェルホフスタット議員のような連邦主義者はブレグジット(英国のEU離脱)を機に、EUの純化を進め、結束をより強固にしたいと考えています。

交渉の複雑化と難航を警戒して、英国のデービスEU離脱担当相は「フェルホフスタット議員にブレグジットを決めることはできない」と牽制しています。

これに対してフェルホフスタット議員はこの日、EU首脳会議や欧州委員会のミシェル・バルニエ首席交渉官だけでなく「欧州議会が承認しなければ英国は新たな貿易協定を結ぶことなくEUから出ていくことになる」と釘を刺しました。

対立深めるトランプとメルケル

シリア難民や中東・アフリカ7カ国からの入国を制限する大統領令に署名したトランプには大きな問題があるのは言うまでもありません。しかしフェルホフスタット議員のように、トランプを名指しで非難し、敵視することは状況を悪くするだけです。

トランプの当選後、イの一番に馳せ参じた日本の安倍晋三首相や首脳会談で国賓としての訪問を要請した英国のメイ首相の対応は節操がないという声もありますが、世界最強の経済大国で軍事大国の米国との友好関係なしでは、自国の繁栄も安全保障もおぼつかなくなります。

日英両首脳のようにトランプの懐に飛び込んで、行き過ぎについては軌道修正を図るよう呼びかけるのが現実的なアプローチではないでしょうか。

心配なのは旧東ドイツ出身で、人の自由移動が平和と繁栄をもたらすと信じて疑わないドイツのメルケル首相と、イスラム教徒やメキシコ系移民、女性への差別発言を繰り返してきたトランプの相性がまったく合わないことです。

トランプは英紙タイムズのインタビューで次のようにドイツとメルケル批判を展開しています。

「メルケル首相を尊敬しているが、彼女は破滅的な過ちを犯した。すべての違法移民を含め、100万人を超える難民をドイツに入国させたのは過ちだ」

「もしすべての難民を受け入れていなかったら、英国のEU離脱決定はなかっただろう。EUはドイツのための機関になった。他のEU加盟国も英国に続いてEUを離脱するだろう」

米国の入国制限でも衝突

米国とドイツの関係は冷却化しています。メルケルはシリア難民と中東・アフリカからの入国制限についてEU域内の二重国籍を持つ市民に影響が出るため「これはテロと戦う方法ではない」と厳しく批判しました。

45分間の及んだ28日の電話会談で、メルケルは難民の地位に関する条約を挙げ「テロと戦う必要性と決意は、入国制限を正当化することはできない」とトランプをたしなめました。

トランプの入国制限は、西洋とイスラムを対立させたいイスラム過激派を喜ばせるだけです。なってはいけない人が米国の大統領になってしまったことを今さら嘆いても、どうしようもありません。

メルケルとEU首脳はトランプを非難するより先に、北大西洋条約機構(NATO)を「時代遅れ」となじり、バルト三国への集団防衛のコミットメントをはっきりさせないトランプと話し合いのテーブルを設けることが大事です。

米国が欧州への関与を弱めると、プーチンがEUとNATOを解体に追い込むためバルト三国で冒険主義に走る危険性が一気に高まり、世界は非常に危険な状態になってしまいます。メルケルは一刻も早くトランプと首脳会談を持たねばなりません。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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