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反トランプに立ち上がったムスリム俳優「映画やTVに少数派ヒーローを」と英議会で訴え

木村正人在英国際ジャーナリスト
『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』にも出演したリズ(筆者撮影)

反トランプ宣言

2016年末、日本でも公開された米映画『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』にも出演し、人気が急上昇しているイギリスの俳優兼ラッパーのリズ・アーメッドさん(34)がイギリス議会内で講演しました。

「映画やTVで上映される声や物語から多様性が失われると、マイノリティーのバックグランドを持つ人々はTVのスイッチを切ってしまい、オンラインのバブルに飲み込まれ、過激なナラティブに吸い寄せられていきます。そして時にはシリア内戦に参加するようになってしまう恐れもあるのです」

新作『街の小さな灯』の試写会。中央がリズ(筆者撮影)
新作『街の小さな灯』の試写会。中央がリズ(筆者撮影)

リズが講演したのは英BBC放送とは違うかたちの公共放送チャンネル4が主催した多様性に関するイベントです。リズの両親は1970年代にパキスタンからイギリスに移住。ロンドンで生まれたリズは名門オックスフォード大学で学び、演劇学校セントラル・スクール・オブ・スピーチ・アンド・ドラマで俳優を目指します。

リズが主演したイギリス映画『フォー・ライオンズ』(10年公開)は自爆テロリストになろうとするイスラム系移民の若者の心理を描いたブラックコメディーです。パキスタンに所在する国際テロ組織アルカイダの訓練キャンプに参加してもヘマをしでかし、追い返されます。グループは群衆の集まるロンドンマラソンにぬいぐるみを着て自爆テロを実行する計画を立てますが、警察に追い詰められて――という内容です。

ロンドンマラソンを狙う自爆テロというシリアスなストーリーなのですが、若いテロリストのトンマぶりと結末の物悲しさ、虚しさがイギリスを覆うイスラム系移民の若者とテロの現実を見事に描き出しています。

ISをムスリムのジェームズ・ボンドにするな

ムスリムの俳優として反トランプに立ち上がったリズは議会内での講演で次のように訴えました。「もし私たちがマイノリティーの声を代弁することができなかったら、マイノリティーの若者たちが過激化してしまう危険性が膨らみます」「過激派組織IS(イスラム国)のリクルーターにとっては、その若者がまさに次のジェームズ・ボンドなのでしょう」

「ISのプロパガンダビデオを見たことがありますか?それらはまさにアクション映画のように編集されています。これらに対抗するナラティブはどこにあるのでしょう。マイノリティーの若者たちがヒーローになることができる物語をどこで語られているのでしょう?」

リズが主演している『街の小さな灯』のポスター(リズ提供)
リズが主演している『街の小さな灯』のポスター(リズ提供)

筆者はリズとリズのご両親にお会いしてお話したことがあります。月刊誌『新潮45』で自ら見聞した映画界の秘話を連載している友人の映画プロデューサーでNDF代表ミチヨ・Y・カッスートさんが、リズの主演するイギリス映画『街の小さな灯(City of Tiny Lights)』の最終ロケと試写会に招待してくれたからです。

多様なロンドンの下町を舞台に、イスラム系移民の世代間の違いと日常を温かい目で描いた『街の小さな灯』のプロデューサーの1人はミチヨさんのご子息のアド・ヨシザキさんです。

日本のシェークスピア・ファンに驚いたリズ

そのアドが最終ロケでリズに会わせてくれると、リズはひょうきんな日本語であいさつしてくれました。リズは学生時代、シェークスピアの公演で日本を訪れた際、日本のファンから「どうして今日はシェークスピアのこの部分のセリフを変えたの」と質問されてビックリしたことがあるそうです。

映画プロデューサーのアド・Y・カッスートさん(筆者撮影)
映画プロデューサーのアド・Y・カッスートさん(筆者撮影)

リズのご両親もとても立派な方でした。

アメリカ映画界では昨年のアカデミー賞で主演、助演の俳優部門にノミネートされた20人が全員白人だったことから、「白すぎるアカデミー賞」と批判が強まりました。これを受け、アカデミーは「2020年までに女性やマイノリティーの会員を倍増する」と宣言し、積極的に多様化に取り組んでいます。

トランプの新大統領令

アメリカのトランプ大統領は6日、中東・アフリカの一部の国からの入国を制限する新たな大統領令に署名しました。最初の大統領令を修正し、90日間入国禁止の対象国についてイラクを除く6カ国とし、無制限としていたシリア難民の受け入れ停止を他の国と同じ120日間にしました。しかし大きな枠組みは何一つ変わっていません。

トランプがいくら排除の論理を強めても、テロリズムの病巣がなくなるわけではありません。これだけ移動の自由度が高まった今、それを完全に押しとどめることはできません。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、避難生活を余儀なくされているのは世界で6530万人もいます。このうち難民は2130万人、政治的亡命要求者は320万人です。

アメリカが軍事介入したシリアの難民が490万人、アフガニスタンの難民が270万人です。米中枢同時テロに起因するイラク、アフガニスタンの戦争と中東の民主化運動「アラブの春」をきっかけに中東・北アフリカ諸国ではイスラム過激派の活動が活発化し、紛争が激化しました。

オバマ前大統領は2017年、難民の受け入れ枠を11万人に増やすと表明しましたが、トランプは「こうした難民の中にテロリストが紛れ込む恐れがある」として120日間、難民の受け入れを停止する大統領令に署名したのです。受け入れ枠も半分以上、減らす方針です。

「アメリカ・ファースト(米国第一)!」を掲げるトランプのエスノセントリズム(自民族中心主義、自文化中心主義)では、国際社会の協力が必要な難民対策は進みません。そればかりか国内の白人社会、イスラム社会の対立を深め、ISやアルカイダなどのイスラム過激主義がはびこる温床を広げてしまう危険性を逆に大きくしてしまいます。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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