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破格厚遇の安倍首相が支払わされる対価「一つの中国」認めたトランプ

木村正人在英国際ジャーナリスト
政府専用機でワシントン近郊に到着した安倍首相(写真:ロイター/アフロ)

トランプの別荘でお泊りする首相

安倍晋三首相が10日、アメリカのトランプ大統領とワシントンのホワイトハウスで会談します。トランプにとって首脳会談は第二次大戦以来の「特別関係」を確認したイギリスのメイ首相に続いて安倍首相が2人目です。

大統領専用機エアフォースワンでフロリダ州に移動、トランプナショナルゴルフクラブの「マララーゴ」ゴルフコースでプレー、トランプの別荘でお泊り。そして4~5回の会食。世界中の指導者がうらやむ破格の厚遇ぶりです。

安倍首相は、トランプの当選が決まった昨年11月、ニューヨークのトランプタワーを訪れ、トランプと1時間半近く会談しました。トランプ批判が渦巻く中、当選祝いに馳せ参じた安倍首相のトランプ詣では、かなり効果があったようです。

トランプのツイートより
トランプのツイートより

9日、東京国際空港で記者会見した安倍首相は首脳会談に向け3つの抱負を語っています。

「日米同盟関係は揺るがない、そして、トランプ大統領との間で日米同盟関係はさらに強固なものとなっていく、強靭なものとなっていく、とのメッセージとなるような首脳会談にしたい」

「日米の経済関係はこれからもウィンウィンの関係として共に発展をしていく。自由で公正なルールに基づく両国の経済関係を更に発展させていくことを確認する首脳会談にしていきたい」

「お互いに仕事を離れて強い信頼関係を構築していきたいと思っています」

安倍首相はすでに仕事を離れた信頼関係の構築には成功したと言えるでしょう。

「尖閣防衛は日米安保の範囲」

一方、トランプにとって何より大切なのは貿易赤字を解消し、アメリカに雇用を取り戻すことです。安全保障面では中国による南シナ海の軍事要塞化と、北朝鮮の核ミサイル開発に歯止めをかけることです。

先日、訪日したアメリカの「狂犬」ことマティス国防長官は稲田朋美防衛相との共同記者会見で「私からは、はっきりと我々の尖閣諸島に関する、長きに渡る政策は堅持すること、尖閣は日本の施政下にあり、日米安保条約の第5条が適用されると申し上げました」と明言しました。

尖閣防衛へのコミットメントはオバマ前大統領時代から変わらないという頼もしい発言でした。しかし、その一方で中国と衝突する恐れのある南シナ海については慎重にコメントしました。

「外交的な努力に訴えるということです。我々はその外交団をまず強化しようと思っているわけです。現段階において、別に軍事的な作戦は必要ないと思っております。航行の自由はもちろん絶対的に重要であります。公海で演習をやります。また通過も行います」

米軍艦による「航行の自由」作戦は公海上でこれからも継続していくということです。もちろん、どの海域が公海なのか中国と国際社会で見方が分かれているのが問題なのですが。

「一つの中国」確認したトランプ

対中強硬発言が目立ったトランプですが、対話を重視する姿勢を見せ始めています。

安倍首相との首脳会談を前に、トランプは中国の習近平国家主席と電話会談し「『一つの中国』政策を尊重していく」と表明しました。1979年の米中国交正常化で中国の主張する「一つの中国」原則の尊重が確認されました。

安倍首相を破格の厚遇で迎えるため、中国にも一定の配慮を示す必要があったのでしょう。

トランプは当選後の昨年12月、台湾の蔡英文(ツァイインウェン)総統と電話会談し、米テレビ番組で「一つの中国」について「どうして我々が縛られなければならないのか」と疑問を呈しました。「一つの中国」を核心的利益の中の核心とする中国を激怒させました。

最初にふっかけるのがトランプの交渉術だとしたら、台湾総統との電話会談と「一つの中国」原則への疑義は取引カードを作るためのトランプ流ブラフだったのかもしれません。それにしてもこんなに重要な発言をいとも簡単にひっくり返すトランプをどこまで信用して良いのでしょう。

しかし、トランプにとって中国と全面衝突するのは賢明ではありません。

安全保障面ではトランプにとって中国の海洋進出より北朝鮮の核ミサイル開発の方が致命的です。オバマの8年間に、北朝鮮は核実験を4回も実施、50回以上のミサイル発射実験を行いました。中距離弾道ミサイルに搭載できる核弾頭の小型化にも成功しました。

そればかりか潜水艦から発射する弾道ミサイル(SLBM)や大陸間弾道ミサイルに応用できる衛星打ち上げロケット、移動できる中距離弾道ミサイル「ムスダン」の開発を進めています。早ければ2年以内にアメリカ本土を攻撃できる核ミサイルを開発する可能性があります。

核ミサイル能力を破壊する北朝鮮への先制攻撃は朝鮮半島で戦争を勃発させるリスクがあります。トランプ政権が北朝鮮の核ミサイル開発にストップをかけようと思ったら中国に協力を依頼せざるを得ないのが現状です。軍事要塞化を進める南シナ海で「狂犬」マティスが慎重姿勢を示した真意はここら辺にありそうです。

アメリカの貿易赤字は解消できるか

トランプノミクスの柱をこれまでの発言からまとめてみると次のようになります。

(1)民間投資を促し、10年以上にわたって高速道路や橋、トンネル、空港、学校、病院など1兆ドルのインフラ整備を行う

(2)2500万人の雇用創出、年平均3.5%の経済成長を実現

(3)法人税率を35%から15%に引き下げ

(4)環境とエネルギー分野の規制緩和

(5)中国からの輸入品に45%、メキシコから輸入している自動車に35%の関税をかける

(5)の関税については、アメリカ国内の雇用拡大を目指す「国境税」が浮上しています。トランプは海外に生産拠点を移して逆輸入した製品をアメリカ国内で販売する企業への課税をイメージしているようです。

トランプはアメリカ企業だけでなく、日本企業も標的にしており「トヨタはアメリカにカローラを輸出するためにメキシコに新しい工場を立てる計画がある。絶対にダメだ。アメリカに工場を建てるか、それとも国境税を支払うかだ」とツイートしました。

トヨタ自動車はすぐさまアメリカで今後5年間に100億ドル(約1兆1400億円)を投資する計画を明らかにしました。アメリカの貿易赤字(モノ)は対中国が3470億ドル(全体の47%)でトップ。対日本は689億ドル(9%)でドイツを抜いて2位になりました。

出所:BISデータより筆者作成
出所:BISデータより筆者作成

アメリカの貿易赤字は国際競争力が落ちていることに最大の原因があります。しかし国際決済銀行(BIS)データから見ると、日銀の異次元緩和を主砲とする日本円とギリシャ危機がくすぶるユーロ圏の実質実効為替レートは米ドルに対してそれぞれ円安、ユーロ安の方向に動いています。

トランプが安倍首相に対し、メキシコに進出する日本の自動車メーカーや、円安を誘導している日銀の異次元緩和について圧力をかけてくるのは必至です。トランプと濃厚な2日間過ごす安倍首相の外交力に注目です。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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