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多くの人に競技を理解してもらうために。NFLの試みはテレビ局のラグビールール解説動画とは逆視点。

谷口輝世子スポーツライター
(写真:アフロ)

日本テレビが9月に放送予定のラグビーW杯イングランド大会の同社公式ホームページにルールを解説する動画を掲載していたという。

報道によると、露出度の高い水着姿の複数の女性がボールを持ってルール解説したことで、「不快な表現」という指摘を多数から受け、日本テレビはこの動画を削除したとなっている。

競技への理解や関心を高め、ファンや競技人口を増やしたい、視聴者を増やしたいのであれば、年齢や性別、国籍などに関係なく多くの人が興味を持つ内容でなければならないはずだ。それが、この動画は制作者側がごく一部の視聴者へのウケを想定して作ったように感じる。

米国のスポーツビジネスでは競技人口とファンを増やすことに力を入れている。競技人口とファンの拡大という点から今回の動画について考えたい。

今回、「不快」という指摘を受けた動画は、テレビ局が製作したものなので単純に比較はできないが、米アメリカンフットボールNFLのひとつ取り組みを取り上げる。

アメリカンフットボールは米国では「男性らしさ」と結びつきやすい競技種目である。競技人口は圧倒的に男性が多く、ファンも男性が多い。

アメリカンフットボールは米国で最も人気のあるプロスポーツだが、ここ10年ほどは、引退した元選手たちが脳震盪の後遺症に苦しんでいることが明らかになり、NFL側が医者や科学者から脳震盪の深刻な後遺症について指摘を受けたにもかかわらず、誠実に対応してこなかったことが批判されていた。

脳震盪の危険が明らかにつれて、我が子にアメリカンフットボールをさせたくないという保護者も増えてきた。競技人口が減っていくことは、アメリカンフットボールの衰退につながる。NFLは競技の衰退を恐れて脳震盪問題を隠ぺいしようとしていたが、その恐れていた事態に陥りつつあった。

NFLは指をくわえて競技が衰退していくのを、ただ見ていたわけではない。脳震盪のリスクへ様々な対応を取り始めるようになった。そのひとつがMoms Clinicsと呼ばれる少年選手の母親を対象にした安全教室である。写真はこちら。SHARE 2014 NFL Moms Clinics

子どもがアメリカンフットボールを始めるか、続けるか、やめるかは保護者の意向が反映される。男性のイメージが強いアメリカンフットボールで、あえて母親たちをフィールドに招き、教室を開き、NFLの安全対策を理解してもらうことで競技人口減少に歯止めをかけようとしているのだ。

母親を対象としたクリニックはNFLチームのある各都市で開催されている。

主な内容は以下の通りだ。

適切な防具、用具の選び方

脳震盪について

適切なタックル技術とはどのようなものか。

熱中症について。熱中症の種類など。

栄養の摂り方について。

これらの内容の一部は授業形式で講義を受ける形で学び、適切なタックル技術などはトレーニングウエアに身を包んだ母親たちがフィールドで実際に体験する。事前の申し込みは必要だが、受講費用は無料。

露出度の高い水着姿の女性を起用し、ルールを説明しようとした動画は、新規のファンを獲得するどころか、元代表選手やこれまでのファンにも不快感を与えてしまった。ビジネスとしては大損だろう。

スーパーボウルのハーフタイムショーなどは華やかだ。しかし、NFLでは、少年選手の母親から安全対策の理解を得ることができるよう、競技人口やファンを減らさぬよう足元から地道な努力もしている。

スポーツライター

デイリースポーツ紙で日本のプロ野球を担当。98年から米国に拠点を移しメジャーリーグを担当。2001年からフリーランスのスポーツライターに。現地に住んでいるからこそ見えてくる米国のプロスポーツ、学生スポーツ、子どものスポーツ事情をお伝えします。著書『なぜ、子どものスポーツを見ていると力が入るのかーー米国発スポーツペアレンティングのすすめ 』(生活書院)『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)分担執筆『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店)分担執筆『運動部活動の理論と実践』(大修館書店) 連絡先kiyokotaniguchiアットマークhotmail.com

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